第六話「魔法学①」
この世界には魔法が存在する。
ヴィクターが見せてくれた『ライト』のように光を出したり、炎や水を出したりできるような魔法から、結界を張る魔法、幻覚を見せるような魔法まで存在する。
まさにファンタジーと聞いてすぐに思い浮かぶような魔法たちが使われている。
「魔法とは一体なんなのかという議論が今まで多くなされてきました」
ヴィクターが言うように、この不思議な現象について多くの人たちに関心を持たれて研究が行われてきたようだ。
「ロエグランド魔法教会は、魔法は神によって与えられた力だと説明していますが、ではその与えられた力はどうやって使えばいいのかということは漠然としか分かっていませんし、なぜ人によって得意不得意な魔法が分かれるのか、威力や効果が違うのかといった様々な疑問が生まれては解決されないまま、溜まっていっているというのが現状です」
ロエグランド魔法教会とは、この世界で広く信仰されている聖教会の亜種のような存在だ。
聖教会は魔法を異端の術としており、それに反発したロエグランド王はロエグランド魔法教会を建てて聖教会と絶縁したという歴史がある。
ロエグランド王国からヴィクテン帝国になった今でもロエグランド魔法教会は唯一国によって保護されている宗教であり、帝は魔法教会の首長、つまり統率者という立場にある。
それどころか、魔法によって植民地を増やして帝国になったことから、帝は教会の象徴として信仰の対象にさえなっていた。
「科学がどんどん発展する一方で魔法の解明は全然進まず、科学の理論を魔法に当てはめて解明しようとする試みもありましたが、今では停滞気味となっています」
すぐに思いつくのは比較実験だろう。
同じ魔法を使って継続時間や威力の大きさなどを比べ、ある程度の基準を探るというものだ。
ただ、それでは魔法の時間や威力の数値化をできる可能性はあるものの、じゃあ魔法とは一体なんなのかという疑問の答えにはたどり着けない。
「魔法がどういう仕組みで発動しているのかということが分からなければ、ある程度の数値化はできるものの、数式を考えることすらできませんからな。そういうことで殿下のその見えているものが、今の魔法研究の停滞を打ち破る希望となるわけです」
「なるほどねー」
ある程度の仮説を立てることができても証明する手段が無いと始まらない。
仮説だけが溜まっていく状態が今まで続いてきたということだ。
ヴィクターがあれだけ興奮していた理由が良くわかる。
「とりあえず、魔法の分析には協力するよ。そのうち僕が魔法を使えない原因も分かるかもしれないし」
そう、脳に原因があるかもというのは仮説でしかない。
ちゃんと考えることができる以上、脳が異常をきたしているということでもないだろう。
……前世の記憶があるのが異常の原因かもしれないけど。
とにかくやる以外の道は無いのだ。
それに絶対楽しい。
「嬉しい限りですな。教えられることは教えるとして、殿下の治療もできる限り考えておきます」
こうして魔法と魔力視の研究が始まった。
「まず何からやるの?」
待ち切れないとばかりにヴィクターに聞く。
ヴィクターは苦笑しながら答えた。
「そうですなあ。その前に殿下は研究がどういう風に行われるかをご存知ですかな?」
「実験を行って結果を分析するんじゃないの?」
「まあ、やることとしては間違っていないのですが、最初にするべきことがあります」
「最初に?」
「ええ、まずは何を知りたいのかという問題を考えつつ、これまでにその知りたいことの手がかりになる研究がどれだけ行われてきたのか調べること。次に知りたいものがどういう答えなのかという仮説を考えること。そしてどうやったらその問題を解けるか方法を考えるということです」
「ああ、そっか。さっき仮説の話してたもんね」
「はい。仮説を設定しておくことで導いた答えが違っていた時に、なぜそうなるのかと考えて方法が間違っていなかったかと確かめることができます」
検算みたいな役割をしてくれるということなのか。
今まで受験だと問題が最初から用意されていて、答えも絶対的な正解がある状態だったから全然違うことをやっている気分になる。
だからこそ楽しいと思えるのだ。
「ということでまずは何を調べるのか決めましょうということですが、それはもう殿下の見えているものが何かということで定まっていますな」
そりゃそうだ。
これで何が見えているのか分かることで色々分かってくる可能性があるのだから。
「どんな研究が行われていたかは、ひとまず置いておきましょう。次に考えるべきことも仮説は見えているものが魔力だというものです。では、どうやったら殿下の見えているものの正体を明かすことができるのかというものですが──」
「前は『ライト』の魔法を使ってその動きで魔力が見えていると判断したよね?」
「ええ、ですので今回はそれをちゃんと検証しようというものですな。どう計測したらそれが魔力であると言えるのかということを考えなければなりません」
たしかに、昨日見てもらった時は『ライト』の魔法を一回使っただけで魔力じゃないかと推測したわけだから、ちゃんとした計測を行った検証が必要になってくるわけか。
でもどうすればいいんだろう?
「まずは、魔力と簡単に言ってしまっているものが何かということを考えなければなりませんな」
ヴィクターの言葉に気付かされる。
そうか、漠然としたイメージで魔力と言ってしまっていたけど、そもそもそれが何か分かっていないのか。
「魔力はもちろん存在が確認されたものではないので、それがどういうものかを推測することから始まりますな」
気の遠い作業だ。
つまり仮説で魔力だと簡単に言ってしまっているものが曖昧だったということだ。
ちゃんと仮説を考えないといけないからかなり時間がかかりそ──
「いや、待てよ。仮説?」
「いいところに気付きましたな。その通り、先ほど魔法の研究において証明されていない仮説が溜まっているということを言いましたな。その中に魔力に関する仮説も含まれております」
「良かった~」
少し安心する。
それを基に計測すればいいから、仮説が間違っていたとしても検証して答えを導き出せるかもしれないのだ。
ありがたく利用させてもらうとしよう。あ、でも仮説があるということは──
「もしかしてやり方も考えられてる?」
「その通りですな」
よし!
かなり時間を短縮できそうだ。
「魔力と言う存在は古くから考えられております。魔法を使用する際の基礎的な部分となることなので、その分考える研究者たちも多く、仮説や計測方法の考察もかなり蓄積されております」
まあずっとそこで躓いてたんだし、その分溜まっていったんだろうな。
「それらの仮説を総合すると、魔力とは人の内か表面、またはその両方にあるもの、それを何らかの力を加えて飛ばすことによって魔法へと変化させられるということになりますな」
なるほど、それが魔力の仮説か。
「計測方法ですが、これは魔力が見えるものが現れることが一番望ましいと言われていますが、その際に判断するのに一番適したことは魔法と魔法を発動させたものの間に何か動きが見えるかということですな」
「つまり、ヴィクターはそれを知っていたからあそこで『ライト』を使ったということ?」
「そうですな」
なんだ、結局全部終わっていたということじゃないか。
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