第6話 すれ違い

 

 日差しも暖かく差し込む季節になり、まいは地元の大学に進学、春人も高校3年になる。



 休みの日はお互いの家で過ごす事が多くなっていた。


 

 

 「来月県外でライブが決まったから見に来て欲しい!」

 春人が嬉しそうにまいに言った。


 「そうだね、まだ一回も行ってないから行きたい!」


 「絶対楽しいから!」


 「泊まりだよね?」


 「もちろんだよ!」

 

 「プチ旅行だね!楽しみ!」

 まいはワクワクしていた。


 


 当日ホテルに向かい、春人は準備の為先に出る。


 まいは時間になり会場に向かう。

 

 

 (人結構いるんだーなんか感動)


 まいが感動してると春人の名前が聞こえてくる。



 「ボーカルの春人ちょーかっこよくない?」

 「ほんと!彼女とかいるのかな?」

 「今絶対忙しいはずだからそんな暇ないでしょ!」

 ファンらしき女の子達が騒いでいる。

 


 (ファンの子まで、すごい!春人!)



 ステージの上に立つ春人は普段とは別人で生き生きしていて、キラキラしていた。



 無事ライブが終わり、出口で待っていると春人からメッセージが来る。


 《片付けあるから先にホテル帰ってて》


 《わかった!今日はお疲れ様!》


 (せっかくだし、少しブラブラしよう)


 外も暗くなり、街も賑わっている。


 ショーウィンドウを眺めるまいに人影が近づく。


 「やっぱり」

 まいに向かって誰かが言った。


 声の方を振り向くと、そこには健が立っていた。


 「えっなんでいるの?」

 ビックリするまい。


 「なんでってこの街に住んでるから」


 「そうなんだ、この辺なんだ」



 「ちょっと時間ある?」


 「少しなら」


 まいと健はカフェに入る。


 「元気してた?」

 健は雰囲気が柔らかくなっていた。


 「うん」


 「ずいぶん綺麗になったね」


 「ありがとう」

 (こーゆうキャラだったっけ?)


 「今日は何しに来たの?」


 「彼氏のライブがあって、見に来てた」


 「彼氏って、あのバイトの?」


 「そう、今付き合ってる」


 「好きなんだ」


 「うん」



 少し沈黙が続き、健が口を開く。


 「実はさ、去年おばさんの病気の話親父に聞いた日、地元帰ったんだ」


 「そうだったの?」


 「正直言うと、まいの事が心配で飛んで帰った、でも公園で二人を見かけたんだ」


 「うん」


 「その時思ったよ、俺が近くにいたら側に居てあげれたのにって、二人を見た時はショックだったよ、まいには俺は必要ないんだって思った」


 (なんだこの胸の締めつけられる感じ)


 「まいは俺と結婚するんだって漠然と思ってたからな」


 「もしかして小さい頃の約束?」


 「バカみたいだろ、そんな子供の頃の事信じてるなんて」


 「でもそれは私が一方的に言ってたし」


 「高校入ってもまいは彼氏作らなかったから、俺も余裕こいてたんだと思う、本当にあいつの事好きか?」



 「‥‥‥‥」

 まいは言葉が出なかった。


 「俺、離れて気付いたけど、やっぱりまいが側に居ないとダメだわ、何やっててもお前の事考えてるし、正直今日見かけた時運命だとさえ思った」


 まいは黙ったまま。



 「俺の初恋だから」



 「えっ?」



 「大学卒業したら地元で就職するつもりだ、そうしたら一緒に暮らさないか?」


 「ちょっと待って、私、今付き合ってるって言ったよね」


 「俺待ってるから」


 「どうゆう事?」


 「まいが俺のところに来てくれるの待ってるから」


 「困るよ、そんなこと言われても」


 「すぐじゃなくていいから、今こうして喋ってるだけでも抱きしめたくて仕方ないけど、我慢してる」


 (ドキッ)

 

