第3話 王都、炎上【1/3】または「動き出す陰謀」

 勇者ファラーマルズと神家かみのいえ派の重鎮たちが会談を行う、少し前。


 別の『竜の勇者』であるユウマ・アツドウは、ひそかに動き出していた。


 王国と、そして大司祭の誤算は、いくつもある。

 誤算を生んだ原因の一つに、“『竜の力』を正式に推し量れないこと”があった。


『竜の勇者』が現われ、女神に授かった『竜の力』を勇者当人が告白する。

 そこに虚偽が含まれていたとしても、知ることができないのだ。



 ユウマ・アツドウの『竜の力』は、最初に申告した通り、「竜眼」と「竜声」だ。

 しかし、その規模は報告内容とはまったく異なっていた。

 上空から俯瞰した視野を得られる「竜眼」。

 実は、国一つを真上から眺められるほどまで“引いて見る”ことが可能である。


 そして「竜声」。

 一度でも接続パスをつなげた相手であれば、どれだけ離れていても念話できるのだ。

 大司祭には、「数百mマートル(※)程度の範囲まで」と嘘を伝えてある。


(※mマートル:距離の単位)


 ユウマは、かつて『竜の勇者』として他国を牽制するために、各国の重鎮と会談を行っていた。

 これから、勇者ファラーマルズと神家かみのいえ派の重鎮たちが会談を行うのと同じように。

 そのときに他国の何某なにがしかと接続パスをつないでおいたのだ。

 そして、信じられない遠距離念話を通じて、着々と王都侵攻の計画を練り上げたのだった。


 実はもう一つ、「竜声」には思わぬ効果がある。

 それが、相手の心を読めることだ。


 念話は、相手の心と自分の心をつなげて会話する。

 心で会話するということは、言葉のフィルターを通せないということをも意味する。

 よほどの熟練者でなければ、嘘をつけない。


 そしてこれを利用することで、驚くほど大量の、精度の高い情報を得ることが可能だ。

 念話中に軽く質問すると、相手は絶対にそのことを考えてしまう。

 誰であれ、不意に思考の表層に浮かび上がる考えを“思い浮かばせない”ことはできない。

 この手法を使えば、深層意識までは読めないが、表面化した心の声程度なら読めてしまうのだ。


 例えば、「兵士の数は何人か?」と質問したとしよう。

 そのような軍事機密、同盟相手であれど簡単に明かすわけにはいかない。

 しかし、心に直接問われたのなら、わずかでも考えてしまうし、そしてその思考は浮かび上がってしまう。

 さらに恐るべきは、この質問によって分かるのが、兵士の数だけではないということだ。

 相手が自軍の兵の様子を思い浮かべたのなら、練度や士気が分かるかもしれない。

 装備が見えたのなら、戦術を予想できるかもしれない。


 この“真実を引き出す軽い質問”は、多くの情報を提供してくれた。

 同時に、自分に協力的な同盟者を集めることもできた。

 反乱計画が内通者によって事前に漏れることを、完全に防いだのだ。


 これによって、ユウマは水面下で信じられないほど広い人脈を築いていた。

 自分の手を介さず、つながった人物同士のやりとりだけで、他国をも巻き込んだ強大な自派閥を形成しているのだった。



「細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ。ってね」


 彼が渡りをつけたのは、グルマジア魔導科学帝国だ。

 ユウマの最大最高の武器は、実は「竜眼」でも「竜声」でも、ましてや「竜声」によって相手の心を読む技でもない。


 彼の最大の武器は、21世紀の科学知識であった。

 魔法が一切存在しない世界で生み出された純粋科学を、グルマジアが熱望したのだ。


 ユウマはそこそこの成績だった。

 進学校というほどではないが、がんばれば国公立大学へ進学できそうだ、という学力を身につけていた。

 所属は普通科だったが、化学、物理、地理などの専門的な科目もある程度は上位の成績である。

 それらの“一般的な高校生としての学術知識”が、この世界では驚くほど役立つのだ。


 彼がグルマジアに提供を約束しているのは、いくつかの考え方と基礎理論である。


 公衆衛生や疫学といった医療に関する概念。

 火薬や化学物質を使った大量破壊兵器という概念。

