第22話 敵は身内ばかり

「女公爵様、お客様がいらしています」

女公爵お披露目パーティー翌日、少しはゆっくりしたかったがそうもいかなかった。

「今日は訪問の予定があったかしら?」

「いいえ」

普通は事前に訪問する日時を手紙にしたためる。相手の許可が出たら訪問するものだ。これは身分に関係ない、するべきマナーだ。そうすれば、訪問したのに相手が留守という事態も防げる。

「誰?」

「ヨネスト伯爵夫妻です」

「はっ」

思わず笑ってしまった。

伯爵家でしかも分家の人間が事前の連絡もなく訪問とは随分と馬鹿にしているようだ。

ミランダ・ヨネスト伯爵夫人は母の妹だ。だから私に対しても強気に出られるのだろう。彼らは私の父やアリエスのことを嫌っている。私に取り入って公爵家を我が物にしようと虎視眈々と狙っている。



『あなたはラーク家、唯一の跡取りなのよ。どうしてそう情けないの』

『あんな連中にラーク家を乗っ取られるわけにはいかない。全て俺たちに任せろ』

そう言ったヨネスト伯爵夫妻はあろうことかアリエスを毒殺しようとした。しかしそれは未遂に終わった。失敗に終わった伯爵夫妻は全て私の指示でやったと言った。

もちろん、私はそんな指示を出してはいなかった。けれど、動機としては十分にあると考えたワーグナー殿下はこのことを公にして私を罪に問おうとした。

証言だけでろくに調べもせず。しかし、アリエスが泣きながらそれを止めた。

『大切なお姉様なの。きっとお姉様にも事情があったと思うの。だからお願い。未遂ならなかったことと同じでしょう。このことは私たちの胸に仕舞いましょう』

涙ながらに訴えるアリエスにワーグナー殿下は『何て優しんだ』と感動していたけどお門違いもいいところだ。

そもそも私は何もしていない。そう訴えても動機があるという理由だけで犯人にしておいてどこが優しいのだろう。

この事件は公になることはなかった。その為、正式に調査をされることもなく終わった。一つの冤罪だけを当事者の心に刻みつけたまま。



「女公爵様、いかがいたしますか?」

前の人生のことを思い出していた私はギルメールの言葉で意識を現代に戻す。ギルメールは暗にマナーを知らない無礼者を追い返してもいいと告げているのだ。

本来ならここで追い返すのが正解だ。

相手は事前の連絡もなく来ている上に格下なのだ。でも、あの恥知らずな伯爵夫妻は喚いて暴れて私が出て来るまで帰らないだろう。

「直ぐに行くとお伝えして」

「畏まりました」

もちろん、すぐに行ったりなどしない。

一時間、経過‥‥‥二時間経過。その間に何度かギルメールが私を呼びに来た。と言っても伯爵夫妻がうるさいから形式的に確認に来ているだけだ。彼は立場をよく分かっているから私を急かしてまで伯爵夫妻の元に行かせようとはしない。

彼以外の使用人は夫妻がいる部屋には近づかないように通達している。

結局、私が伯爵夫妻の元に行ったのは夫妻が来てから八時間後だった。そこまで待っている夫妻もどうかと思うけど。

「お待たせいたしました」と言って何事もなく部屋に入って来た私を二人の鬼のような顔が出迎えた。

「随分と遅かったじゃない」と言ってくるのは金髪に青い目をしたふくよかな女性。彼女はミランダ。伯爵夫人で私の母の妹になる。

「申し訳ありません。何分、女公爵になったばかりで立て込んでいまして。事前に連絡を頂ければ調整できたのですが、急だったもので。それでどのような急用で来られたのですか?」

事前に連絡を寄こさなかったのだから待たされたことに対して文句を言う筋合いはあんたらにはない。更には私は女公爵であんたたちは分家筋の、しかも分家筆頭でも何でもない。ただの伯爵だ。呼びつけるべき相手ではないことを認識しろ。礼儀を無視して来たのだから当然、急用よね。というか急用以外受け付けないけど。という意味が先ほどの言葉に隠されていた。

伯爵夫妻として私よりも長く貴族社会にいる彼らは当然私の隠された言葉を間違いなく受け取った。その為、彼らは一瞬、言葉を詰まらせる。しかし、線の細い男性。ミランダの夫であるアントニーはすぐに気を取り直す。

「急に来て申し訳ない。女公爵という慣れない地位を得た君を慮ってのことだ」

「私のことを、ですか?」

あくまで私の為だから多少の無礼を許せと言う。その言葉自体が無礼であることには気づいていないらしい。馬鹿にしている。

「そ、そうよ。私たちはあなたの力になりたくて急いで来たの」

「女公爵の仕事は大変だろ。私たちが手伝おう。スフィアは何も心配しなくていいよ」

「あはっ」

思わず笑ってしまった。

「スフィア?」

訝しむ二人を他所に私は笑う。

「つまりあなた方は私にお飾りの公爵でいろと?陛下より賜った地位を私物化しろと?それが犯罪であるという認識すらない方たちにどのような領地経営ができるというのですか?」