 温泉での事を思い出す。


 「あの日からうちらは変わったんだよ」

 まいはずっと思っていた事を話し始める。



 「あの日って温泉行った時?」

 健は罰が悪そうに言った。


 「うん」


 「キスした事は謝るよ、自分の気持ちばっかり先走ってた」

 

 「そうじゃない」


 「じゃあ‥‥」

 健は困った顔でまいを見る。



「本当は県外行ってほしくなかったの、でも私バカだから強がってた、自分の気持ちに気付いてたのに、キスだってほんとは嬉しかった」


 「それって」

 健は息を呑む。


 「なんでこんなに苦しめるの‥‥」

 

 「ごめん」


 「せっかく、せっかく健がどっか行って私の心も落ち着いてたのに」

 まいは辛そうに言った。


 「もう悩むことないじゃん」


 「私の初恋も健だったんだよ、でも関係が壊れるのが嫌で自分の気持ちを隠す癖がついてた」


 「なんだよそれ」


 「子供の頃の約束は忘れて」


 「どうしてだよ」


 「今は春人がいるから」


 「今からでも遅くないって」


 「春人を傷つけたくないから」


 「同情じゃん」


 「えっ」

 

 「それって同情だよな」


 「もう帰っていいかな」


 「………」


 「じゃあ」

 まいは席を立ち店を出る。


 ホテルに戻ると、春人はすでに帰っていた。


 「ごめん、ぶらぶらしてたら遅くなっちゃった!ってあれ?もう寝ちゃった?」


 春人はベットに横になって目を瞑っている。


 春人の横に腰掛け、顔をじっと見る。


 「見過ぎだよ」

 春人が目を開ける。


 「なんだ起きてたの」


 「何してたの?遅かったね」


 「色々見てたら遅くなっちゃった、あっ今日すごくかっこよかったよ!」

 まいは精一杯普通に振る舞った。



 「ありがとう」


 

 「汗かいちゃった、シャワーいってくるね」


 立ち上がろうとするまいを春人が抱きしめる。


 「どこにも行かないでよ」

 か弱い声で言う春人。


 「えっ、どうしたの?シャワー行ってくるだけだよ」


 「うん、ごめん行ってきていいよ」


 シャワー中。


 (春人の顔見ると罪悪感に押しつぶされそう、健とはもう会わないようにしないと)



 「お腹空いたからご飯食べに行く?」

 

 髪を拭きながらまいが聞く。

 

 「ルームサービスでいいよ」


 「じゃあそうしよっか」


 食事中はなぜか気まずい雰囲気が流れる。


 「疲れちゃったよね、おやすみ」

 まいは言った。


 それぞれ別のベットに入る。


 「まいちゃんさ、俺の事好き?」

 背中を向けたまま春人が言う。

  

 まいは春人の方を向きながら答える。

 「好きだよ」


 「こっち来てくれる?」

 春人がまいを呼ぶ。


 まいは春人のベットに腰掛ける。

 

 「どうした?」

 まいは春人の頭をポンポンする。


 春人がまいの手を掴み言った。

 「キスしたい」


 「‥‥」

 困るまい。


 「まだ無理そうかぁ」

 

 まいは春人とキス出来ないでいた。


 (そんな顔しないでよ‥‥)

 

 罪悪感も手伝って、まいは決心し、春人の上に覆い被さるように乗った。


 

 「まいちゃん?」

 春人は驚いた顔で見る。


 まいが春人の唇にそっとキスする。


 2人は今まで出来ないでいた時間を取り戻すかのように何度もキスをした。


 「んっ」

 まいは健の事を忘れるようにひたすら春人の事を想った。

 

