第二話:タイムスリップ? いいえ、異世界転移です

 目が覚めると、窓から朝日が射しこんでいた。


「……あの後爆睡したのかよ、俺」


 我ながら不健康な生活をしている。

 晩飯も食べずに翌朝までぐっすりとは、今日が日曜日じゃなかったら大罪である。

 まぁそれはさておき、起きたのだから朝飯でも食べに行こうと思った――その時だった。


「……ん?」


 部屋の様子が何かおかしい。

 物の配置が変わってる。

 部屋にかけてあった筈のジャケットが無い。

 代わりにあるのは、何故か学ラン。


「えっ? なんで学ラン? 誰かの悪戯?」


 にしては手が込み過ぎているような気がする。

 俺はとりあえずベッドから降り、部屋をぐるりと見回った。


「やっぱり配置が変わってるよな?」


 重い机の位置まで変わっている。

 だが重要なのはそこではない。

 俺が一番驚いたのは、壁にかけてあった学ランだ。


「これ……俺が中学の時に使ってたやつだ」


 中学在学中に彫刻刀で切ったせいでついた、特徴的な補修跡もある。

 だがおかしい。

 なにがおかしいって、この制服は中学卒業と同時に処分して、もうこの世には存在しない筈だ。


「わざわざ再現? んなアホな」


 どう考えても労力がかかり過ぎる。

 というかそもそも、ここは本当に俺の部屋なのか?


 俺は恐る恐る窓の外を見る。

 そこには見慣れた光景が広がっていた。


「……間違いなく俺ん家の俺の部屋だ」


 じゃあ何が起きたのか。

 机の棚に目をやると、大学で使っていた教科書が全て無い。

 代わりにあるのは、懐かしき中学校の教科書だ。


 そこでふと、俺はある事に気づく。


「俺……こんなパジャマ着てたか?」


 よく見れば中学時代に着ていたような気もするパジャマ。

 まさかと思い、俺は部屋にある姿鏡の前に立った。


「な……なぁ!?」


 鏡に映った俺は鬚が一本も生えておらず、背が少し縮んでいた。


「なんじゃこりゃぁぁぁ!?」


 明らかに身体に異変が起きている。

 というか身体以外にも異変が起きている。


「……まさか」


 俺はベッドに置いてあった筈のスマホを探す。

 だがそこには、去年買い替えたばかりのスマホはなく、代わりに一つ前に使っていたスマホが置かれていた。

 それも大概動揺したが、俺の受けた衝撃のピークはこの直後だった。


「この日付、五年前だ」


 スマホに表示された日付を見て、俺は愕然とする。

 念のため机に置いてあったミニカレンダーも見たが、やはりそれは五年前のものだった。


 これは、間違いない。


「俺、中学時代にタイムスリップしたのか」


 そうとしか考えられない。

 だがどうせ異変が起きるのなら異世界転移がよかったとも思う。

 だって中学時代に戻ったところで、学力イマイチ、社会情勢も覚えていない俺には大したチートできないもん!


「はぁ……これからどうしよう」


 項垂れる。

 だけど特に事態が好転する訳ではない。

 腹の虫もぐぅぅぅと鳴ってきた。


「とりあえず朝飯食うか」


 腹が減っては戦はできぬ。

 先の事は、腹を満たしてから考えよう。


 二階の自室から一階に降りると、そこには五年前、十一歳の我が妹がいた。

 急に過去の身内と鉢会わせるのは、妙な感じがする。

 とりあえず俺は平然を装って、声をかけた。


卯月うづき、お、おはよう」


 少し声が震えた。

 当の卯月はそれを怪しんだのか、ジッとこちらを見つめてくる。


「ど、どうした我が妹よ」

「お兄が……お兄が若返ってる!?」


 俺は顔面から床に転げ落ちた。

 え、なんですと?


