#2 大学にて①





 季節が進み、一日の日照時間の短さを感じる。

 木曜日の最終の講義を終え教室を出た私は、秋の肌寒さをその身に感じ、早く帰ろうと足早に歩いていると中庭の辺りで後ろから声を掛けられた。


「おーい、真桜ちゃん!」

「あっ、柚希」


 その人物は宮田柚希みやたゆずき

 明るめの茶髪のショートボブが良く似合うちょっと童顔の女の子。

 トップスはいつもTシャツや無地のシャツを着ている印象。今日は何かのキャラクターが描かれたTシャツの上に無地の水色のシャツを着こなしている。

 ボトムスは結構攻めたホットパンツを履いているのを頻繁に見かけ、今も黒のデニム地のものを履いている。

 この時期にしてはかなり薄着な気がする・・・


 彼女は私の数少ない別学部の友人。

 サークルや同好会に所属していない私は他の学部の人達とあまり交流の機会がない。

 同じ文学部には仲の良い友達が数人いるが、別学部だと柚希ぐらいしか話す相手はいない。

 そこまで交友関係を広げたいと思っていないので、現状で私は満足しているけど。


 大学に入学したての頃は頻繁にサークルやら同好会に誘われて、かなり辟易とした。

 テニス同好会やスノボーサークルとかの類が多かった気がする。

 テニスはまだ分かるけど、スノーボードのオフシーズンは何をするのだろうと思った。

 一応説明を聞いてみた限りでは、みんなで計画を立て週末に近場に旅行に行ったり、バーベキューを行ったりするそう。

 週末にそんな事をする暇があるなら、私はヒデ君と何処かお出かけをしたい。

 ヒデ君は大学ではフットサル部に所属しているみたいだけど、たまの平日に軽く行う程度らしく、アルバイトがない土日は私の予定に合わせてくれる事が多い。

 それに、そういったサークルには嫌な噂もあった。

 なので、私は頑なにそれらの誘いを断った。

 何度断ってもしつこく誘ってくる人達もいて、早い段階で私は女友達を作って、独自のコミュニティを作った。


 しつこく誘ってくる人のその多くが、チャラチャラした見た目をしていた。

 枝毛が酷い金髪ロングヘアー。

 肌は日焼けサロンに頻繁に通っているのか夏でもないのに小麦色。

 当然のように耳にピアスもしている。

 こういう見た目が好きな人もいるので全否定はしないが、私は好きではない。

 それに、ヒデ君という彼氏がいるのに貞操観念が低そうな人達がいるサークルに入ろうなんて気にならなかった。

 私は初めから危機感を持って、怪しいサークルには入らなかったが、当然、同じ一年生でそれらに所属した女の子達もいる。

 でも、噂程度だけど、男女間の痴情のもつれで色々トラブルがあったと聞こえてくる。

 それを聞いて私は所属しなくて本当に良かったと思った。

 因みに柚希はスノボーサークルに所属している。サークル名は覚えていない。


「明日の飲みの事忘れないでね」

「うん、分かってる。柚木の知り合いの女の子が一人来るだけなんだよね?」

「そう。わたしと同じ学部の子。真桜ちゃんは他学部とあまり交流がないみたいだからいい機会だと思ってね」

「駅前のBASEって居酒屋さんだよね?」

「そそ、そこに7時に来てくれたらいいから。宮田で予約しているからね」

「分かった」

「じゃ、よろしくっ!」


 柚希はそのまま経済学部と経営学部の校舎へ向かった。

 彼女はどっちの学部だったかしら?


