幕間その二

新しい家族





 人生には幾つかの節目が存在する。

 進学に就職、そして結婚。

 俺が真桜と結婚して3年が経った年。

 俺たちの人生に新たな節目がやってきた。


 真桜が予定よりも少し早く産気づいたと連絡を受けた俺は職場から直接真桜が運ばれた病院へ向かった。

 その病院は俺も何度か真桜の付き添いで来たことがあり、地元では中規模の大きさを誇っている。

 真桜曰く、ここら辺のお母さん方は大概この病院の産婦人科にお世話になっているらしい。

 真桜は早くもママ友のコミュニティを形成しつつある様だ。


 病院に到着した俺はさっさと受付を済ませ、分娩室へ向かった。

 俺の職場も病院だが、専門が変わると雰囲気も少し違うように感じる。

 特に産婦人科は男の俺は立ち入ってはならないような聖域のようだ。

 実際、男の俺では真桜の代わりは務まらない。お産の大変さや、苦痛を肩代わりする事は出来ない。

 それでも、少しでも傍にいたいと思うのは当然の心情だろう。


 受付で案内された廊下を歩いていると見知った顔が備え付けの長椅子に腰掛けているのが視界に飛び込んできた。


「赤井さんッ!」

「お、黒若。やっと来たか! もうそろそろ生まれるぞ」

「そうか、良かった。ギリギリ間に合ったみたいだな・・・」

「それと、今は牧原だからな。ま、間違えるなよな!」


 赤井さん改め、牧原さんは少し恥ずかしそうに眉を顰めている。

 彼女の左の薬指には控えめにキラリっと光る指輪が激しくその存在を主張している。

 赤井紅羽と牧原円斗は先月籍を入れて、正式に夫婦になった。

 付き合い始めたと聞いた時も驚いたが、結婚すると聞いた時は更に驚いた記憶がある。

 二人は何となくお似合いだとは真桜とも話していたが、まさか、結婚までいくとは思わなかった。

 しかし、めでたい事であるので、精一杯お祝いはした。

 と言っても二人はまだ結婚式を挙げてはいない。

 元々先に籍を入れて、ゆっくり結婚式の段取りを決めるつもりだったみたいだが、真桜の妊娠が分かってからは、更に予定を先延ばしにしている。

 妊婦で参加するのも大変だし、子供が生まれて間もない内は参加するのも大変だろうという事で延期してくれている。

 円斗には俺たちの事は気にせず式を挙げろッ、と言っているが、円斗は俺と真桜が参加しない結婚式など意味がないと言って聞かない。

 そこに関しては赤井さんも同意見で全く聞く耳を持ってくれない。

 そこまで言ってもらえて嬉しい反面、その所為で他の人たちの予定もずらさなければならないのは申し訳ない気分になる。

 まぁ、本人たちが主張している事なので、割り切って感謝している。


 それにしても今更な話だが、苗字呼びがしっくりこなくなってきたな。

 今更、赤井さんを牧原さんって呼ぶのも違和感があるしな。


「なぁ、黒若。苗字で呼び合うの止めにしないか? オレもま、牧原になった訳だし、真桜も黒若だし、呼びにくくないか?」


 彼女も俺と同じように感じていたみたいだ。


「そうだな、俺もちょうど同じような事を考えていた所だ。じゃ、これからは紅羽で」

「じゃ、英雄だな。これからもよろしくッ!」


 人の呼び方を変えるタイミングって変な感じるするよな。

 これをスムーズに出来る人が羨ましい。


「って、オレたちの呼び方なんて今はどうでもいいッ!早く中に入らなくていいのか?」

「そうだった!でも、途中から入っていいものなのか?」

「そんなのオ、オレも知らないぞ? 一応中には真桜のお母さんとお前のお母さんが居てるけど・・・」


 俺も紅羽も慣れない状況にどうすればいいのか分からない。

 紅羽の話ではもうすぐ生まれるって事なので中は緊迫した状況だろうから安易に入れないけど、今すぐ真桜の手を握り、励ましたい気持ちもあり、俺は右往左往していた。


「オレは知り合いだけど、身内じゃないから中に入るのは違う気がするけど、英雄は身内で当事者なんだから入ってもいいだろう!」


 狼狽えている俺を見兼ねて、紅羽が背中を押してくれた。

 俺は意を決して、ドアノブに手を掛けて深呼吸した。

 すると、中からかすかな産声が聞こえてきた。

 それを聞いた俺は堪らず、勢いよく扉を開けてしまい、医師や看護師含め、みんなを驚かせてしまった。

 そのことについて看護師に軽い注意を受けた俺は少し意気消沈しながら、一番大変だったであろう真桜の傍に寄った。


「お疲れ様、真桜。ありがとう」

「はあ、はあ、ヒデ君・・・」


 真桜はお産直後とあって、呼吸が乱れ、うまく言葉が出ないみたいだ。

 俺は真桜の手を軽く握り、無理しないように伝えた。


「黒若さん。元気な男の子ですよ」


 真っ白のタオルを抱えた看護師が俺たちの傍に近づいてきた。

 そのタオルの中には小さな赤ちゃんがいた。

 不揃いな髪の毛にシワシワの顔、閉じられたまぶた。

 まったく可愛い要素がないその顔が愛しく思えるのは不思議な感覚だ。


「ほら、お父さんッ!」


 白衣の看護師に促されて、フワフワのタオルに包まれた我が子を抱いた。

 真桜が通っていたマタニティスクールに時々一緒に参加して、赤ちゃんへの接し方を学んでいたのでスムーズに抱っこする事が出来た。


「ほら、真桜。俺たちの子だぞ」

「―――うんッ」


 真桜はうっすらと涙を浮かべ、我が子へとそっと手をやった。

 彼女が頬に触れると赤ちゃんは安堵の表情を浮かべたような気がした。

 

 そんな二人の微笑ましい雰囲気から幸せを感じていると、視界の端に紅羽が写った。

 自分一人だけ部外者だと感じているのか、部屋に入っていいものか悩んでいるように扉の影からこちらを窺っている。


「おい! 紅羽! 遠慮せずに入ってこいよ!」

「ああ、ごめん、紅羽。すっかり忘れてたわ」

「いいよ、気にするな。真桜はそんな余裕なかっただろうしな」


 紅羽が少し遠慮がちに俺たちの傍まで寄ってきた。

 紅羽がチラッと俺の母さんと真桜の母親を見やったが、二人は抱き合いながら、初孫よッ!初孫よッ!、と呟き合っているのでほうっておこう。


「な、なぁ! もう名前は決めてるんだろ? 真桜のやつ全然教えてくれなかったからな」

「あぁ、決まってるよ。ギリギリまで悩んだけどな」

「うん、この子の名前は『英次』。男の子だったらヒデ君の1字を入れたかったから」

「英次か・・・ いい名前じゃないか! この子も英雄みたいに立派で格好良いやつになるんだろうな」


 そんな面と向かって褒められると恥ずかしいけど、この子には、英次には英次の生きる道を行ってほしい。

 人様から立派だど褒められなくてもいい。ただ、自分の信じた事を貫いてほしい。

 親である俺たちはずっとそれを見守っていく。




ε

更新が滞っており、申し訳ないです。

少しずつですが、更新していきます。

 

 

 

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