 微生物や大型生物を使った生物兵器という概念。

 通信拠点と端末をつなぐことで大量通信を可能にするインターネットの概念。

 そして、生物のクローンという禁忌に触れる概念。


 ひそかに形成した王国内の勢力と、外交機関や交易、冒険者宿泊施設などを最大限に利用し、一大勢力を秘密裏に王都に招き入れた。

 これは、「竜声」という遠距離通信がなければ成しえなかったことだろう。

 念話魔法はすでにこの世界にも、もちろん王国にもある。

 しかし、ほとんど有用な使い方がされていない。

 齟齬そごなく、遅延なく、遠距離と大量の情報をやり取りする技術とは、実はこれほどまでに恐ろしいものなのだ。

 王国の名誉のために、ユウマが扱うほどの驚異的な念話魔法は、極めて稀である点は強調しておこう。


「(いけるか、ウダイオス?)」


 ユウマは、別の地点に潜むもう一人の『竜の勇者』の反逆者へ念話を送る。


「(ああ、問題ない)」

「(まだノーマを引き入れられていないのは残念だが、仕方ない。せいぜい、生き残ってくれることを願うさ)」

「(同じく隷属させられた仲だしな。ノーマの隷属魔法師が死んで自由になれば、仲間になってくれるだろう)」

「(隷属仲間以外の王都の連中は、皆殺しにしてやろう)」


「(その意気だ、ウダイオス)」

「(作戦のかなめは、分かっていると思うが、隷属魔法師にある。いかに多くの隷属魔法師を倒せるか)」

「(隷属魔法師を倒し、隷属させられている者たちを味方に引き入れ、王都で一斉蜂起する)」

「(そうすれば、通常はしぼんでいくはずの蜂起の規模が、だんだんと大きくなっていく)」

「(そしてグルマジアの兵士たちによって混乱を拡大させ、その隙に一人でも多くの仲間を連れて逃げる)」

「(王都の破壊は、そのついでさ。いけ好かないからな。僕たちを支配したうえで気取ってるやつらだ)」

「(いつでもいいぞ、ウダイオス。王都のやつらの目を覚まさせてやれ!)」


 ユウマが目を開ける。

 その周囲には、グルマジアの潜入兵たちが集まっている。

 冒険者や商人に偽装して隠れていた者たちも、すでに戦闘装束に着替えていた。

 この地で雇った傭兵も混じっている。



 ユウマのいる場所から、区画にして5つ離れた場所。

 ウダイオスは、量産した竜牙兵に囲まれていた。

 自分の犬歯を折り、祈りと呪文を捧げながら地面に刺すと……見る間に、骨の兵士が生えてくる。

 それは生まれながらに骨製の簡素な剣と盾で武装しており、全身が竜の牙という硬質な材質でできていたため頑健だった。

 これこそが、テーバイの始祖を生み出したスパルトイの秘術である。



 そして今生まれたばかりの竜牙兵は、一緒に生えてきた骨製の剣と盾をしまうと、あらかじめ用意されていた鉄製の剣と盾、簡素な鎧を身に着けた。

 兵士を生み出し、生み出した兵士には用意していた強い武装を渡す。

 こうして、ただ生み出したよりも強い兵士たちを、瞬時に大量にそろえることができるのだ。

 武具を購入する資金は、ユウマが人脈を使って用意した。

 これほどの上質な武具を、それも大量の竜牙兵に行き渡らせるだけ集めるためには、かなりの財力が必要だ。


 ユウマはいくらでも物資を集められるが、信頼できる兵士に乏しい。

 ウダイオスはいくらでも忠誠心の高い兵士を生み出せるが、強さはたかが知れている。

 しかし、この二人が結びつくことで、恐ろしい軍団を形成できる。

 だからこそ、竜牙兵の強さをある程度は知っている王国兵を出し抜けるというものだ。


 最後に生まれた竜牙兵が武装し終わるのを見届けたウダイオスは、かなり満足している。

 その兵士を生み出すために使った犬歯は、すでに新しい物が生えてきていた。


「よっし、こんなもんか!」

「では、行くとするか。声を上げよ!」

「アラララララーーーイ!!!!!!」


 ウダイオスの叫びに呼応するかのように、竜牙兵たちが骨を鳴らし、声にならない声を上げる。

 発声や発話ではないものの、骨の振動がうなり声のように聞こえてくる。

 地を揺らす魔性の大群が、王都の中心で動き出した。

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