ヘビと毒とお母さん

Meg

第1話

 古代遺跡こだいいせきで教授が謎の失踪

 二〇××年〇月〇日、△△県北部○○市で古代遺跡が発掘された。遺跡いせきの下からは多数のミイラが発見されたが年代等ねんだいなど詳細しょうさいは不明。ミイラの周囲は大量の大蛇の死骸しがい毒物どくぶつが検出され、発掘者の誠明院せいめいいん大学だいがく考古学研究科こうこがくけんきゅうか安西教授あんざいきょうじゅらが解析かいせきを進めていたが、教授きょうじゅは謎の失踪しっそうをとげ、現在研究は中断中。

 

 中学生の中島梓なかじまあずさは、自室の机の上で、コンビニで印刷したネット記事の切り抜きをノートにはった。そして食い入るようにノートを見つめ、泣きさけびたいのを必死で我慢しながらパラパラとページをめくる。

「私が何とかしなきゃ。絶対なにか関係してるはず。わかればお母さんも元に」

 どのページにも切り抜きがびっしりはられ、ミイラ、へび解析かいせき検出けんしゅつ、それに母親殺害ははおやさつがい少年犯罪しょうねんはんざい教育指導きょういくしどう徹底てってい犯罪防止措置はんざいぼうしそちの言葉がおどる。

あずさばんご飯の時間」

 いきなり背後はいごのドアの方から声がしたので、梓はバンッとノートを叩きつけるように閉じた。

 ドアの隙間から、あずさの母がのぞいていた。母の体には、梓の片足ほどの太さの、深緑色ふかみどりいろ大蛇だいじゃが、金目を光らせ巻きついていた。

「どうしたの?あずさは平均七時二十八分三十秒にリビングに来て晩ご飯を食べるに、今日はもう十二分十三秒も過ぎてる」

「うん、今行こうと思ってたんだ」

 梓は平静をよそおう。

 リビングのテーブルには梓、母、弟の三人が座る。母に巻き付いた蛇は、とがった牙からポタリポタリと薄黄色うすきいろの液を料理の入った皿に垂らす。母も紫色の顔色をした弟もまるで気にしていない。二人には見えていないようだ。

 梓は気持ち悪さを懸命に押し殺し食べるふりをする。

「梓、どうしたの?食事量の記録を確認したけど、この一週間は一か月前より百グラム食べる量が減ったわ。それに背中も丸めて。お腹痛いの?生理の日はまだなのに」

 母が心配そうに梓をのぞきこむと、蛇も縦に長い瞳孔を目をあずさに向けた。

「え、あ、う......」

 答えに迷う。肯定すれば母は病院だの薬だのと騒ぎ、梓への監視かんしを蛇と一緒に強くするに違いない。かと言って否定すれば、栄養バランスを考えたんだからちゃんと食べなさいだのとしつこく説教し、あのおぞましい蛇の毒の入った食事を食べさせようとするだろう。

「もしかしてさっきのノートのせい?あれ何なの?お母さんにも見せて」

「ち、違うよ。あれはただの交換日記だから。 友達との」

「日記?ラインじゃないの?」

「うん。いいじゃん、別に」

 ラインだといつも後でお母さんにこっそり見られるからできないよ。

「友達は誰なの?学校の子?同じクラスの?」

亜紀あきちゃんだよ。いつも話してる」

 話してるっていうか、報告させられてるって感じだけど。

「そうなんだ」

 母は安心した様子だった。蛇が母の頭の上に顔を乗せる。

 弟がはしを置いた。

「ごちそうさま」

「あ、けんちゃん。食後十分十五秒以内に歯磨きね。九時三分八秒までにお風呂、十時ゼロ分ゼロ秒までには就寝、パジャマはこの前買ったシルク百パーセントのを着ること」

「はい」

 虚ろな目の弟はリビングを出る。弟の皿にあった食べ物は綺麗になくなっていた。

「梓、リンゴなら食べられるかな」

「う、うん」

「そっか。さてと、けんちゃんの歯磨きが終わる前にお風呂沸かしてお皿洗って、梓にリンゴすらなきゃ。まったく二人ともお母さんがいないと何にもできないんだから」

 母がやれやれと立ち上がると、蛇が梓の皿に牙の液を垂らした。梓はゾッとした。

 後ろを向き、皿をシンクに置く母に気づかれないよう、そっとリビングを後にした。

 梓は部屋に戻るなりドアに寄りかかった。

 全身から冷や汗が噴き出る。

 母はシングルマザーだったが、今まで家族三人、何の不満もなくのほほんと暮らしてきた。だがある日突然、梓や友人の亜紀だけに見える蛇が母を含めた大人たちに巻きついた。

 それ以来大人たちは何かにつけて梓たちを監視、管理しようとし、あんな風に食べ物や梓が身につけるもの、見るもの、読むもの、触るものまで毒を垂らすようになった。自分とはちがい蛇に気づかずに毒を取りこんできた弟は、顔色が異様な紫色に変わり、すっかり母の言いなりの操り人形になっている。

 梓はよろよろとノートや教科書が何冊も乗せられた机に向かった。そこで初めて、目印に机の上に置いていた鉛筆が動いていることに気づいた。急に冷風にでも当てられたかのように寒気がした。

「梓」

 すぐ後ろで母の声がした。

 振り返るといつの間にか母が、小山のように盛られたすりリンゴの皿を持って立っていた。

 巻きつく蛇が牙から毒をリンゴに垂らす。

「リンゴ。どうぞ」

 穏やかに笑う母は、コトリと皿を梓の机に置いた。梓は動揺を見せないよう平静を装う。

 ここであやしまれたらノートを取りあげられちゃう。なんとかしなきゃ。

「ありがと。早いね」

「梓のためだもの。それより梓たちの交換日記、見たわ」

 梓は半分開いたドアに目をやった。隙間から梓のノートを持った弟が、紫の唇に歯ブラシをくわえ、虚ろな目でこちらを見ていた。

 梓の額に脂汗が浮いた。弟は梓が思っていたよりも母の手先として十分に機能していた。

「ふーん、そうなんだ。恥ずかしいな」

「そんなことないわ。中校生の女の子なら普 通のことよ。でもまさか」

 梓は生唾なまつばをのむ。

「梓が田中さんの所の英一えいいちくんが好きだっただなんて。お母さん全然わからなかった」

 ほほほと口に手を当て母は笑った。心なしか蛇もニヤニヤしているように見えた。

「今日食欲がなかったのも胸がいっぱいだったからなのね。そういうことなら仕方ないわ。でもリンゴは食べるのよ。それじゃおやすみ」

 母は梓に手を振ると部屋から出て行った。

 梓は全身の力が抜けた。机に突っ伏し、服の下に隠していたノートを取り出した。

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