めいしゅが!

ゆたにたゆた

第1話 Made of Sugar

木々がざわめく音がする。若草の濡れた香りがして、涼しい風が頬を撫でていった。

まぶたの向こう側から、太陽が照らしているのがわかる。

とても穏やかな時が流れていた。どうしてこんな場所に横たわっているのかなんて、どうでもよくなるほどに。


ざくざくと、草原を踏みしめる音がする。それはやがて止まり、誰かが息を呑む音がすぐそばで聞こえた。


「だ、大丈夫!?」


耳障りのいい声とともに、身体を左右に揺すられる。

無視しがたいそれを咎めるように、ゆっくりと目を開けた。


「あっ!起きた!ねえ、大丈夫?」


木漏れ日がちらつく視界に、少女の赤色の髪が何よりも鮮やかに見えた。


「あなた、もしかして……新しいシュガールちゃん!?」


「生誕の輝きは、まだ無くなってなかったんだ!」


琥珀色の瞳をきらめかせて、少女が私の上体を引っ張り起こした。


「私はポム・アップルパイ!ようこそ、メイドオブシュガーの世界へ!来てくれてありがとう、新しいシュガールちゃん!」


少女は肩にかかるくらいの髪を揺らして、太陽のように微笑んだ。




「シュガールちゃんなのに、どこのお菓子のお家かわからないの?」


ポムと名乗る少女に連れられて、私たちは森の中を進んでいた。木々の間を爽やかな風が通り過ぎ、私たちの髪をなでつけていく。


「うーん、でも普通、新しいシュガールちゃんが森の中で眠ってるなんてありえないことだから……あのね、この世界は今、ちょっと不安定になってるの。だから、そういうこともあるのかもね」


前をまっすぐ見つめながら、歩みを止めずにポムが言う。彼女は中世のドレスのように裾の広がったスカートをまとい、草むらを搔きわける足にはベージュ色のブーツを履いていた。

どうしてこんな場所で眠っていたのか、わからないほどに森は深く、自分の知らない場所に来てしまったことだけははっきりと分かる。


「あのね、生誕の輝きが無くなっちゃったこの世界で、新しいシュガールちゃんが生まれることは奇跡なの!だからまずは、お姫様たちに報告しに行こうね」


ポムの見た目だけでなく、話している内容すら聞きなれないものばかりで正直理解できない。しかし、何もわからないこの土地で、唯一助けてくれる親切な存在であることは確かだった。


「あ!やっと見えてきたよ!あれが私たちのお家」


しばらく歩いたのち、ようやく彼女が指をさす。その先に見えるのは、洋風なつくりをした大きな一軒家だった。


「お姫様たちが定例会してる斎庭に行く前に、いったん家に寄っていい?パイを焼いてたところなの!新しいシュガールちゃんもお腹空いてるでしょ?」


くるりと振り返り、ポムが笑顔でそう問いかける。それに対して何か返事をする前に、彼女は家の方へと駆け出してしまった。呆然としていると、遠くから私を呼ぶ、ポムの明るい声が聞こえてくる。若草を踏みしめて、甘い香りの漂う場所へと進むことにした。




開け放たれた扉をくぐれば、広々としたリビングルームが待っていた。大きなソファが3つもあり、テーブルを囲むようにして置いてある。左奥には温室を思わせるようなガラスの天井と植物に囲まれたスペースがあり、右奥には豪邸にあるような長机にずらりと椅子が並べられていた。奥に階段があり、吹き抜けになったその先に、二階があるのが分かる。家の中は甘いバターの香りが満ちており、広々としたキッチンにはポムが立っていた。しかし、こんなに豪華な家に反して、彼女以外の気配はどこにもない。


