第8話 美しい女【サンズ視点】


 艶やかな黒髪、パッチリした目。

 化粧をしていないのに、綺麗な顔。

 大きな胸と、適度に高い身長。


 ボクたちの目的はアルガたちの足止めだったッスけど、今はそんなことはどうだって構わないッス。

 この女を見ていると、そんなことはどうだって良くなってくるッス。


「シセルさん、戦う前に教えてほしいことがあるッス」


「うん、何かな?」


「今……何歳ッスか?」


「えっと、18歳だけど?」


 その瞬間、ボクの中の何かがキレたッス。


「……18?」


「え、うん。え、なんで怒っているの?」


「強さと美貌、ソレに加えて……若さまでもあるんスか?」


「え、な、なんの話? なんか怖いよ?」


「……許せないッス」


 シセル・ル・セルシエル、彼女が人類最強だってことは知っているッス。

 彼女を相手にケンカを売ることなんて、無謀だってことくらいは存じているッス。

 

 だけど……ボクにはどうしても、彼女を許すことができないッス。

 ボクよりも美しい容姿、ボクよりも大きな胸。ボクよりも強く、ボクよりも……若い。

 彼女はボクの、いえ……全ての女の敵ッス。

 

「シセルさん、ボクは……あなたを許せないッス」


「えぇ……私、何かした?」


「あなたの存在そのものが、目障りなんスよ!! 消えてほしいんスよ!!」


「それは……難しいね」


 そう笑う表情も、とても美しくて……ボクの感情を逆撫でするッス。


「頼むッス、死んでほしいんスよ」


「無理だね、だって私はキミを倒すんだから」


「なら……ここで殺してやるッス!!」


 ボクは拳を握り、駆けたッス。

 無茶で無謀と笑われようと、これは──ボクの意地ッス!!



 ◆



 結論から言うと、ボクは敗北したッス。

 そう、完全敗北ッス。

 

 ボクが殴りかかろうとした時、シセルさんは何かをしたッス。

 そして気がつくと、ボクは……胴体が真っ二つになっていたッス。

 

 ゴトッと落ちて、ボクは気づいたッス。

 下半身が少し遠くで、転がっていることに。


「……ボクは負けたンスね」


「あなたは強かったよ。ただ少し、邪念が拭えていなかったかな」


「邪念……シセルさんを相手にするんスから、拭う必要なんてないッスよ」


「そっか。なら……あなたの拳は弱く、ひどく醜いね」


「醜い……。うん、その通りッスね」


 そうッス、ボクは醜いッス。

 そんなこと最初から、わかっていたッス。

 若くて美しい女に嫉妬して、対抗しようと必死に足掻く姿が無様なことくらい……知っていたッス。


 だけど──止められなかったんスよ。

 そうしないと老いていくばかりで、若い子からは置いていかれるんスから。


 必死にメイクをして、口調を変えて……若い子の真似をしたッス。

 そうして若いふりをしていくうちに、いつしか本当に自分が若いと錯覚するようになったッス。

 本当の自分を、見失っていったんスよ。


「じゃあね」


 シセルさんの剣が、顔に近づいてくるッス。

 あぁ、ボクは死ぬんスね。


 来世があるなら、もっと正直に生きたいッス。老いた自分も愛せるような、そんな自分になりたいッス。

 ……ラトネを見殺しにしたボクに、来世があるとは思えないッスけど。


 そんなことを考えていると、剣は──

 ──ボクの首を落としたッス。

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