微笑む君へ ~ありがとう~

珀武真由

卯月


 

 君はいなくなった。突然。

 俺はどうしていいのかわからない。だが、一つわかるのは、今。

 穴が空いている。ぽっかりと。


 四月

 

 ヒラヒラと風に乗る。

 ピンクの花片。

 一枚一枚、頭や肩に落ち……


 桜舞い散る公園に一人、酒を煽る俺。

 周囲は、友達連れたり、恋人同士。あっ、家族連れ。

 あそこは、恒例の会社の飲み会。そうか、新社会人の恒例の?

 うん、あそこは同好会か?


 俺は酒をグビグビと喉に運び、一人呑み会。自分を満喫。

 いや、自分を慰めていた。

 慰めずには要られない。

 幼なじみが──死んだ。

 飛行機事故で。先月の出来事。

 死んでいなければ、この公園で花見を……


 仲が良いだけの幼なじみ……

あれ?


 目頭が熱くなり、気が付いたら涙が頬を伝う。


 あれ?あれ?あれ?


 仲が良いだけ? 違う。嘘だ。

 本当は、約束していたんだ。

 結婚を────


 酒を許されるまで煽ることにした。って誰の許しなんだ。

 心配してくれるアイツは、いない。缶の栓も開けてくれない。華々しい弁当も。

 横で桜を楽しみ笑うはずの……

 笑みも──ない。


「……」


 何本開けたのか、横にはガニャンと缶が……ガニャン?


 視界が崩れる。周りの木が歪んでいる。隣の空き缶が伸びてい……る。

 視界が消えた────。


 ……目を覚ますと、俺は青いビニールシートの上に。

 なんだ。ここは。

 周りを見渡す。先ほどとは違う場所。同じ公園ではあるが、ここは。

 主人を探す犬のように、周囲をきょろきょろと見渡す。

 見渡してなにが変わるのか。

 突然、熱が冷めたみたいに暗雲が頭の中に訪れた。酒を浴びている時はまだ晴れていたか?

 まあ、今よりはマシか。

「!」

 そうか、酔いが冷めたのか。


 帰ろう。


 足を動かし始めると、いきなり後ろから叩かれ、いや違う。蹴られた。

 誰に?

 蹴られた先を見遣ると、女性が一人立つ。しかも姿に覚えって、違うアイツは死んだ。でも眼の前にいる姿はアイツだ。似ている。

 他人の空似以上に───

 オレは、目の前にいるアイツに抱きつこうとした。容赦なくまた、蹴られた。

 しかも今度は脳天に。

 頭に響く、直撃。まともに落ちた足。


 ああ。死んだわ。俺───


 気が付き、見開いた先には天井がある。

 視界が開く。


「あっ、起きた」


 可愛らしい声だが、少し大人びている。どこにいるんだと辺りを探す。

 姿は見えない。

 ハァと溜息を漏らし、三角に折り曲げた足の間に顔を置いた。

 ポフッ

 ポフッ? あれ、毛布だ。

 柔らかい……上にいい香りがする。

 気が付くと、ベッドの上にいた。足元に掛かる毛布。

 そうか、ここは天ごっフッ。

 頭に突き刺さる突起物。

 痛い感触が現実を誘う。


「声、掛けたよね」


 頭を突いたのは先が尖った、玉杓子……なんたる凶器か。

 突いたのは誰だと、オレは睨んだ。大人びたかわいい声が耳に入る。


「なに? 拾われたのに反抗的な眼だね。文句あるなら聞くよ」


 肩まである長さの流れる黒髪。切れ長の黒真珠を思わす瞳。白い透き通る肌、動く日本人形。

 そう日本人形だ。

 彼女を見て固まるオレは、白魚のような指にも感動したがすぐ冷めた。

 手にするのは、凶器の玉杓子……


 彼女との初めての出逢い。

 幼なじみの顔を持つ彼女。


 その日から、オレの日常は塗り替えられた。黒から灰色へと。

 でも白ではない。


 


 

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