第四話:カードの価値とお買い物

 とりあえず、今後絶対に使わないであろうレアカードを十枚ほど持って、俺達家族は家を出た。

 行き先は当然、俺の馴染みだった近所のカードショップ。

 今となっては外観が別物と化しているが、この際気にしないようにしよう。


 徒歩二十分程で、カードショップに着く。

 先程は軽く外から見ただけなので、中に入るのはこれが初めてだ。

 なんだかドキドキする。


「あら〜、人が多いのね〜」

「前の世界では考えられない盛況っぷりだな」


 自動ドアをくぐり、ショップの中に入る。

 店内は人がまばらだった前の世界とは打って変わって、週末のショッピングモールのような人混みだった。


 すると卯月が何かに気づいたように、俺に話しかけてきた。


「ねぇお兄。気づいた?」

「なにが?」

「お客さんのバリエーション」


 言われて俺も、辺りを見回す。

 確かによく見れば、カードショップだというのに、その客層は老若男女様々だった。

 言い方は悪いが、ムサい男しかいなかった前の世界では考えられない光景。

 だがこの光景もまた、サモンが広がっている世界の象徴でもあるのだろう。


「いい事の筈なんだけどなぁ……異世界と考えると複雑な気持ちだ」

「買取カウンターどこだろ?」

「さっき見たけど二階だってさ。でもその前に少し市場調査をしたい」

「市場調査?」


 母さんと卯月の頭上に疑問符が浮かんでいる。

 なぁに簡単な事だ。

 パック売り場を少し見て、パックを幾つか買うだけ。


「1パック8枚入りで300円。ここは前の世界と変わらないんだな」


 強いて上げるとすれば、パックの種類がすごく多い事くらいだ。

 俺は目についたパックを適当に十個ほど手にして、レジに行く。


「パックなんか買って、追加のレアカードでも当てるつもり?」

「違う違う、ちょっとした調査だ。とりあえず上に行こうぜ」


 二階に上がると、そこにはショーケースに入れられたシングルカードが大量に並べられていた。

 俺は適当に目についたカードの値段を確認する。


「……優良アンコモンが5000円ってマジかよ」


 前の世界ならトップレアと言っても過言ではない値段設定だ。

 他のショーケースも見てみる。

 優良アンコモンは3000円〜8000円。

 レアのカードは1万円〜10万円。

 そしてスーパーレアに至っては……


「……傷有り特価品で80万円ってなんだよ」


 もはや数字が未知の領域である。

 極一部の限定カードならともかく、普通のSRカードが特価品で数十万円するとか、完全に異世界の価値観だ。


 しかし、ここで一つの疑問が俺の中で浮かんでくる。

 そもそも何故こうもレアカードの価値が高いのか。

 いくら希少性が高いといっても、前の世界の感覚からすればたかが知れてる。

 すると俺の中で、ある一つの可能性が浮かんできた。


 俺はフロアの隅に移動して、先程購入した十個のパックを開封する。

 前の世界の期待値なら、十個も開ければSRは一枚くらい出てくる筈だ。そうでなくとも、パックにはRが確定で封入されていた。

 だがこのパック開封のおかげで、俺はこの世界におけるカードの価値の意味を知った。


「あぁ……なるほどね」

「どうだったのお兄?」

「見れば分かる」


 俺は引き当てたカードを全て卯月に渡す。

 全部でパック十個分。最低でもRが十枚はある筈だった。

 だけど実際に引き当てたRは二枚。

 それ以外はほとんどコモンカードである。


「うわぁ……光ものゼロ枚じゃん」

「それだけじゃない。コモンカードのテキスト見てみ」

「……バニラだらけじゃん」


 そうなのだ。

 Rが二枚しか出なかったどころか、当てたコモンカードですら、特殊効果を持たないバニラカードがほとんどなのだ。

 しかもステータスも低い。


「そりゃシングル価格高騰するわな」


 要するにこの世界では、実用的な効果を持つカードが中々出ないのだ。

 しかも俺が覚えている限り『モンスター・サモナー』というカードゲームには、所謂バニラサポートがほとんどない。

 ハッキリ言ってステータスの低いバニラは、一部の例外を除いて全て戦力外だ。

 まぁそれを考慮しても、SRにあの値段つけるのは正気とは思えないが。


「市場調査はこれでお終い。ささっとカード売りに行こう」

「ささっとで済めばいいんだけどね」


 卯月が不穏な事を言ったが、気にしない事にする。

 とりあえず今回持ってきたカードは全てダブりのSR。

 しかも前の世界だと買取価格10円とかのやつだ。


「希少価値で高く買い取ってくれればいいんだけど」


 100万とか言わないから、1万くらいになって欲しい。


 そんな下らない事を考えながら、俺達は買取カウンターに到着した。


「すみませーん。カードの買取をお願いしたいんですが」

「はーい、少々お待ちください」


 忙しそうに店の奥から、店員が出てくる。

 若い塩顔の店員……て言うか前の世界で顔馴染みだった店員さんじゃないか!


