第13話 神の声

「ルイス・カミヨ、イミア・カミヨ!国家反逆罪で捕縛命令が出ている!大人しく縛につけ!」

 兵をかき分けて出て来たアレクサンダーが言うと、後から追い付いて来た一般人が兵に襲い掛かる。

「報奨金はおれのもんだ!」

「俺がいただく!」

 もつれあい、殴り合い、誰が捕まえるのかでもめだした。

 皆が唖然としてそれを眺めた。

「……ロッド」

「はい」

 が、こそっとクライとロッドは視線をかわし、そろそろと馬車を進めかけた。

「ああーっ!?」

 が、バレた。国境のすぐ手前だ。隣国の兵士の姿もよく見える。

 しかし、イミアが見ているものは、そのどれでもなかった。

「急いでここから離れて!この谷間は危険よ!」

 叫ぶが、アレクサンダーや追って来た者達は信じない。

「往生際が悪い女だな」

「流石、国を呪うとんでもない悪女だぜ」

「地味だから皇妃なんて似合わないだろう?なのに婚約破棄を恨んだのか。身の程知らずめ」

 それにイミアは言い返す。

「雨が続いて、崖が崩れそうになってるんです!早く!」

 クライはイミアの見ていた山肌を見た。

 斜面にまばらに木が生えており、いくつもの小石が転がり落ちて行く。そしてその斜面を、泥を含んだ濁った水が、ざあざあと音を立てて流れていた。

「イミア?」

「鉄砲水よ。雨が降り続いたせいで、地面が緩くなったのよ。今に地面が崩れて滑り落ちるわよ!」

 クライは返された返事に息を呑んだ。

「すぐにここから離れろ!」

 クライとロッドも大声をあげるが、追っ手達は誰一人耳を傾けず、せせら笑うだけだ。

「仕方ない。兄さん、やるわよ」

 イミアが言い、ルイスは仕方なさそうに頷いた。

「そうだな。このまま目の前で死なれるのも目覚めが悪いしな」

 クライとロッドはキョトンとしたが、ライラに、

「いつでも馬車を出せるようにしていて下さい」

と言われ、一応その通りにした。

 イミアは胸の前で手をパンッと打ち合わせた。

 その途端、全ての者が声を失い、イミアに目を奪われた。

 空気が瞬時に変わり、イミアの顔が変わる──いや、顔の造作は変わってはいない。ただ、まとう雰囲気が変わり、男でもなく女でもない無性の神々しさをまとった人物がそこに現れる。

 神を降ろす。それがカミヨの血だ。カミヨは神を降ろし、神の声を皇帝に届けて来た。

 今代の巫はイミアで、アレクサンダーはこれが初見だが、皇帝と皇妃は毎年これを見ていた。

 ただ、アレクサンダーは知る権限がまだなかったから知らなかっただけだ。

「嘘だ……誰だ、あの美人……」

 ぼうっとする皆に、神を降ろしたイミアがキッと目を向け、詰まらなさそうに言う。

「カミヨの娘に免じて、最後に1度だけだ。

 今すぐ下がれ!この谷から出ろ!死にたくなければな!」

 言いながら、真っすぐに指を彼らの来た方へ向ける。

 それに気圧されたのか、恐怖を感じたのか、ばらばらと引き返して行く者が出る。

「殿下!」

 兵は呆けたままのアレクサンダーに声をかけて逃げようとするが、アレクサンダーはそれを振り払ってイミアに笑いかけた。

「美しい!女神様!どうかわたしを、この国をこれからも導いてください!

 イミア、お前との婚約破棄を取り消す。お前が皇妃に相応しい。一緒に戻ろう」

 それに、イミア側はムッと眉を寄せた。

「愚か者めが──!」

 吐き捨てると、スッと憑依していた神が抜け、イミアはアレクサンダーに背中を向けた。

 そしてロッドは馬車を走らせ始めた。

「待て!」

「殿下!」

 追いかけようと手をのばすアレクサンダーの腕を兵が掴み、乱暴に引いて逃げる。

「何をするか!!」

「殿下!死にますよ!」

 言われてアレクサンダーは気が付いた。

 いつの間にかごうごうと不気味な音がし、石がパラパラと転がって来る。

「何だ?」

「あ!!」

 崖の下に亀裂が入った。と思ったら、地面が滑り落ちて来る。

「うわああああ!逃げろおお!」

 声もかき消される中、全員が必死にその場から逃れようと急いだ。




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