エピローグ・澄郷町にて(なしくず死、蘇るゾンビたち)②
「ゾンビ出そうですね」
「聖地」を目の前にどんな一言が飛び出るのかと期待したが、ルダから零れたのは冷めた呟きだった。待ち合わせている親父が聞いたら卒倒しそうだ。
「人の故郷に向かって、とんだ言い草だな」
僕は冗談めかして突っ込むが、内心ではちょっとばかしショックを受ける。
客観的に見てもそう映るのか、と再確認させられたからだ。
彼女が「ゾンビが出そう」と思うのも無理はない。真昼間なのに、駅を出てから誰ともすれ違っていなのだ。
駅前を見渡す。八〇年代を思わせるファンシーな色合いの――ライムグリーンやペールピンクのパステルカラーだった建物が並んでいる。今はどれも煤けたような色合いで、ペンキの剥がれが目立った。ほとんどの建物にある「売物件」という張り紙が痛々しい。
テニスやスキーのリゾート事業で開発され、三〇年ほど前に栄華を誇ったはずの街は、バブルの崩壊とともに廃れ、はしゃいだ建物だけが時代に取り残されている。完全にゴーストタウンと化していた。
『なしくずしの死』。ふと、昔読んだ本のタイトルが過った。
セリーヌは(その訳者も)確信をついている。
むしろ、なしくずし的ではない死なんてものがどこにあるだろう?
理想通りの死もないし、予定された死もない。
ここに帰ってきたのは、一〇年ぶりだろうか。
建物は人が住まなくなると死ぬという。あの頃と変わらない。今日も澄郷駅前は息をしていなかった。無呼吸のままだったのだ。
「店、どれもやってないんですか?」
ルダは物珍しそうに、声を弾ませた。探検気分なのだろう。
彼女が髪を掻くと、フケが飛びそうな気がする。金田一耕助を思わせるぼさぼさの髪のせいかもしれない。
「あそこの喫茶店」と、僕は茶けた色(元々はポップなオレンジ色だった)の屋根の店を指さした。「あと、お土産屋がいくつかあるくらいかな」
「早く。早く行きましょう」
表情は変わらないが、ルダの声が躍る。人の廃れた故郷を前に、よくそこまで遠慮なくはしゃげるものだ。
高台を降り、メインストリートだった大通りを歩く。
ルダはどこまでも純粋に楽しんでいるように見えた。どこまでも不謹慎なのに厭味に感じないのは、彼女にある不思議な透明感が成せるわざだろう。
ぼやけた目つきだが、新雪のような白い肌がすべてを美しく見せた。
ルダの目は少し焦点がずれている。斜視気味であるのにもかかわらず――いや、そうだからこそ、彼女の純粋性は高まっているのかもしれない。
彼女の眼は現実ではなく、もっと遠い未来を映しているようだった。
「むしろゾンビも、こんなに人いないと困りますかね」
「なんでだよ」
「人を襲うのがゾンビの役割じゃないですか」
彼女の朱い唇。新雪に垂れた、一滴の血。ゾンビが喜んで啜るに違いない。と一瞬思ったが、ゾンビは血を啜るわけではない。血を吸うのは蚊。ゾンビは人を襲う。え、なんで人を襲うんだろう?
食わなくたって「生きて」いけるはずだ。
なのに、なんで?
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