「じゃじゃーん!ちょうどパイが焼けたよ!こっちにおいで!」


薄暗く思える家の中で、無理矢理に明るいポムの声が響いた。彼女のミトンをはめた手には、大きくてまんまるなパイが湯気を上げて乗っている。


「新しいシュガールちゃんに、デコレーションさせてあげる!どんな味のパイが食べたい?」


そう言って彼女が示す先には、桃やブルーベリー、バナナやレモンの他にカボチャまで、ずらりと材料が並べられていた。


その中から、私はひとつの果物に目を奪われた。ポムの髪色と同じ、真っ赤な色をしたさくらんぼを手に取る。


その瞬間だった。


果実の皮に触れたその指先から、ぱちぱちと弾けるように光だす。驚いて手を引っ込めるよりも先に、どんどん膨らむ輝きはあっという間に私の視界を飲み込んだ。目の眩むようなそれは柱ほどの大きさにまで到達すると、徐々に勢いを弱めていく。

やがてそれは宝石のかけらのような、小さなきらめきをこぼしながら少女のかたちを残した。


いつの間にかポムが作ったパイや手に取ったさくらんぼはどこにもない。そこにはただ、光の中から生まれた、見知らぬ少女だけが立っていた。


彼女の猫のような瞳は残光で琥珀色に輝いている。顔を縁取る長い赤色の髪はふたつに結われており、さくらんぼを模した飾りがつけられていた。


少女は驚いた様子であたりを見渡し、そうしてポムを見つけた途端、表情に花を咲かせた。


「お姉ちゃん!」


明るい声があがって、少女の長い髪が飛び上がるように揺れる。それが落ちるよりも先に、ポムは駆け出して少女を抱きしめた。


「リズ!会いたかった!ずっと……!」


ぎゅうぎゅうと抱きしめ合う彼女たちの声に湿り気が混じって聞こえる。この広くて薄暗い家に、春の陽気を感じた気がした。




落ち着いた彼女たちが私に向き直る。


「あなたが起こしてくれたんだよね!どうもありがとう!あたしはスリーズ・チェリーパイ、リズでいいわ!」


リズと名乗った少女は、はつらつとそう言って綺麗に笑いかける。


「妹を助けてくれてありがとう!悪魔に襲われてからずっと会えないでいたの。でもどうして、シュガールちゃんが生誕の輝きを……?ううん、なんにせよ、はやくお姫様たちのところに行かなくちゃ!」


ポムは首を傾げて見せたものの、すぐにリズと私の手を取って張り切った様子で歩き出す。


彼女たちに連れられるまま、家を出て森を歩く。

まるで森の中にポツンと建っているように思えたその大きな一軒家は、案外街の近くにあるのだとわかった。


歩いてすぐに視界がひらけ、草原が石畳に変わる。その先にあるのは、西洋を思わせるような街並みだった。

カラフルな壁を持つ家には小さな窓がたくさんついており、そのどれもが大きな家ばかり。石畳の道は中央に置かれた噴水をぐるりと囲み、細い通路へと枝を伸ばすように分かれていく。いたるところに色とりどりの花が飾られ、明るい雰囲気をもたらすその場所には、誰ひとりとして通行人がいなかった。


「ここはパイ地区の街だよ!観光は後でゆっくりしようね!観光って言っても、みんな悪魔に襲われちゃったから、お店は開いてないんだけど」


ポムが乾いたような声色で言った。


「もう!まずはお姫様たちのところに行くんでしょ!定例会はあそこにある斎庭でやるの」


励ますようにリズが声をあげた。彼女の指が示す場所を視線でたどる。

抜け殻のような街の奥に、丘が見えた。その上にある建物は、ここから見えるほどに大きいものだと理解できる。


明るい姉妹とともに、そこを目指して歩き続けた。




丘の上で待ち受けていたものは、近くで見るとまさに圧巻だった。西洋の城のような巨大なゴシック調の建物には、尖った三角錐の屋根が目立ち、細部に豪華な装飾が施されている。


まばゆいほど白く輝く豪奢な建物に対して、ポムとリズは当然のように近づいていく。慌てて追いかければ、彼女たちは大きな扉を押し開け、中へと入っていった。


後に続くと、さらにきらびやかなエントランスがあらわれる。正面に鎮座した大きな階段には赤い絨毯が引かれ、壁や手すりにも精密な細工が見て取れた。冷たい床に足音がよく響く。