 「まいちゃん‥‥」

 春人がまいをぎゅっと抱き寄せる。


 「ありがとう」

 まいの頭を撫でる春人。


 「今日は一緒に寝よう」

 まいはそう言うと春人の布団に入る。


 「無理しなくていいよ!」

 春人にはまいが無理しているように見えた。


 布団の中で春人に抱きつくまい。

 「たまには甘えてもいいよね」

 春人を見ながらまいは言った。



 「当たり前じゃん」

 甘えてくるまいが堪らなく愛おしい春人はさらに強く抱きしめた。



 でも春人には分かっていた、まいが他の誰かを必死に消そうとしている事を。



 2人は抱き合ったまま朝を迎える。



 「おはよう」

 目を擦りながらまいは起きる。


 春人はすでに起きて準備をしていた。

 「今日デートしよっか」



 「うん!すぐ用意するね!」

 まいは顔を洗い、鏡で笑顔の練習をする。


 (うまく笑えるよね、いつも通り)


 

 2人は用意を済ませ街に出掛ける。


 食べ歩きをしながらデートを楽しんだ。


 健に会わない事を願いながら。



 日も暮れた頃。


 「そろそろ帰ろっか」


 「楽しかったねー!」

 まいは笑顔で答える。


 「それはよかった!まいちゃんの笑顔が見れて俺は幸せだー!」


 「急にどうしたの?」

 まいは笑った。


 「その笑顔が俺の幸せなの」

 春人は微笑みながら言った。


 「うん」


 2人は珍しく手を繋ぎながら歩いた。




 地元に帰り、まいを家まで送る。



 「じゃあね」

 春人は名残惜しそうに言う。



 「うん、ありがと!気をつけて帰ってね!」


 マンションの前で別れる。


 「ただいまー」


 「おかえり、どうだった?」


 「うん、よかったよ」


 「じゃあなんでそんな浮かない顔してるの?」


 「疲れちゃったのかな、シャワーして今日は早めに休むね!」


 「そう、わかった」


 まいは考えないように勉強に没頭する。



 気づけばあっという間に夏になっていた。


 まいは春人に電話する。


 プルルルルル


 (忙しいよね)


 ライブを見に行った後から春人は忙しくなったようで電話に出ない事が増えた。


 まいは時々夜風にあたりに公園にくる。

 (風が気持ちいいな)

 ブランコに乗るまい。


 夜風に当たっていると足音が近づいてくる。


 「まい」


 そこにはコンビニ袋を持った健が立っていた。


 「帰ってたんだ」

 まいは視線をそらす。


 「就職活動でしばらくこっちに居るから」


 「そっか」


 「横いい?」

 まいの返事を聞かずに座る健。


 「私、春人と別れる気ないから」


 「急がなくていいって」


 「どれだけ待っても答えは同じだよ」


 「私帰る」

 そう言ってまいは立ち去った。


 健は黙ってまいの背中を見つめる。



 プルルルルル。


 (なんで電話出てくれないの)


 春人はまだ出ない。



 マンションにつきエレベーターに乗ろうとしたその時、健が息を切らし乗ってきた。


 「ごめんまい、もう何も言わないから避けないでほしい」


 「‥‥」


 「こっちにいる間だけでも前みたいに過ごしたい」


 「わかった」

 まいは渋々答えた。



 「明日の夜予定ある?」


 「明日はないけど」


 「飯でも行かない?」


 「ご飯ぐらいなら」


 家につく。


 「じゃあ明日、おやすみまい」


 「うん」



 バタンッ


 まいは玄関先に座る。



 その時まいのスマホが鳴った。

 春人からだ。


 「忙しかったの?」

 まいが不満そうに聞く。


 「ちょっと色々あってさ」


 「最近会えてないね」


 「ごめんバンドが忙しくて」


 「それはいい事なんだけどね」


 「あっごめんまた電話する!」


 そう言って春人は電話を切る。


 (なんだ寂しいじゃん)


 

 翌日大学から帰宅し、くつろいでると


 ピンポーン。


 健が迎えに来た。


 まいは軽く用意をして出る。


 「行こっか」

 健に言われついて行くまい。



 2人は近所の店に入り、自然と以前のように接する事が出来ていた。


 「今日ありがと」


 「ううん、ご馳走さま」

 まいの機嫌は直っていた。



 2人は公園でよく遊んでいた頃の話をしていると健が言った。


 「ちょっと遊ばない?」


 「いいね、食べ過ぎちゃったし少し動きたいね」


 2人は平均台を両端から渡りジャンケンで負けたらスタートに戻る遊びをした。


 「先に向こう側に渡れた方が勝ちで、負けたらアイス奢りね!」

 まいは無邪気に言った。


 「ジャンケンポン!」


 「あー!」


 「ジャンケンポン!」

 

 「やった!」


 2人は子供の頃に戻ったように遊んでいた。


 「ジャンケンポン!」


 「健ジャンケン弱いなー!」

 まいがそう言って笑った瞬間。


 グキッドスンッ!


