みんな壊してくれる

志村麦穂

1 ソフビの角

 90年代を子供真っ盛りとして過ごしたぼくは、平成特撮怪獣の魅力を余すところなく浴びて育った。CGが加わったことで迫力を増した怪獣たちの大激闘は胸を熱くさせた。ゴジラにガメラと90年代を彩った怪獣映画は言うまでもなく、テレビシリーズでウルトラマンシリーズが放映された。録画されたビデオが擦り切れるまで、なんども観たものだ。

 『ゴジラvsデストロイア』はゴジラのメルトダウンの映像が素晴らしく、デストロイアの口が伸びるところが気持ち悪くて最高だった。『ガメラ 大怪獣空中決戦』にてギャオスが肉を食らうシーンは化け物らしさが色濃くて素敵だ。平成ウルトラシリーズは市街地戦闘が多くて絵が映える。

 平成ゴジラは頭部が小さくなり、八頭身イケメンのような姿でカッコイイ怪獣という印象だった。平成ガメラに至っては正義の味方として描かれ、恐怖をまき散らす悪者というより、子供たちの憧れの対象になっていたように思う。

 当時から怪獣ものは好きだったが、すべてが完璧というわけでもない。映画は怪獣同士の戦いがメインで、人間は傍観者。映画のなかでも外でも観戦しているだけに過ぎないことが不満だった。怪獣たちにとって、人間ひとりはあまりにもちっぽけ過ぎて、平成という時代の大怪獣たちが相手にするには矮小過ぎた。

 ぼくが熱中したのは怪獣のもたらす破壊だ。燃えさかるコンビナート、倒壊するビル。特撮にはなくてはならない重要な演出といえば、この破壊に尽きる。壊されるためにあるジオラマセットがまさに証明だ。特に好きなのは大怪獣空中決戦でへし折れる東京タワーだ。この時最初にへし折ったのは地対空ミサイルだったと記憶しているが、ギャオスの巣となってしまうことにも興奮した。東京のシンボルが折れただけでなく、産卵にまで使われる。イリスが破壊する京都駅もいいが、あれは中の場面しか映らないし、破壊も部分的なのでいまひとつ。

 ぼくは人間社会を軽々と踏みつぶす怪獣の、足跡の象徴に震えたのだ。

 ウルトラシリーズで好きなところは市街地線の目線に臨場感があることだ。ゴジラやガメラだと怪獣自体のサイズ感が大きすぎるために、全体を入れると引きの構図になりやすく、クローズアップすると街が映らないという欠点がある。その点、ウルトラシリーズは、戦闘の舞台が市街地のど真ん中になることも多い。ウルトラマンも怪獣も、幹線道という通路で戦ってくれ、より街中の戦闘を楽しめる。映像のスケールが一回り小さいおかげか、ビルの破壊方法も多種多様で、ティガではビルの破壊だけにクローズアップした絵というものが記憶に鮮やかだ。

 街の破壊が好き。そんなことを同級生に言っても、誰も共感してくれなかった。父親なんかは味のある趣味だな、と表面的に受け入れても本質的に解ってはくれなかった。ぼく自身も、子供の時は派手な演出が好きなのだとばかり思っていた。怪獣の力強さ、その姿にあこがれを抱いていたんだとにわかに勘違いをしていた。

 当時は、怪獣のいる特撮だけがぼくの世界だった。

 小学校を卒業し、中学高校へと進学する。みんなが怪獣を卒業していくなかで、ぼくはノートの端に怪獣と壊される建物を書き続けていた。さすがのぼくもいよいよ気付く。破壊への憧れは単なる趣味に留まらない、執着と呼ぶものだと知る。

 はじめは名もなき高層マンションやオフィスビルだったものが、身近な建物――自分の通う学校や郊外の大型ショッピングモール、そのうち世界の有名な高層ビルへと変わっていった。ノートは縦横に走る鉄筋コンクリートとその瓦礫で埋め尽くされた。

 中学三年の夏。はじめて自作のジオラマセットを組み上げた。自作といっても段ボールに牛乳パックを切り刻んで、四角く接着して並べただけの粗末なもの。それでも町並みの一角を再現して、町中を通る国道に目線を合わせた時の達成感は色褪せない。

 スーパーで買い込んだ花火の火薬を使い、ジオラマセットに仕込んで導火線を伸ばす。この時は発火装置だのを作る技術はなかったから、何もかもがあり合わせだ。

 セットを廃校のグラウンドに運び込み、入念にセットし夜を待つ。いつも田舎であることがネックで、碌に高層ビルの資料がないことを不満に思っていたが、このときばかりは感謝した。山際の廃校は周りに民家がなく、花火で騒ぐくらいなんともない。

 ぼくは怪獣になったつもりで、一畳にも満たない町に降り立つ。膝下までしかないビル群を見下ろし、点火と同時に進撃を開始する。無慈悲に、なんの感慨もなく、砂山を踏みつぶす傍若無人さで、牛乳パックを上から押し潰す。

 ぐしゃり。一瞬の抵抗ののち、縦に圧縮されるパック。同時に、火薬に火が届く。

 光が弾け、密閉されていたビルのいくつかが爆ぜた。

 もうぼくは夢中だった。踏みつぶし、叩きつけ、幻の尻尾でなぎ倒す。

 得も言われぬ快感が土踏まずから突き抜けていく。何度も、何度も。街を壊す。牛乳パックの人間社会は靴の下でぺしゃんこになり、瓦礫となった。耳には悲鳴代わりにロケット花火の細長い飛翔が聞こえる。千切った段ボールからは鉄筋の代わりに、焦げた導火線が覗く。やがてジオラマセットは花火の火で出火する。火薬の発破がグラウンドに響いて、セットは灰になっていく。

 すねを火にあぶられながら、ぼくは破壊の味をじっくりと噛み締めていた。

 怪獣って、こんな気持ちだったんだ。

 ぼくのなかで怪獣を待ち望む気持ちは、この日に始まったのだ。

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