迷子になってしまいそうなほど広いこの城で、迷いなく歩き続ける姉妹についていく。少し歩けば、ひとつの部屋へとたどり着いた。そこはちょうど城の中心部にある場所なのだと理解する。扉を開ければ、なによりもきらめくシャンデリアや、目に飛び込んでくる真っ赤な絨毯、広々とした豪華なダイニングテーブルに、背もたれの高い椅子が並べられていた。そして他のどんな装飾よりも美しい少女たちがそこにはいた。誰もが上品なドレスを身にまとい、背筋を伸ばして座っている。部屋に突然入ってきた私たちを、宝石のような瞳たちがいっせいに見つめていた。


「定例会中にごめんなさい!でも、今すぐ知らせなくちゃって!新しいシュガールちゃんが誕生したんです!それでこの子、生誕の輝きを持っているみたいで、リズを戻してくれたんです!」


ポムは怖気づいた様子のひとかけらもなく声を張ると、私の背中を押して前へと押し出した。気高い関心を直接浴びることになって、私は思わず視線を泳がせる。


「不安定なこの神の庭において、今や唯一になった、生誕の輝きを持つもの。あなたがパティシエール様ね」


上座に座っていた少女が立ち上がりそう言った。


「儀式は成功したんだわ」


ゆるくウェーブのかかった白いツインテールを揺らしながら、彼女はとても嬉しそうにあなたへと歩み寄ってくる。



その時だった。



上品に歩く彼女を、壁際に立っていた少女が飛びかかって押し倒す。

その途端、大きな音を立てて壁が崩壊し、たちまち少女たちは悲鳴をあげた。


パニックに陥る少女たちを、ポムやリズも助け合って瓦礫から逃れようとする。しかし四方の壁は次々に破壊され、その向こう側から黒い影のような、しかし闇よりも深い色をした化け物が大勢飛び込んできた。それらは煙のように輪郭がぼやけている。しかしよく見れば獣のようであったり、人の形をしていたり、または得体の知れない姿をしているものがいるのを理解できた。


「どうしてここに魔物が!」


悲鳴のように誰かが叫んだ。それに構わず、黒い影は次々に少女たちに飛びかかる。彼女たちも負けじと魔法のような光で応戦するが、明らかに敵の数の方が多いことが見てとれた。


混乱を極めた状況の中、ゆったりと足音を立てながら誰かが近づいてきていた。それがどんな存在なのか分からずとも、まるで空気に押しつぶされそうなほどの重圧を感じる。


崩落による土煙の向こうから、それは現れた。


はっきりとした人型を保ち、作り物のような美しい顔をした少年には、その額を割るようにして黒々としたツノが2本生えていた。少年は楽しそうに瓦礫を超えて近づいてくる。


「魔王……ルシファー……」


隣にいたポムが絶望のどん底に落ちた声色でそう言った。魔物を避けて私の手を引いていたリズも、ぴたりと動きを止めて恐怖に凍りついていた。


「パティシエール様を守って!」


どこからかそんな叫びが響く。その声で目を覚ましたポムは、勇敢に魔王へと武器を向けた。それを聞いた美しい少年が、私を視界に捉える。すると、その心奪われそうな顔を醜悪に歪めて笑った。


「パティシエール?あはは!君が?」


魔王と呼ばれた少年は、まるで新しいおもちゃを見つけた無邪気な子供のような声色で言った。彼はつま先を私のいる方向に向けたまま、ゆっくりと歩み続けてくる。

そんな彼の視界を遮るように、私の目の前に何かが飛び込んできた。


「助けてあげるね!」


戦場に似つかわしくない、天真爛漫な声が響いたかと思うと、目の前に顔のそっくりな2人の幼い少女がおどり出る。


「わたしはペルル・マドレーヌ。こっちは双子のミーガン。よろしくねえ、パティシエールちゃん!」


ひとつに結ったオレンジ色の髪を揺らしながら、ペルルと名乗った少女は満面の笑みを向ける。そして大胆にも魔王に背を向けて、スカートの裾をつまみお辞儀をしてみせた。その隣で、ミーガンと紹介された少女も無表情ながら丁寧に腰を落とす。


