13:疑惑
夏休みに入ってから弥生があからさまに俺のことを避けていた。
会うのはもちろん断られるし、電話やLIMEをしても全然返信がない。
あったとしても、「ごめん。用事がある」「おやすみ」などの一言だけだ。
俺は意味が分からなくて、弥生の家にも行ったけど「もう弥生はいないわよ。鼓太郎くんと一緒に遊びに行ったのかと思ったけど……。あの子何してるのかしら?」とお母さんは不思議そうな顔をして口にした。
弥生は一体何をしてるんだ?
そういうやり取りが2回ほど続いて不安になった俺は、瞳ちゃんに「相談がある」と連絡をして公園に来てもらった。
そこで、弥生が俺を避けていること、LIMEを送っても返信がないことを説明する。
すると瞳ちゃんも「え? 鼓太郎くんもなの? 私も全然連絡が取れないのよ」と何か不安そうな顔をしていた。
「何か思い当たる節はあるかな? 弥生から無視されるような」
「ううん。全然……」
「だよな。俺もそうだよ。確かにバイトの量が増えて弥生と一緒にいれる時間は減っちゃったけど……」
「それでも弥生にはちゃんと説明してるし、会える時は連絡してるんだよね?」
「あぁ、もちろんだよ。――あまり考えたくないけど、浮気してるのかな……」
俺がそう言うと、瞳ちゃんは驚いた表情を浮かべて「そんな。あんなに鼓太郎くんのことが好きな弥生に限って……」と声を漏らす。
「だけど、こんなに避けられてるんだよ。しかも家に行ってもどこかに出掛けてるみたいなんだよ」
「誰かと会ってるのかしら? それとも内緒でバイトを始めたとか……」
「バイトだったらお母さんが教えてくれると思うんだよ」
「私は弥生が浮気をしてるなんて思えない。だから、弥生の身を潔白するためにも、弥生のことを尾行しない?」
瞳ちゃんが急に突拍子もないことを提案してきた。
身の潔白を証明するために尾行をする。
それってすでに弥生のことを信用してないってことにならないのかな?
俺はその疑問を伝えてみると「そんなことはないよ。だってモヤモヤを晴らすだけだもん」と言ってくる。
確かにこのままモヤモヤしてても仕方ないか。
俺は弥生に「明日遊びに行かないか?」と連絡をすると、「ごめん。明日は無理」という返事が届いた。
やっぱりおかしい。
こんなことは夏休みに入る前まで一度もなかったことだ。
断るにしろ、ちゃんと理由も添えてくれていた。
だけど、なぜ急にこんな感じになってしまったのか。
俺には本当に身に覚えがなかった。
「やっぱりちょっとおかしいよね……」
瞳ちゃんは弥生からのLIMEを見てそう口にする。
そして、瞳ちゃんが口にする前に「明日から時間が空いてるときは俺と一緒に弥生のことを尾行してくれないか?」と俺から提案をする。
流石に俺の問題なのに、決定的な言葉を瞳ちゃんの口から言わせることは俺には出来なかった。
「うん。もちろんいいよ。私も弥生のことを信用したいしね」
そう言うと瞳ちゃんは俺に向かって手を差し伸べてきた。
なんだろうと思っていると、「ほら。握手だよ。これから一緒に頑張ろう」と言って早く握手をしろと言わんばかりに、手をグーパーさせていた。
俺はそのジェスチャーにクスリとしながら、「うん。力を貸してくれ」と言いながら瞳ちゃんと握手を交わした。
―
翌日。
俺と瞳ちゃんは朝9時から弥生の家の側で、彼女が家に出てくるのを見張っていた。
その一時間後に弥生は家を出てどこかに出掛けるようだった。
遠目からだったので良く見えなかったが、出掛けるときは肌身離さず身につけてくれていた、ネックレスと指輪はしていないようだった。
「さ、行こう」
気付かれないくらいの距離を保って、瞳ちゃんと一緒に弥生の後を尾行する。
彼女が毎日何をしているのか。
ハッキリ言って事実を知るのがとても怖かった。
弥生は電車に乗ると、学校のある駅よりもちょっと先にある、ここら辺では一番の歓楽街まで行った。
この街は俺も弥生と何度もデートで来たことのある街だ。
弥生は改札を出ると、デートの待ち合わせに良く使われる猫の銅像がある場所へと向かっていく。
すると急に小走りになったと思ったら、一人の男に抱き着いたところを目撃してしまう。
嘘だろ。
本当に弥生は俺を裏切って浮気してたのかよ……。
俺はその光景に呆然としてしまった。
そんな俺の姿を見て「大丈夫?」と心配そうな顔をして瞳ちゃんが声を掛けてくれた。
「あ、あぁ。大丈夫だよ。気付かれないように後を追おう」
そう言って、2人の後を尾行する。
そういえば弥生の行動に驚いてしまって、男の顔を見なかったが瞳ちゃんは見たのだろうか?