 まいが体制を崩した拍子に足を捻ってこけてしまったのだ。


 「大丈夫か?」


 「こんな低いところから落ちるなんて恥ずかしい」

 まいは足を痛そうにしている。


 「立てそう?」


 「肩かして」


 まいは健の肩をかりて立ち上がるも、片足でしか立てない状況だ。


 「一旦座ろう」


 「いてて、捻挫しちゃったかな」


 「その足じゃ歩けないな」


 「お母さん呼ぶから大丈夫」


 「近いんだからそんな事で呼ぶの悪いよ、俺が肩かすから歩いて帰ろ」


 「そうだね、わかった」


 まいは立ち上がるも

 「いてて、いてて」


 それを見た健がしゃがんで言った。

 「家まですぐだから乗って」


 「いや、私重いしいいよ!」


 「重いのは知ってるから今更どうも思わない」


 「あぁそうですか」

 まいはほっぺを膨らませるも素直に健の背中に乗った。

 

 「こんなに背中大きかったっけ」

 まいは呟いた。


 健がまいをおぶって帰ろうとしたその時。



 「なにしてるの、まいちゃん」


 「‥‥春人」


 「なんでおんぶされてんの」


 「遊んでたら足捻っちゃって、その‥‥」


 「一回降ろすぞ」

 健はまいをベンチに座らせた。


 春人は健に向かって言った。

 「帰ってもらっていいですか」


 健は黙って帰って行く。


 「まいちゃん説明して」


 まいはどこまで話せばいいのか頭をかかえていた。


 「さっきのが幼馴染なの、県外に行ってたんだけど久しぶりに帰ってきたからご飯行ってて、その帰りに遊んでたら、これで」


 「俺、たまたま時間出来たから会いに来ようと思って、電話もしたんだよ」


 「あっカバンに入れてて気づかなかった」


 「すごく馴れ馴れしいね、おんぶまでしなくていいのに」

 春人は珍しく怒っている。


 「小さい時からしてもらってたからその感覚でしちゃったんだと思う」

 健を庇うまい。


 「せっかく会えたけどやっぱ今日は帰る」


 「待って!」

 まいが呼び止めるも春人は行ってしまった。


 「私はどうやって帰れってゆうのよ」

 仕方がなく母に連絡するも繋がらずしばらく待っていると健が戻ってきた。


 「やっぱ無理」

 健はそう言ってまいの事を抱きしめた。


 「健?」


 「俺、嫉妬でおかしくなりそう」


 「とにかく離れて」

 鼓動が速くなるのを感じる。

 

 「無理、もう離さない」

 そう言って健はまいにキスをした。


 「嘘つき」

 言葉とは裏腹に受け入れてしまう。


 「もう何も言わない、何も言わないから側にいてほしい」


 「んっ」

 健のキスは少し強引だけど優しい。


 「まいを俺のものにするから」

 そう言ってまいをかかえて家まで連れて帰る。


 まいをベットに座らせて言った。

 「嫌ならすぐやめるから」

 

 健がまいの肩に手をかけた瞬間。


 「待って」

 まいは完全に流されるところだった。

 「帰って」


 まいの悲しそうな顔を見て健はハッとした。

 「ごめん、俺まいの事になると歯止めが効かなくなる」

 そう言って健は帰って行った。


 まいは春人にメッセージを送る。


 《今日はごめん、会いたい》


 しかし、返事は来なかった。

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