12話「看病のお礼」

 体調はすぐに回復して、次の週からは変わらずに登校する事が出来るようになった。

 姫野さんには何度もお礼を言ったが、あれだけの事をしてもらっておいて、口頭のお礼だけでは何か落ち着かなかった。


「先週のお礼も兼ねて、ご飯でも行かない? 奢らせてください……」


 いつも通り、放課後の運動公園でのんびりとした時間を過ごす中で、その話を持ち出した。


「そんなの気にしなくていいよ。元気になったなら、それでいいんだよ?」

「そうは言うものの、飲み物とかゼリーとかも買ってきてもらってたから……」


 気の利かない頭で必死に考えたのは、どこかへご飯を食べに行って、姫野さんに奢るというものだった。

 菓子折り等を渡すことも考えたが、食べられないものや嫌いなものに、当たってしまうことを考えた。

 それなら、食べたい物を食べてもらう方がいいのでは、となった。

 ……それもそれで、遠慮するというか気を遣わせそうなのだが、他に何も良い方法が思いつかなかった。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな?」

「そう言ってくれると、助かる。どこに行きたいとかある?」


 頑なに拒否されたらどうしようもないと思っていたが、俺の提案に乗ってくれた。

 そんな俺の心情も察して、乗ってくれたような気もするけども……。


「行く場所は、奥寺君が決めてもらってもいい?」

「分かった。食べられないものとか無い?」

「特にないから、大丈夫だよ。いつ行く?」

「じゃあ、次の土曜日のお昼予定で!」

「うん」


 姫野さんが、話しに乗ってくれたことにホッとしつつ、次の課題が出てきた。


「どこへ行くべきかな……」


 高校生で行けるところなど、限られそうなものだが、これまでこういう機会がなかったため、いざ考えてみるとどこへ行けばいいか分からない。

 蓮人に相談してみることも考えたが、おそらく一言「ファミレスでいいやろ」と返ってくる姿が、聞かなくても分かる。


「ベタだけど、ファミレスにするか……」


 あんまり高いところに行くと、逆に姫野さんが引いてしまう可能性が高い。

 かと言って、ファストフード店は寄り道ならありだが、わざわざ時間に集まって行くのは……と個人的に思ったからだ。


「そう言えば……」


 色々と考えてファミレスという結論を出した時に、1つだけ思い出したことがあった。

 かつて塾に通ってて、帰りのバスを待っている時、一緒にいた姫野さんが何気なく言った言葉。


「あそこにしますか!」


 きっと本人も、忘れてしまっているのではないかと思うような一言を思い出したことにより、一気に目的地が定まった。



 土曜日のお昼。


 俺はいつも登校時に乗り換える市街地で、姫野さんの到着を待っていた。


「お待たせ、待たせたかな?」

「ううん。大丈……!?」


 歩み寄ってきたのは、私服姿の姫野さん。

 白いワンピースに身を包んでいて、制服姿しか見てこなかった俺は、いつもと違う姫野さんの姿に思わず見惚れてしまった。


「な、何か私変かな?」

「い、いやそんなことないよ」


 じっと見られたと思われたのか、ちょっと落ち着かなさそうにしている。

 申し訳ないとは思ったが、この姿で近づいてきたら、見惚れない男はいないと思う。


「じゃあ、行こうか」

「うん。で、どこに行くの?」


 姫野さんには、集合場所だけ伝えてどこへ行くかには伝えていない。


「かつての姫野さんが、ご所望されたところに行こうかと思いまして」

「かつての私が?」

「ここから近いんだけど、覚えてないかな……?」


 姫野さんとしては、まだピンと来ていないようだ。

 というか、行っても気が付かない可能性もある。


「ここです!」

「ここ……」

「塾に通ってた時に、姫野さんがいつか行きたいって言っていたファミレスです」


 市街地にある、何気ないファミレス。

 ただ、そこは塾に通っていたかつての姫野さんが、行きたいとよく言っていた場所だった。

 数年たった今も、健在だったためにこの場所に決めた。


「何気なく言ってたことだったのに……。覚えてたの?」

「物覚えに関しては、ちょっと自信がありまして」


 俺は自分で言うのもどうかと思うが、無駄に記憶力はいい方だと思う。

 今回の姫野さんの発言以外にも、小学校中学校にあった細かい出来事など、思い出せることが多い。


 ……まぁ友達の学習塾が終わった後に、遊ぶ約束をしているから、そのまま付いて行って早く終わらせようと答え教えてたら、出禁になったとかろくな記憶じゃないものが多いが。


「……」


 姫野さんが何も言わない。

 もしかして、あんな何気ない事を覚えていたという事がキモ過ぎて、言葉を失っているのか……?


「えっと、ここで大丈夫?」

「うん、もちろん! そんなこと覚えてて、選んでくれるとは思わなかった」

「キモかったら、すいません……」

「そんなことないよ。結局、ここには行けてなかったし、普通に嬉しい……!」

「な、なら良かった!」


 声からしても弾んだ声で、笑顔が溢れている。

 選択肢は、間違えていなかったらしい。

 早速、二人でファミレスの中に入ると、家族連れで店の中は混んでいる。


「もうちょっとずらした方が良かったかな……?」

「どうだろ、あんまりこういう外で食べる機会って無くてさ……」

「そうなの?」

「家族は外食は高いからって、全然行かないし。友達は、あんまり外にこうして出る派じゃないからね」

「奥寺君はどうなの?」

「同じく家族は外食全然しないし、ダチは彼女と行くからねぇ……」


 そんな話をしていると、席が空いて座ることが出来た。

 テーブルを挟んで向かい合うように座って、メニュー表を広げる。


「あの頃、行きたいって言ってたのは覚えてたけど、何食べたいって言ってたっけ?」

「特定の何か食べたいというよりは、ファミレスで出てくる物が食べたいって思ってた」

「じゃあ、3年越しにその夢が叶うと言うことで、好きなもの食べてください!」


 メニュー表を見つめる姫野さんは、小さな子のように目を輝かせている。

 迷いながらも、姫野さんはチーズドリアを注文した。

 俺はチーズハンバーグを注文し、料理が来るまで再び雑談に花を咲かせた。

 料理が来ると、姫野さんはゆっくりと冷ましてから口に運んだ。

 美味しいのか、頬を緩ませて幸せそうな顔をしている。

 一方、俺はハンバーグにしたことを後悔しつつ、ナイフとフォークを持った手を震わせながら、切ることに苦戦していた。


「だ、大丈夫?」

「ちゃんとした使い方、してこなかったツケが回ってきてる……!」

「こういうところ、女の子は見てるよ〜?」

「や、やっぱり!? げ、幻滅しないでくれ!」


 おぼつかない手付きで、ハンバーグを切る姿と俺の切羽詰まった表情に、姫野さんが笑っている。


「女の子と二人でご飯来るの、初めて?」

「もちろん。初めてじゃないなら、こんなに至るところでオドオドしない……と思う」

「昔から奥寺君の事を知ってる私が、初めてで良かったんじゃない?」

「いや、本当にそれ。とは言っても、そろそろ過去の栄光貯金が無くなって、幻滅されそうだけど」


 そう言いながら、震える左手のフォークでハンバーグを口に運んだ。

 その俺の姿を見て、姫野さんは一際楽しそうに笑った。

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