「私たちはあなたの為を思って言っているのよ!」

「そうだぞ、スフィア。口を慎めっ!」

「ヨネスト伯爵夫妻、誰に向かって口を利いているの?」

笑うことを止めて彼らを睨みとそこで初めて彼らは私が自分たちの知っている私ではないことに気づいたようだ。とても間抜けな顔で戸惑っている。

強く出れば簡単にその地位を明け渡すと思ったのだろう。以前の私ならそうしていただろう。ただ、以前の私ならそもそも公爵になろうとすらしなかっただろう。そんなことにも気づかないなんて。物事を自分たちの都合よく考えすぎだわ。

「わ、私はあなたの叔母なのよ」

利用するだけ利用して捨てたくせに。都合が悪くなると身内面するのね。吐き気がするわ。

「マナーも守らずに来て、そのことに対して謝罪もない。その上、公爵家を私物化するのを黙認しろという。素晴らしい身内ね」

「わ、私たちはあなたの為を思って」

「そうだ。そもそもお前に女公爵など荷が重すぎる」

何も知らないと本気で思っているのね。

「ギルメール」

後ろに控えていたギルメールは私が呼ぶだけですぐに欲しい物を手元にくれる。私は彼がくれた資料を二人の前に放り投げた。

それを読んだ二人は顔色を悪くする。

「随分と使い込みましたね。家計は火の車。領地経営は人任せ。机の上に置かれた書類には目も通さず判を押すだけ」

私はわなわなと震える二人に冷笑を向ける。

「平民の子供でもできる仕事ぶりで公爵の仕事ができると?叔母様、ご心配には及びませんわ。このギルメールはおじい様の補佐官でもあるの。その彼が今は私の補佐をしているわ」

「お父様の補佐」

娘なのに知らなかったのね。それだけ彼女が領地にもその仕事にも興味がなかったということでしょう。

ギルメールがおじい様の補佐をしていた。その事実だけで二人は勘違いをしたようだ。私の後ろには先代公爵がいると。

勘違いするように仕向けたのだけどね。実際はまだおじい様は私を認めてはいないのだろう。会いに来てはいないから。

「分かったのならもう帰っていただけますか?ああ、遅い時間だから泊めてくれって言うのは無しですよ。マナーを守らなかったあなた方の責任なので」

ぐしゃりと伯爵は自分の家の事情が事細かに記載されていた資料を握りつぶした。まさかここまでしているとは思わなかったのだろう。てきとうに優しい言葉でもかければ簡単に靡くと思ったのだろう。そうしたら公爵家の権力と財力が簡単に転がりこむと思ったのだろう。そんなこと、おじい様が許すはずがない。

隠居の身とはいえ、その発言力はいまだ健在。自分の死後、ラーク家を切り盛りできるようになる相手を見極める為に今は静観しているだけだ。

彼らにその力があればおじい様は簡単に私など切り捨てるだろう。

大事なのはラーク家で私ではないのだ。前の人生の時、私はおじい様の期待に応えられず失望させてしまった。次におじい様は欲しいものの為なら手段を選ばないアリエスに目をつけて静観していた。私の死後、どうなったかは分からないけど、きっと彼女たちもおじい様のお眼鏡には叶わなかっただろう。

「思いあがるなよ。お前が公爵位を継げたのはその家に生まれたからというだけだ。すぐに自分の手に余るものだと理解し、泣きつく羽目になる。帰るぞ」

訳の分からない捨て台詞を残して伯爵夫妻は荒々しく帰って行った。

「どうして自分の方が優秀だと無条件で信じられるのかしら」

私は温くなったお茶を一口飲む。

「井の中の蛙だからでしょう。同じ人種しかいない場所で過ごしていたのならそう思い上がっても仕方がありません。大海原を知らぬ者に理解しろという方が酷なもの」

ギルメールは私の手からカップを取り新しく紅茶を淹れなおしてくれた。

「ギルメール、あの二人をよく見張っておいて」

「何かすると?」

前回はアリエスを殺す為に彼らは毒薬を用いた。でもそれはアリエスが公爵家の養女になっていたからだ。毒の強いアリエスを殺して気弱な私を生かした方が操りやすい。

でも今は違う。アリエスは公爵家の養女ではないし、今回のことで私の方が扱いづらいと思ったはず。それに伯爵夫人はお母様の妹。私が死ねば彼女が次の女公爵となる可能性だってある。もっともそんなことになれば分家筆頭のガーネスト伯爵が許さないでしょうけど。

「馬鹿な人間ほど行動に予想ができないからね。念のためよ。それとジュディを呼び寄せておいて」

ジュディ・ヨネスト。あの夫妻の息子にしてはまともな人間だ。外国を渡り歩いているので国内にはほとんどいないが居場所は掴んでいる。

「畏まりました」

私の命令を実行すべくギルメールは部屋を出る。一人になった部屋で私はほっと息をつく。

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