「もう!挨拶なんか後にしてよ!」


双子の様子に調子を取り戻したのか、怒ったような顔をしながらも、リズも果敢に武器を構えた。


咎められたペルルは楽しそうに、ミーガンは感情を出さないまま魔王に向き直る。するとたちまち閃光のように走り出した彼女たちによって戦いが始まった。




まるで踊るように動き回るペルルと、その隙を狙うように魔法を繰り出すミーガン。その可愛らしい見た目とは打って変わって手慣れた戦い方は、確かに魔王の体力を削っていたのだと思う。


それでも、魔王と呼ばれた少年はその歪んだ笑みを崩すことはない。それに加えて彼の繰り出す攻撃は、明らかに彼女たちにとって大ダメージであるのがわかった。


魔王が双子に容赦なく風圧をぶつける。吹き飛ばされた双子は向かい側の壁に勢いよくぶつかり、土煙が上がった。


煙の向こう側で、ミーガンに支えられながら立ち上がるペルルの姿が見える。彼女の白い肌には、ところどころに真っ赤な血で線が描かれていた。


側にいるポムとリズにも生傷が絶えず、肩で息をしている。私をかばうようにして構える武器も、握るだけで精一杯なのか小刻みに震えていた。


魔王と私の間に遮るものがなくなって、その視線がこちらを向く。


「ねえ、君はそこで立ち尽くしているだけ?何もしないのかい?」


純粋な子供のような声のまま、彼が問いかける。傷どころか汚れひとつない私には、彼から目をそらさないでいることが限界だった。黙ったままの私に、魔王はさらに畳みかける。


「君は救世主なんだよ。生誕の輝きを悪魔に吸い尽くされて、ついに身体まで蝕まれてしまった彼女たちの、唯一の救いなんだ。神が愛した箱庭としてのこのお菓子の世界で、今や君が神と同等の存在なんだよ。なのに、何もしてあげないのかい?」


そう言って少年が口元に笑みを浮かべるたび、私は自らの唇を噛む。血の匂いが立ち込めるこの場所で、私ができることはそれだけだった。


背後から双子の影が再び飛び上がってくる。私はそれで魔王の視線から逃れることができた。


彼女たちはぼろぼろの姿で、果敢に魔王へと向かっていく。しかし彼が片手であしらえば、その小さな身体は強大な力に弾き返されてしまった。そのまま地面に叩きつけられても、まだ武器を支えにして立ち上がろうとしている。


私はそれを、ただ見ていることしかできなかった。


その時、ぼろぼろな背中が突然振り返り、ペルルがこちらを向く。


「うしろ!避けて!パティシエールちゃん!」


そんな叫び声と同時に、背後から大きな気配、生暖かい息と獣の唸り声が感じられた。とっさに振り返ろうとした瞬間、獣の形をした黒い影は煙のように消し飛んだ。

背後から、声変わり前の高い少年の声がする。


「その子は食べちゃダメだ。餌となる希望をもたらす絶望を、唯一生み出せる存在なんだから」


振り返れば、魔王は歪んだ顔で笑っていた。この状況を心底楽しんでいるように見える。


「さて、挨拶もこれくらいにしようか」


彼がそうつぶやいた瞬間、立てなくなりそうなほどの大きな重圧がのしかかる。魔王の周りを風が囲み、彼を中心に何か大きな力が集まり始めているのを理解できた。


「ポム!逃げなさい!」


ぼろぼろになったドレスを掴み上げながら、誰かが駆け寄ってくる。ポムは弾かれたように振り返るが、駆け寄ってきた少女は立ちふさがった魔物に邪魔をされて進めないようだった。


