二年一学期

似た者同士①

 新学年、新学期。

 新しいクラスになって一週間が経過した。

 クラスメイトたちとの距離感もなんとなく掴めてきて、仲良くはないけど嫌われないポジションの獲得は順調だ。

 挨拶をすれば普通に挨拶が返ってくる。

 当たり前のことだけど、嫌われていたら無視される。

 俺はこれで良い。

 元々構築されている人間関係もあって、その辺りはスムーズだった。

 教室の場所にはまだ慣れなくて、時々一年の時の教室に向かいそうになることがあるけど。


 要するに、一年の時と大した変化はない。

 これまで通りの代わり映えしない日常の延長線だ。

 

 いや、一つだけ大きく変わったことがあるだろう。

 それは――


「おいタクト。次移動教室だしさっさと行こうぜ」

「そうだな。早く行ってなるべく後ろの席を確保しよう」

「おう! ここじゃロクに寝れねーからな!」

「教室は寝る場所じゃないけどな」


 俺とリョウスケは教科書と筆記用具だけ手に取り、席を立って教室を出る。

 授業が本格的に始まると、科目によってはクラスの教室ではなく、特別な教室で行う科目も増えてきた。

 移動先の教室で席順は自由だから、好きな席の取り合いになる。

 こういう時は二パターンだ。

 俺たちのように、楽が出来る席を確保するか。

 もしくは、好きな人の近くに座ろうとするか。


「ねえねえ夢原さん! 次の授業は隣の席に座ろうよ!」

「うん。良いよ」

「やったー!」

「えぇーちょっとずるい! あたしだって一緒の席に座りたいぃ~」

「良いじゃん! そっちは普段から近い席でしょ?」

「はははっ、喧嘩しないで? 授業はこれだけじゃないんだから、交代で近くの席に座ろうよ。私もみんなと一緒に授業を受けたいから」


 王子様スマイルに取り巻きの女の子たちは胸をキュンキュンさせている。

 夢原さんは相変わらずの人気者だ。

 教室でも彼女の周りは人で溢れているし、こういう移動時でも変わらなく賑やか。

 むしろ移動中の方が騒がしい。

 彼女目当ての女の子が集まってくるし、普段は奥手で見にこれない子も、さりげなく廊下を歩くふりをして近くで見ようとしたり。

 前も見え辛くなってしまうから、普通に歩きにくい。

 特に彼女の近くを歩いている人たちは、目線が前じゃなくて夢原さんに生きっぱなしなるから……。


「きゃっ!」


 あんな風に、近くを歩いている人の足に引っかかって転びそうになることも。

 危ない、と俺は心の中で叫ぶ。

 距離的に届かないとわかっていても、自然と前のめりなる。

 もっとも、この状況ではいらぬ心配だった。


「おっと」

「あ、夢原さん」

「大丈夫だったかな? 怪我はない?」

「は、はい。ありがとうございます」


 転びそうになった女の子を、夢原さんが咄嗟に手を伸ばして支えてあげた。

 後ろから肩に手を回し、抱き寄せるようにして支える姿勢は、まさに王子様がお姫様を起こすときのようで……。

 助けられた女の子はお姫様気分を味わえてうっとり。

 それを見ていた周囲も、羨ましいと思う以上に王子様っぷりに惚れ惚れだ。

 男からしたら、自然と振舞うだけで格好良く見えてしまうから、羨ましいの一言に尽きるだろうけど。


「ははっ、あいっ変わらずイケメン対応だな」

「……そうだな」

「ん? なんだよ、何か言いたげだな」

「別になんでもないよ」

 

 イケメンな対応にチヤホヤされながら、夢原さんは普段通りの笑顔を崩さない。

 周りが求める王子様像を崩さないように振舞う。

 彼女のことを知らない人から見れば、あれが彼女らしさであり、王子様みたいという感覚がしっくり来るのだろう。

 かくいう俺も、少し前まではそう思っていた者の一人だ。

 だけど今は、違うことを考えている。


「大変そうだなぁ……」


 俺はリョウスケには聞こえない声量で呟いた。

 王子様として振舞っているのは、彼女の意思ではなく周囲のイメージだ。

 イメージの押し付けが、彼女の行動を縛っている。

 本当の自分を隠して、みんなのイメージ通りのキャラクターを演じる。

 それがどれほど大変なのか、彼女にキラキラした視線を送る人たちには、これっぽっちもわからないだろうな。


(あっ、白濵君)

(夢原さん?)


 ふと、彼女が俺の視線に気づいたようだ。


(大変そうだね)

 

 と、彼女にアイコンタクトで伝える。

 すると彼女は……。


(あはははっ、いつも通りなんだけどね)


 そう言っているように聞こえた。

 顔は笑っているけど、どう見ても苦笑いだ。

 僅か一瞬、俺にだけ見せて他の誰にも気づかせない。

 

 彼女の笑顔はいつも同じだ。

 理想の王子様スマイルを、どんな時も常に見せ続けている。

 最近になってそれがわかった。

 あの爽やかな笑顔が作り物だと……。

 だけど時折、そうじゃない笑顔を見せてくれる時がある。

 困った時の苦笑い。

 本当に嬉しい時の無邪気な笑顔。

 怒っている時の、ちょっと怖い笑みとか。

 そういう豊かな表情を、俺にだけは見せてくれるようになった。


(俺だけは言い過ぎか? いや、でも……)


 少なくとも俺には、王子の仮面の裏側を見せてくれている。

 全てじゃないかもしれないけど、ほんの一部でも見せてくれているなら……。


 俺は素直に、嬉しい。


 彼女と友達になったこと。

 それこそが俺にとって一番の……大きすぎる変化だ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


ご愛読ありがとうございます。

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