質問をしてみると、俺と同様に衝撃を受けてしまって男の顔を確認することが出来なかったらしい。
弥生たちはブラブラと街を歩いていると、ランチを取るのかファミレスに入っていった。
俺たちはコンビニでおにぎりと飲み物を買って、外で見張ることにした。
なんか本当の警察になったみたいだけど、全然楽しくなかった。
入店して一時間くらい経過すると、仲良さそうに腕を組みながら2人は店から出てきた。
その時に男の顔をしっかりと確認をする。
「ミチル……」
弥生の相手が同じクラスの、さらに男友達で一番仲が良いと思っていた佐久間ミチルだったことに驚愕してしまった。
それは瞳ちゃんも同じだったらしく、「弥生、どうして……」と声を漏らしていた。
俺たちはその後も2人の後を尾行していた。
夕方近くになると、家に帰るのか電車に乗ると俺たちの最寄駅ではなく、ミチルの家がある駅に2人で降りるとそのまま吸い込まれるように家の中に入っていった。
そして、部屋の一室が明るくなったかと思うと、すぐに薄暗くなって2人が何をしているのか手に取るように分かってしまった。
俺はそのまま帰ることが出来ずに、俺たちの最寄駅の近くにある公園のベンチで瞳ちゃんと座っている。
瞳ちゃんは俺に掛ける言葉がないのか、無言で隣に座ってくれていた。
今日の弥生たちの行動はどう見ても恋人のそれだった。
しかもミチルの部屋の中で行われていることを想像すると、腹がグツグツと煮えたぎるような何かが押し寄せてくる。
俺はついに耐えることが出来ずに、草むらの方まで掛けていき盛大に嘔吐をしてしまった。
「大丈夫!?」
瞳ちゃんが慌てて俺の方まで走ってきてくれた。
そして、「ちょっと待っててね」と言うと、自販機で水を買ってうがいをさせてくれたり、口の周りをハンカチで拭いてくれた。
「ありがとう。ハンカチは洗って返すから」
「ううん。いいの。――だけど、鼓太郎くんのことが心配だよ……」
そう言うと、瞳ちゃんの目から涙が溢れているのを見てしまう。
この子は本当に良い子なんだな。
自分だって親友の浮気現場を見てショックを受けてるはずなのに。
それなのに、自分のことよりも俺のことを心配してくれている。
「うん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
俺たちは再びベンチに戻って一緒に座った。
そして、瞳ちゃんは覚悟を決めたような表情になり「これから鼓太郎くんはどうするの?」と聞いてきた。
これからどうする?
あぁ、弥生との関係のことを言ってるのかな?
「弥生とは別れるしかないかな、って思ってるよ」
「別れるだけなの?」
別れるだけ?
瞳ちゃんは一体何を言ってるのだろう……。
「自分のことを裏切った弥生ちゃんに復讐したいって思わないの?」
なるほど、そう言うことか。
ただ別れるだけじゃなくて、弥生とミチルの浮気を知ってるぞ、と最後に追い詰めてやるってことか。
「復讐か……。そんな大袈裟なものじゃなくてもいいけど、あいつらに全て知ってるぞって言ってやりたいかな」
「うん。そうだよね。私もそんな気分だよ……」
「そのためには、あと何回か尾行をして証拠写真をもっと集めないとな」
今日の浮気現場を見たときから、俺たちは2人の写真を撮影していた。
腕を組んで歩いているところはもちろん、ミチルの家に2人で仲良く入っていくところもだ。
俺はもうちょっと証拠が欲しいと思っていた。
これだけだと、2人でたまたま遊んでただけ。
腕組んでたのは、スキンシップみたいなものだと言い逃れされてしまう可能性がある。
まぁ、腕組んでたのが友人のスキンシップだって言われてもリアクションに困ってしまうのだが。
その日から俺はバイトがない日は弥生の後を尾行することにした。
ハッキリ言って正気を保っているのがやっとだったのだが、瞳ちゃんが塾がない日は一緒に来てくれたのでなんとか耐えることが出来ていた。
そして、ついにあの2人がラブホに入っていくところを写真に収めることができた。
流石に友達同士でラブホに入ることはないだろう。
この証拠を元に、俺はあの2人を追い詰めたいと思った。
「鼓太郎くん。ひょっとしたら、弥生から普通に話があるかも知れないから、二学期が始まってちょっとは様子を見ないかな?」
確かに、夏休みは一度も会ってないし、このままやり取りがなかったら自然消滅になる感じだろう。
俺はそんなことは嫌だからケジメをつけたいが、弥生の方から話があると言うならまずその話を聞いてからでも遅くはないと思った。
「そうだな。――うん、分かった。二学期が始まったらまずは様子を見ることにするよ」
そうして、俺の夏休みは尾行とバイトでほとんどを全てを費やして終わりを迎えた。
弥生と付き合ってからこんなにも面白くない夏休みは初めてだった。
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