「いや若返ってるのはお前もだろ」

「えっ?」

「えっ?」

「……お兄、自分の年齢言ってみて」

「十九」

「アタシ十六」


 妙な沈黙がダイニングを支配する。


「卯月も、タイムスリップしてたのか」

「まさかお兄も巻き戻っているとは」


 突然の事に気が抜ける反面、俺は少し安心していた。

 流石に一人だけで過去の世界になど行きたくない。

 しかしだ、そうなると「もしかして」という可能性を感じてしまう。

 丁度タイミングよく、二階から階段を降りる足音が聞こえてきた。


「ふわぁ、おはよう二人とも」

「……」

「……」

「どうしたの?」

「お、お母さんが!」

「若返ってる!?」


 二回から下りてきたのは俺と卯月の母だった。

 明らかに若返っていたので二人同時に驚いてしまう。


「あらぁ、そんなに若く見える? というか二人ともなんか縮んでない?」

「……お兄、これって」

「母さん、今年で何歳か言ってみて」

「四十だけど」

「お兄、これ一家三人全員タイムスリップしてる」

「みたいだな」


 納得する俺達に対して、母さんはまだ状況を理解できていないようだった。

 とりあえず二人で、五年前にタイムスリップしている事を説明した。

 母さんののほほんとした性格のせいか、理解させるのに三十分ほどかかったが。


「という事は。こっちは中学生のツルギでぇ、こっちは小学生の卯月なのね」

「そしてお母さんは三十五歳よ」

「やーん若返れるなんて夢みたい」

「(母さん本当に状況を分かってるのか?)」


 まぁとりあえずタイムスリップをした事を理解して貰えただけよしとしよう。

 問題はここからだ。


「さて、これからどうするかだな」

「学校とかどうしよう」

「タイムスリップしたんだから、昔の学校に通えばいいんじゃない?」

「そ、それは……」

「なんか抵抗あるんだよなぁ」


 身体は中学生とはいえ、精神年齢は大学生だぞ。

 卯月は女子高生の魂で、小学校に行く事になるんだぞ。

 流石に抵抗がある。


「まぁどうせ今日は日曜日なんだから。一日かけてゆっくり考えましょう」

「お母さん、ちょっと呑気すぎない?」

「余裕があると言って欲しいわ」


 一応、母さんが言うことも一理ある。

 とりあえずは朝飯のパンとカップスープでも食いながら、今後の事を考えよう。


「あっ、そう言えば」

「どうした卯月?」

「五年前の今頃って何があったっけ?」

「テレビつければいいだろ。どうせ朝のニュースやってる時間帯なんだし」

「お兄、つけてー」


 人使いの荒い妹である。

 俺は近くにあったリモコンを取って、テレビをつけた。


 流れてくるのは今日の星座占いと、朝のバラエティ番組のエンディング。

 ゲストが少し懐かしいアーティストだったので、改めてタイムスリップしたのだと俺は実感した。


 そしてエンディングが終わり、朝のニュースが始まる。


『おはようございます。今日のニュースは――』


 テレビの向こうに見慣れた女性キャスターが映っている。

 やはり若い。本当に五年前なのだな。

 俺はニュースを見ながら必死に五年前の記憶を手繰り寄せるが……出てくるのはカードゲーム関係のニュースばかり。

 大人気パックの詳細な発売日とか要らないんだよ!


「真面目にニュースを見てこなかった、自分が憎い」

「ごめんお兄、アタシも同じ事考えてた」

「これじゃあ未来視チートもできない……俺は、弱いッ!」

「はいはい」


 せっかくボケたのに、妹には軽くあしらわれてしまった。

 お兄ちゃんは悲しいぞ。


『続いてのニュースです。昨日午後二時頃、国会議事堂内のファイトステージで、イギリス首相との友好サモンファイトが――』

「……は?」

「えっ、お兄。今テレビでなんて言った?」


 すまない卯月、俺もよく分からなかった。

 俺は食い入るようにテレビを見る。

 そこには日本とイギリスのお偉いさんが、広い競技場で向かい合って、立体映像のモンスターを戦わせている映像が流れていた。

 いやぁ最近の立体映像はすごいんだなぁ……いやそうじゃない!


「ねぇお兄。なんか見た事あるモンスターが映ってたんだけど」

「奇遇だな。俺も同じ事思ってた」


 俺の目がおかしくなっていなければ、映っていたのは『モンスター・サモナー』に登場するモンスターだ。

 そしてお偉いさん方がやっていたのは、サモンファイトだ。


『次のニュースです。アメリカのプロサモンファイター、トーキョー・ファルコン選手が、日本円にして総額十億円をかけて開発した新カードをお披露目しました』

「……ねぇお兄。サモンってプロ選手いたっけ?」


 俺は無言で首を横に振る。

 『モンスター・サモナー』は大人気カードゲームではあったが、テレビで大々的に紹介されるようなプロプレイヤーはいなかった筈だ。


『CMの後は、日本のプロサモンのニュースです』


 そして始まったCM。

 普通の懐かしいCMもあったが、それ以上に驚いたのは『モンスター・サモナー』のパックCMに大人気タレントが起用されていた事だ。

 だが一番度肝を抜かれたのは……


『ハイスペックかつ軽量で持ちやすい! 新型召喚器! 12万円!』


 『召喚器』のCMが流れていた事だ。


「お兄……召喚器って確か」

「サモンのアニメで、モンスターの立体映像を出すのに使われていたデッキケースだな」

「玩具、売ってたよね? 1万円くらいで」

「おまけカードつきの、プラデッキケースだったけどな」

「あれも?」

「まさか。12万もするプラデッキケースがあってたまるか」


 段々嫌な予感がしてきた。

 俺はパジャマのポケットに入れていたスマホを取り出し、ネットニュースを開いた。

 そこにあったニュースジャンルは「国内」「政治」「経済」「IT」「スポーツ」、そして……「サモン」だった。


「いや、まだだ。そんな筈は!」


 俺は大急ぎである会社の名前をスマホの検索欄に入力した。

 あれは架空の会社の筈。ヒットするのはせいぜいウィキくらいの筈だ。

 だが俺の考えは、一瞬にして打ち砕かれた。

 俺は無言でスマホの画面を卯月に見せる。


「これ『ユニバーサル・ファンタジー・コーポレーション』って、確か……」

「アニメのサモンで『モンスター・サモナー』を作ってた会社だ。しかも本社ビルが電車で行ける範囲にある」

「ファ、ファンメイドのサイトじゃないの?」

「ストリートビューもあるけど、見るか?」


 とてもフェイクとは思えない写真を見て、卯月も愕然とする。


 決まりだ。

 俺達はタイムスリップをしたのではない。


「お兄……アタシ達って」

「あぁ、異世界転移してる」


 ここは、アニメ『モンスター・サモナー』の世界だ。

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