 柚希と別れた私は正門を抜け、駅に向かおうとした時、見知った車が止まっているのが視界に飛び込んできた。

 黄色い車体に、小さめの車幅。

 屋根はオープンタイプで夏に走れば爽快だろうが、今の季節はちょっと遠慮したい。

 おおよそ女の子が乗らないであろうそのスポーツタイプのオープンカーに乗っているのは私の親友の凛々子。

 相変わらずのロングの黒髪を後ろで束ねて、ポニーテールを作っている。

 身長は高校生の頃からあまり変わらず、私よりちょっと小さい・・・いや、大分小さい。

 ドアにもたれ掛かっている凛々子の服装はできるキャリアウーマンって感じ。

 タイトな黒のパンツに、白のインナーの上にセミフォーマルな黒のジャケットを羽織っている。

 大き目のサングラスまでしている・・・

 シンプルでオシャレ。

 低身長な凛々子だけど、その身長にもかかわらず胴に比べて足が長いので意外に様になっている。

 しかし、私から見たら凛々子のこの恰好と車の趣味とかはわざとやっているにしか思えない。

 傍目から見たら低身長の女の子が派手なオープンカーに乗って、女社長みたいな恰好していたら、ちょっと滑稽な感じがする。

 凛々子はそれを敢えて体現して、周囲の反応を楽しんでいる。

 相変わらずちょっと変わっている所がある・・・


「やぁ!真桜。待ってたよ」

「どうしたの凛々子?大学までわざわざ来て。周りの学生の注目の的になっているよ?」

「う~ん、見たければ勝手に見ればいいんじゃない?私は気にしてないし」

「はぁ~、ほんとう、相変わらずね・・・」


 私は軽く溜息をついた。

 周りの学生が凛々子に注目している。

 当然よね、黄色の派手なスポーツカーに同年代ぐらいの女の子が乗っていたら気にならない方が珍しい。


「それで何か用があって来たんじゃないの?」

「そうそう、この前話してたものを届けにきたんだよ」

「あぁ、あれね」

「うん、うちの会社の新製品!と言ってもまだ試作品の段階だから世に出せるものではないけどね。ただ、安全面とか性能面は十分だから、使用したら感想聞かせてね。説明書も一緒に入れてるからそれを見て使ってね」


 私は凛々子から紙袋を受け取った。


「わざわざありがとうね。忙しいんじゃないの?」

「まぁね。でも、楽しいからいいのだ!」


 そう言って、凛々子はニヤッと笑いながらVサインを作った。

 私は紙袋と凛々子を見やりながら、質問した。


「これってそんなに凄いの?」

「うん、性能は文句なしに凄いよ」

「聞いている限りだけだと、私にはちょっと信じられないなぁ・・・」

「まぁそうだよね。でもね、最先端科学って言うのは一般人が思っているよりもずっと先を進んでるんだよ。大学や研究所が膨大なお金と時間と人を使っているからね。ただ、それが実用化するまでに途方もない時間が掛かるってだけ。真桜達の手元に届くのは早くても十数年先かもね」

「へぇ~、そんなもんなんだ」

「そんなもんよ、まぁ、百聞は一見に如かずだよ。実際使ってみて」

「分かった。ありがとう」


 視線を紙袋から凛々子へ戻した。


「それでこの後どうするの?凛々子。折角だし、ご飯でも食べに行く?」

「ごめん、この後用事があるの。ダーリンとデートなの♡」

「・・・ダーリンとデートって職場の上司と徹夜で作業じゃないの?」

「あっ、バレてた?」

「社会人は大変ね」

「学生の身分が恋しいよ・・・」


 そう言いながら凛々子は大袈裟に項垂れた。


「これから職場に戻らないといけないけど、駅までは送っていけるから乗って!」

「ありがとう」


 少しの羞恥を感じながら、凛々子のオープンカーに乗り込んだ。

 私がシートベルトをすると、凛々子はオープンカーの屋根を閉めずに走り出す。

 彼女の運転によって、強制的により一層季節の移り変わりを感じる。


「なんでこんな肌寒い日に屋根をオープンにしているのよ!」

「いいじゃん、いいじゃん。人生は短いんだよ。命短し恋せよ乙女って言うでしょ?」

「また季節が巡って、夏になれば好きなだけ開放できるじゃない・・・」

「私は今この時を生きているのだ」


 凛々子の謎理論に呆れながら、私は会話を続ける。


「真桜。英雄君とはうまくやってる?相変わらずって感じ?」

「そうね、特に変わった事はないわよ。ヒデ君はいつも優しいし、格好いいよ」

「うわぁー、相変わらず惚気てる・・・」

「凛々子が聞いてきたんじゃない!でも、仲が良い事は良い事でしょ?」

「まぁ、そうだけど。私はちょっと心配なんだよ。真桜は自分に厳しすぎるから」

「自分に甘いよりはいいでしょ?」

「そうかもしれないけど、限度があるって話。真桜のは少し暴走していると言うか、独りよがりな部分があるように感じるよ」

「・・・・・・・・・・」

「いつか真桜が言っていた『幸せというのは相手から一方的に与えられて享受するだけでは足りない。自分も相手に与え、それを守っていく努力が必要』。立派な考えだと思った。けど、逆も然りだよ。英雄君にも真桜を守る機会を与えてあげて」

「ヒ、ヒデ君はいつだって私を守ってくれてた!それこそ幼い頃からずっと・・・」

「私は二人とは小学校は別だったけど、二人の事は分かっているつもり。どれだけ優秀なヒーローがいたとしても、助ける相手が分からなければ、宝の持ち腐れなの。後悔は先に立たないとも言ったでしょ? まぁ、一足先に社会人になったお姉さんからのお節介だと思っておいてよ」

「・・・うん」


 会話が途切れ少しの沈黙の後、車は私の大学の最寄り駅に着いた。

 ロータリーに降りた私は、走り去る凛々子の車を見詰めた。


 先ほどの凛々子の言葉の本意は分からなかった。けど、何か心に刺さる思いがした。

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