「で、でも、このままじゃ……みんな死んじゃうよ……」


親とはぐれた幼子のような声でポムが言う。それが聞こえたのか聞こえていないのか、駆け寄ってきた少女は気丈に声を張り上げた。


「パティシエール様を連れて、はやく!彼女だけが生誕の輝きを使えるんだから!」


なりふり構わない少女の様子に、最初に動いたのはリズだった。


「ペルル!ミーガン!気張りなさいよ!」


前線の双子を励ますようにそう言って、リズが私の手を引く。


「まっかせてよ〜!」


口元の血を拭って、ペルルは楽しげな声を出す。それでも彼女の視線は魔王からそらされることはなく、一瞬だけ見えたその瞳はギラついていた。


「お姉ちゃんも、早く!」


リズは今にも泣きそうなポムの手を引いて、急いで部屋から駆け出していく。

魔王はその様子をただ見ているばかりで、邪魔はしてこなかった。


「せいぜい頑張ってね、神様」


幼気な少年のように呟いた魔王を背後に、私たちは斎庭を抜け出した。




やがて、大きな爆発音が空気を揺らし、丘の上には何もない更地だけが残ることとなる。




命からがら逃げ出した私たちは、ぼろぼろな姉妹とともに彼女たちの家へと戻ってきていた。汚れた服のままキッチンに立つポムを、慌てて私も手伝う。


シンプルなクッキーと紅茶を用意して、私たちはテーブルを囲んでいた。


とても落ち込んだ様子のポムは言葉少なく、黙々とクッキーを口に運んでいる。リズは家に帰ってきてすぐに二階へと行ってしまって戻らない。


重苦しい空気に耐えかねて、ちびちびと紅茶を飲んでいれば、大きな足音を立ててリズが降りてきた。


「そろそろ怪我治った?これ、新しいお洋服だよ、お姉ちゃん」


リズは抱えた洋服をポムに手渡す。ふとその様子を見ていれば、ポムにあったはずの生々しい傷が、今や跡形もなく消えているのがわかった。


「ありがとう、リズ」


うつむいたまま笑うポムの様子を気にもとめず、リズも席について黙々とクッキーを食べ始める。


「あ!パティシエールちゃんは怪我とかしてないでしょうね!?あたしたちはお茶会をすれば治るけど、パティシエールちゃんは……シュガールじゃないから治らないんだよね?きっと」


リズがクッキーを食べる手を止めて、首を傾げながら言う。


「うん、そうだね。パティシエールちゃんは、シュガールとは違うから。だから、何も気にしなくていいんだよ。パティシエールがいてくれることが、それだけで、どれだけ私たちの救いになるか……」


潤んだ瞳で、ポムが顔を上げる。


「あのね、パティシエールちゃん。この世界は、私たちシュガールが暮らすメイドオブシュガーの世界は、悪魔のせいでめちゃくちゃに壊れちゃったの。私たちが生まれるための魔法、生誕の輝きも奪われて、たくさんのシュガールも食べられた」


「だからね、唯一生誕の輝きを使えて、しかも食べられちゃったシュガールをもとに戻せるパティシエールちゃんはね、本当に私たちにとって、神様みたいに大切な存在なんだ。パティシエールちゃんがこの世界にきてくれただけで、今の私たちには何よりも嬉しいの」


「パティシエールちゃんはシュガールとは違う。きっと、この世界とは何にも関係ない場所から来たんだよね。わかってる、パティシエールちゃんには、私たちを助ける必要がないことなんて、わかってるんだけど」


「それでもね、お願いしたいの。どうか、壊れちゃったこの世界を救うために、もう一度作り直すために、私たちと一緒に、頑張ってくれないかな」


「取り戻したいの、本当のメイドオブシュガーの世界を。悪魔に負けない、本当の私たちを」


今日出会ったばかりの少女ポムは、今までで一番真剣な顔を私に向けていた。


彼女の行った通り、この世界となんら関係のない私は、この世界を救う必要性もなければ、勝手に呼び出された被害者ですらある。


それでも、ポムの言葉に私は大きく頷いた。


見ず知らずの私を助けて、案内してくれて、そして命がけで守ってくれた。何もできない私でも、彼女たちの力になれる、そんな可能性を信じてくれるのなら。


この世界を救う必要性はない。だけどたった今、この世界を救う理由ができた。


私も、彼女たちを守れるような、そんな存在になりたい。


「ありがとう!」


ポムは泣きながら、だけどとても嬉しそうに笑って、私を抱きしめた。


柔らかい感触も、あたたかいぬくもりも、私となんら変わらない。


小さなその身体を抱きしめ返して、私も少しだけ泣いて、そして笑った。

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