10話「誤解された結果」

「あら、美優紀ちゃん〜!」


 公園を出て帰ろうとしていた時、農作業をする服装をまとったお婆さんが、姫野さんに声をかけてきた。


「こんにちは」

「今帰り? 制服姿も似合ってて素敵よ〜!」

「ありがとうございます」


 姫野さんもニコニコと話しているので、どうやらよく知っている人らしい。


「隣りにいる子、もしかして彼氏さん!? やだもう、可愛いからすぐに出来ちゃって〜!」

「い、いや! そうじゃないんですよ!?」

「またまたぁ。隠さなくてもいいじゃない!」


 突然こっちに視線を向けてきたかと思うと、よりテンションがあがった声で話し始めた。

 姫野さんは必死に否定するが、全然聞き入れていない。

 完全にそういう関係だと、お婆さんの中で結論が出来上がっている。


「顔赤くして、いい青春ね! 若い頃を思い出すわ〜!」

「だから違うんですって! ごめんね、奥寺君」

「いやいや、大丈夫」


 何となく分かる。

 こういう青春系の話で、一度恋人関係だと思ってしまうと、どんなに否定しても、あんまり意味が無さそうだ。

 単純に小さい頃から知っている可愛い子が、成長して楽しい時間を過ごしていると、喜んでいる。

 それに過去の自分自身の思い出も重なって、より魅力的に良いものとして捉えているのだと思う。

 別に悪意があって、こちらを困らせようとしているわけではない。


「そうそう! 今、トラックにご近所さんからもらった飲み物セット、持って行って!」

「え、えっと……」

「私みたいな年寄りは、そんなにジュースとか飲まないから! 彼氏さんとどーぞ!」


 そう言うと、近くに止めていたトラックの荷台に置いてあったダンボールを2つも持ってきた。


「重いから、そこの彼氏さん。持っていってね」

「ありがとうございます」


 彼氏ではないが、知らない人にいきなり否定する気にはなれず、お礼だけを述べた。

 姫野さんはずっと「違うんです……」と否定し続けていたが、聞きいれてもらえずに少しずつ声が小さくなって、やがて黙り込んでしまった。


「じゃあこれで! お二人の楽しい時間なのに、失礼しました!」


 笑顔でそう言いながらトラックに乗り込むと、そのまま去っていった。


「……本当にごめん。良い人なんだけどね……。一度そうだと思ったら、何言っても引かなくて」

「悪気があったわけじゃないし、姫野さんのことを、孫みたいに大切にしてるんでしょ。俺は全然、大丈夫」

「でも、噂として広まっちゃうかも……」


 確かに田舎あるあるで、事実も噂も広まりだすとすごい勢いで広がる。


「俺からすれば、別に知らない人たちばかりだから、特に気にならないよ? 姫野さんがしんどいっていうのなら、考えないといけないけど」

「わ、私は……。別にその……。私も大丈夫」

「なら、いいんじゃない? 別にやましい事をしてるわけでもないし」

「うん……」


 姫野さんは、申し訳無さそうな表情をしたまま。


「姫野さんの彼氏だと思われるなら、むしろ名誉で嬉しいかな!」

「えっ!?」


 姫野さんの曇った表情を何とかしようという一心で、そんなことを口にした。

 当たり前だが、言った直後に後悔した。

 この発言、あまりにもキモい。

 頭の中で発言した言葉が反響して、キモさを嫌というほど感じる。

 恥ずかしさのあまり、また顔が熱くなってきた。

 姫野さんが今、どんな顔をしているのか怖くて見ることが出来ない。


「……そう言ってくれると、私も嬉しい。ありがと……」


 流石に引いてしまい、微妙な言葉が返ってくると思っていた。

 しかし、その予想に反してシンプルな言葉が返ってきた。


「い、いえ……」


 予想外の返事に、歯切れの悪い返事をすることしか出来なかった。


「こ、この箱に入ったジュース、どうしよっか?」


 自分の失態により、より微妙になった空気を変えるべく、お婆さんが残していったジュースの入ったダンボールをどうするか、尋ねた。


「それなんだけど、私の家にこういう貰い物、沢山あって置き場所無いんだよね」

「そうなのか。どうしよう……?」

「奥寺君一人暮らしだし、邪魔にならないならもらってくれない?」

「いいの?」

「うん。うちに無理して置いてても、賞味期限切らしちゃうから」

「じゃあ、貰おうかな」


 買い物では重いし、出費の重なるのでジュースを飲む事は出来ていなかった。

 いつも、お茶パックから煮出したお茶しか飲んでいなかったので、あるととてもありがたい。


 自分の家へ持ち帰るべく、2つ重なったダンボールを持ち上げようとした。


「おっも……」


 かなり入っているのか、2つ持ち上げるのはなかなかに大変だった。


「い、いける?」

「な、何とか……!」


 トラックから一つずつ持ってきたとはいえ、お婆さんの体力が凄すぎる。


「私も手伝うよ?」

「じゃ、じゃあ俺のカバン持ってもらってもいい?」


 姫野さんにも手伝ってもらいながら、ゆっくりと運んでいく。

 運動公園から自分が、下宿しているところまではそんなに遠くないのに、今日は一歩一歩がなかなか進まない。

 ゆっくりと進んで、姫野さんと別れる道まで来た。


「ひ、姫野さんありがとう。後はなんとか気合で行くから……」

「車や自転車も多いから、無理したら危ないよ。カバン持って、アパートまでついて行くから」

「正直、本当に助かる……」


 その後もゆっくりと歩みを進めて、やっと自分が下宿しているアパートにたどり着いた。

 自分の部屋の鍵を開けて、玄関の端にダンボールを下ろした。


「ふぅ……」

「お疲れ様。はい、カバン」

「ありがと、助かった」

「ううん。ここが、奥寺君のお部屋かぁ……」


 ワンルームで、玄関から部屋の中が結構見えている。


「そ、そんなに見ないでくれ……」

「ん? 綺麗にしてるし、大丈夫じゃない?」

「ま、まだ住み始めて一ヶ月も経ってないからな」

「という事は、もう少しすると、散らかってくるのかな?」

「その可能性は高いかも……」


 一ヶ月も経っていないのもあるが、散らかすほどまだ物が無いということもある。

 今後、高校からの配布物が増えてくると、散らかる可能性がどんどん上がる。

 親に見られてネチネチ言われるのならまだいい。

 姫野さんにまだ散らかっていない部屋を、見られただけでも落ち着かないのに、何かの拍子に散らかった所を見られたら……。

 ちゃんと、物の管理と掃除はしておこう。


「奥寺君の下宿先、ここだったかぁ。私の家から歩いて5分位だね」

「あ、そんなに近いの?」

「うん。奥寺君一人暮らしだし、何かあればすぐに駆けつけられそう」

「俺ってそんなに、危なっかしい……?」

「いやいや、そうじゃないよ? ただ、一人暮らしだからね」

「今のところ、難なく生活出来てるから大丈夫よ」


 心配してくれる姫野さんに、意気揚々とそんなことを口にしたのだが……。

 その姫野さんの言葉が、すぐに現実になってしまうとは、その時知る由もなかった。

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