「お待たせしました。カードの買取でよろしいでしょうか?」

「はい。このカードお願いします」


 そう言って俺は持参した十枚のカードを店員さんに渡した。

 にこやかにしていた店員さんだったが、光るSRカードを見た瞬間、ギョッと目を見開いた。

 若干震えながらも、横にあるパソコンを操作して何か確認する。

 次のカードもSRカードなので、また店員さんの目が見開いた。もうそのまま目玉が落ちるんじゃないか?

 その後のカードにも目を通していく店員さんだが、捲るたびにSRが出てきたせいか、顔芸がすごい事になっていた。


 一通りのカードを見終えると、店員さんは「少々お待ちください」と言って何処かへ行ってしまった。


「……これ、ちゃんと買取してもらえるよな?」

「実は偽物でした判定が下って警察を呼ばれるとか勘弁してね」

「大丈夫よ〜。いざとなったらお母さんなんとかするから」

「「一番頼りにならない!」」


 とは言うものの、少し不安にはなってくる。

 偽物判定はないと信じたいが、大量のSRカードは流石に怪しまれたか?

 盗品か何かと勘違いされたら面倒だな。せめて最初はRのカードで試すべきだったか。


 俺がそんな事を考えていると、店員さんが中年の男性を連れて戻ってきた。


「(あっ、店長さんだ)」


 俺はこの中年男性を知っている。

 新パックの入荷情報を気前よく教えてくれた、顔馴染みの店長さんだ。


「お客様、お待たせいたしました。こちらのカードは高価買取となりますので、別室へのご案内となるのですが、よろしいでしょうか?」


 ニコニコといかにもな営業スマイルを浮かべながら、別室に案内しようとする店長さん。

 特に断る理由もないので、俺達はそのまま別室という所へ移動した。


「お手数おかけしました。では改めましてカードの買取についてなのですが――」


 店長さんは別室に置かれていたパソコンの画面を、こちらに見せてくる。


 【勝利の女神】ゴッデス・マザー 106万円×3枚

 【蒼き狼王】ハーンロボ 200万円×2枚

 【水の支配者】マリン・エンペラー 102万円×2枚

 【硫酸闘牛】アシッドバイソン 170万円

 【寄生生物】パラスワーム 138万円

 ブルームーン・インパクト 100万円


「な、なんかすごい値段が見えるんだけど」

「あら〜すごいわね」


 画面の買取金額に驚く卯月と、呑気な母さん。

 一方の俺は驚愕のあまり、上手く声が出せずにいた。

 全部三桁万円って、なんなんだよ。


「そして買取の合計金額なのですが……」


 店長さんが画面の一番下に表示された金額を指さす。


 合計買取金額:1330万円


「せ、せんさんびゃくさんじゅうまんえん!?」


 驚くのあまり変な声が出てしまった。

 一度深呼吸をして、もう一度パソコンの画面を見る。

 うん間違いない、1330万円って表示されてる。


「あのぉ、本当にこんなに高く買っていただいていいんでしょうか?」

「もちろんですよ奥様。SRカードは非常に希少な品ですから。これが妥当な値段です」

「そうなんですか〜」


 のほほんとした母さん。

 卯月と俺はあまりの値段に、まだ空いた口が塞がっていない。


「それで、いかがいたしましょう? こちらの買取金額でよろしいでしょうか?」

「お願いします!」

「はい。それでは買取の書類等をお持ちしますね」


 俺は即答で売却を決めた。

 だって1000万円越えよ。

 金の誘惑が強すぎるよ。


 少し待つと店長さんが買取書類と、大きな機械を持ってきた。

 確か紙幣カウンターだった筈。昔テレビで見たことがある。


 保護者でる母さんが書類を書き終えると、店長さんは1000万以上ある紙幣の束を機械に入れて枚数を数え始めた。


「アタシ、あんないっぱいのお札初めて見たかも」

「俺もだよ」


 1330万円分の紙幣数え終えると、帯でまとめて、こちらに差し出された。

 流石に財布には入り切らないので、全部鞄に詰め込む。


「なんか……急激に不安感が増したな」

「鞄に大金って……お母さん絶対落とさないでよね」

「大丈夫よ〜」


 いざとなったら俺が持とう。

 にこやかな店長に見送られながら別室を後にする俺達。


「お兄、お母さん。今日は寄り道せずに帰ろうね」

「悪いけど卯月。その前に大事な買い物がある」

「こんな大金持ちながら!?」

「その大金を使ってだ」


 そう言いながら俺は二人を一階に連れていく。

 一階で販売しているのはパックとサプライ。

 そして……召喚器だ。


「こんだけあれば三人分買えるだろ」

「そうね〜。この世界じゃ必須アイテムなんでしょ?」

「そういうこと。という訳で買うぞ、召喚器」


 幼い頃から夢にみたアイテムが手に入る。

 そう考えると、俺はワクワクが止まらなかった。


 ここから俺の、異世界カードライフが始まる。

 召喚器を使って、派手に戦えるんだ!

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