役目

 数週間が経ち、莉奈りなが『聖女』として降臨したことを国を挙げての祭典として祭り上げられているのを、私はただ見ていることしか出来なかった。

彼女は少し困った顔をしていたが、周りの人間に大事に扱われているのか、始終にこやかだった。

 「ねえ、莉奈にはいつ会えるの?」

「え?え、あの最初に言ったようにですね……」

「でも一度くらいは会えるように調節してくれるって言ったわよね?」

「えぇ?!言って……」

「言ったわよね?」

「ヒィッ!言いました!言わせて頂きました!!」

私のお目付け役を言い渡された彼ことレズモンドは、本を盾に顔を隠しながらそう言うと、黙って睨む私から目を逸らしたまま小動物のように震えている。少しは仲良くなったような気がしていたが、そうやらそれは勘違いだったのかもしれない。

「あの、ただお会いするとしてもお二人だけでとかは絶対に無理ですよ。聖女様は聖女様として民に認められた時から魔族たちにも目を付けられています。お二人になどしたらすぐに食われてしまいます。だから最低でも護衛10人と、お付きの者数名と……」

「魔族?そんなものがいるのね」

 最近ではこのRPGさながらの世界観にも慣れてきたが、それでも驚きは隠せない。あまりにも違う世界に、あの子が翻弄されていないか心配になる。

「魔族、いなかったんですか?」

彼は心底羨ましそうな顔でそう言っていた。この世界ではその魔族のせいで戦争が終わらず、多くの人間が命を落としているのだそうだ。

「そうね、羽を生やした化け物が空を飛んでいたか、という質問ならそれは『NO』よ。でも……」

『魔』という言葉に関しては分からない。人を殺すのが人ならざる者だけでなかっただけで、私たちの世界だって自由で、平和で、過ごしやすかったわけではない。

頭のイカレた連中は多かったし、いつ誰がどういう風に襲われるか、そんなこと『神のみぞ知る』だ。そう言った意味では、敵がどんな姿をしているか知っている方がずっと気楽かもしれない。

「魔族を殺しても罪にならないんですものね」

「むしろそれは英雄ですよ」

「へえ、そうかあ。いいね。じゃあ私も弓を持って戦おうかな。なんかこう、ストレス発散になりそう」

ストレス発散に魔族殺しなんて新しい考えかもしれないが、カラオケもないこの世界でのストレス発散方法なんて限られている。しかも倒したらみんなに受け入れてもらえるなら一石二鳥だ。

 「ナナオ様は弓使いなんですか?」

「そうね、ついこないだまでは弓使いだったわ。まあ動かない的相手だったからまずは練習が必要だけど。相手になってくれる?」

「弓の練習相手って……」

「的になるとか?逃げてくれれば私頑張って狙うわ」

「……」

顔面蒼白。

毎日この顔を見るのが実は楽しみだと言ったら彼はどんな反応をするだろうか。

「嘘よ、狩りとか許しを得てもらえる?生きているものを殺したことはないの。でも背に腹は変えられないわ。だって、そろそろ焼肉したいし」

うっすら紅潮した頬でホッとした顔を見るのも気に入っている。彼は嘘を付けない。

それは、私にとって、莉奈といるのと同じくらい癒しになっていた。

嘘を付けない分、彼は嫌味もすべて口にしてくれる。裏で陰口を叩くくらいならはっきり言われた方がマシだ。常々そう考えていたから彼のことが気に入ったのかもしれない。

「ヤキニクがなんだか分かりませんが安心しました。狩りをするのに許可など必要ありませんが、ナナオ様が弓を持つのには一応確認致します。というか、弓使いだったなんて、素晴らしいです。魔族を倒せるならば聖女様にも会いやすくなりますよ。聖女様を守る騎士の一人になればいいだけですから」

「騎士……いいわね。女騎士か。実は聖女でした、より、ずっといいわ」

「ナナオ様が聖女と言うのは恐らくあり得ないですよ。もし先にナナオ様が神殿に行っても、すぐに間違いだったと気づかれてしまいます」

「……」

拳を構えると、ハッとした顔ですぐに間合いを取った。身のこなしからいって、彼も多分それなりの人間だろう。

「聖女様は心優しく、慈悲深い方だけしかならないのです。ナナオ様には屈強の騎士という方がお似合いです。でもこれは誉め言葉ですよぉ」

「どんな誉め言葉よ」

「この世界で役割のない人間ほど生き辛いことはありません。僕はあなた付きになるまで、大した役割のない人間でした。でも今はこんなんでも大きな役割があります。本当は聖女様付きがよかったですが、ナナオ様にも感謝しているんです。もし間違ってあなたがこなかったら、僕はもしかるすと今も何もないままだったかもしれないのですから。そしてナナオ様には『姫付きの弓使い』という役割があるかもしれないんです。これ以上の誉め言葉はありません!」

「ちょこちょこけなされているような気がするけど、私もレズモンドがいなければ路頭に迷っていただろうし、私も一応感謝しているわ」

彼がフフッと笑うと、それはどこか莉奈に似ている気がした。

莉奈がいたずらをした時の顔、してやったりという時の顔、彼女には幸せになって欲しい。

あの馬鹿げた世界で苦しめられるくらいなら……。

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