第16話 相容れぬ道

「そうですか、お父様が」

ヴァイス殿下の邸に移ってから一週間後、お父様が横領の罪で捕縛されたことが法務官により知らされた。

「アトリ・ラーク殿は公爵位を剥奪、ご息女であるスフィア様に速やかに譲渡することが決定しました。またアトリ殿には十年間の無償労働が決定しております。これはアトリ殿が今まで横領した分を返済するためのものです。ただ、新たに当主となられるスフィア様が返済する場合は十年ではなく三年の無償労働に減刑も可能です」

私が娘だからお父様の罰が軽くなることを望んでいると思って法務官は提案してくれたのだろう。

きっと回帰前のスフィアならそうしていた。

どこまでも善良で、どこまでも愚かしい。だから人に嗤われ、最後はボロ雑巾のように捨てられたのだ。

「こちらから返済することはありません」

「ではアトリ殿に十年の無償労働をしていただくことでよろしいのですね」

私が親子の情に流され提案に乗ると思ったのだろう。法務官は困惑気味だ。もしかしたら血の繋がった父親を見捨てた冷血漢という噂が流れるかもしれない。

それならそれでいい。恐れられれば誰もちょっかいなどかけてこなくなる。

「公爵家という王家を除けば貴族のトップになる地位で、誰よりも国に貢献し、多くの貴族の模範となるべき誇り高き一族。それが公爵家です。そうあらねばなりません。その為、私は親子の情になど流されてお父様の減刑を望むようなみっともない真似は致しません」

「さすがです。感服致しました。これでラーク公爵家も安泰ですね」

そう言って法務官は帰って行った。

私は部屋の窓から遠ざかっていく馬車を見つめる。

「お父様とこれで永遠にお別れね」

ずっと恐ろしかった。

少しでも機嫌を損なうことは許されなかった。

視界に入ることは許されなかった。

馴れ馴れしく話けかけることも触れることさえお父様はお許しにはならなかった。

それでも私はお父様に愛して欲しかった。

だってただ一人の肉親だったから。

ただ一人、お母様の死を悼むことのできる人だったから。

でもお父様はお母様の死を悼んではいなかった。それどころか、とても喜んでさえいた。

誰よりもラーク公爵家を嫌っているくせに、誰よりもその地位に固執した愚かな男は自分の娘にその席を譲ることを酷く嫌がった。

私を睨みつけるお父様の顔は今も鮮明に思い出される。きっとこの先何年も、何年も私はその顔を思い出すだろう。

「恨んでくださって結構ですよ、お父様」

私もあなたを恨み続けるので。

この先一生、許すことはないだろう。

今はまだ起きてはいない未来。

けれど私にとっては一度は起きてしまった過去でもある。

殺された恨みがそう簡単に消えるのならこれ程楽なことはないだろう。だが現実は違う。消えてはくれないのだ。どんなに願っても、どんなに望んでも。

常に私の体を巡り、停滞する。まるで恨みそのものが私に忘れるなと言わんばかりに。

憎しみの炎で好みが全て燃え尽き、灰と化そうともそれでも恨みは尚残り続けるのだろう。

「どうして、こんな道しかないの」

「スフィア、法務官は帰られたのか?」

「ヴァイス殿下、はい。父は強制労働になりました。私は明日、王宮にて陛下から公爵位を継ぐことが決まりました」

「そうか。では明日、王宮でのエスコートをさせていただけないだろうか?」

王宮にはあまりいい記憶がない。

何せ王宮に行く理由は婚約者であるワーグナー殿下に会う為だからだ。お互いに気持ちが伴わなくても対外的には何の問題もないと示さなくてはいけない。その為、定期的に私とワーグナー殿下でお茶会をしていた。

ワーグナー殿下は遅刻当たり前で来ない時もあったけど。最近は全く来なかったわね。

だから違う用事であってもあまり近づきたくはないのよね。公爵になるのだからそんなこと言ってられないけど。

まぁ、だからヴァイス殿下が一緒に来てくれるのなら心強い。でも、婚約者でもないのにここまで甘えていいのだろうか。

「ダメ、だろうか?」

ヴァイス殿下は蛇の獣人なのに、なぜか耳が垂れた犬に見えてきた。

「いいえ。とても助かりますがそこまでご迷惑をかけるのは気が引けます」

「迷惑なわけがない。俺を気遣ってくれるのなら是非、この申し出を受けて欲しい。俺は少しでも長くあなたと一緒にいたい。だって、アトリ殿の処遇が決定したから早々にこの邸を出て行くのだろう」

「それは、はい」

留まる理由もないし。

「ならば尚更、あなたと一分一秒でも長く、共に居たいんだ」

真っすぐに気持ちを伝えてくるヴァイス殿下に耳まで真っ赤になっているのが鏡を見なくても分かる。これは免疫がないからで決してヴァイス殿下に異性としての好意を抱いているとかではない。

「わ、かり、ました」

私が承諾するとヴァイス殿下はとても嬉しそうに笑った。

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