あの子とこの子

きー

第1話 - 出会い

 冬の夕暮れ。葉を失い色褪せた木々が立ち並び、割れた枯れ葉があたり一面に散らばる遊歩道で、池内朱莉あかりはじっと立ち竦んでいた。歯が軋む音が聞こえそうなほど険しい表情で、スマートフォンの画面を凝視している。その様子が数分は経とうかというところで、朱莉は深くため息を吐いた。眉間の皺は次第に消え、重力に任せて肩の力も抜けていく。


 朱莉は汚い言葉を飲み込んだ。そして、制服のポケットにスマートフォンをしまい、止めていた歩みを進めようとした。


 そこに一匹の犬が、枯れ葉をかき分ける音を立てながら、朱莉のもとに背後から駆け寄ってきた。突然の出来事に朱莉は多少驚いた様子を見せる。が、すぐに表情を失い、足元をちょこまかと動くその犬を目で追い始めた。それは赤い首輪を付けた中型の黒い犬であった。


 飼い主と思しき女性が、ごめんなさいと連呼しながら慌てた様子で朱莉のもとに近づいてきた。朱莉は、その女性の方を一瞥することなく、いまだ楽しそうに動き回るその犬を見つめている。リードを外した隙に走り出してしまって、とその人は懸命に事情を伝えている。それでも朱莉は一言も声を発しなかった。ただそこに立って、犬をじっと見つめていた。


「……撫でてみる?」


 その女性が探るように朱莉に声を掛けた。2人の間の重たい空気が、どこか動きを取り戻し、流れていったようであった。朱莉は初めてその人の方を向いた。街路灯に照らされた、茶色のショートヘアの女性が、不思議そうな面持ちで、朱莉の返事を待っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る