カオス戦国 ZERO ~越後の龍と甲斐の虎・ときどきたぬき~

白瀬

第1話 異世界歴・天正八年 春 ー甲斐ー

 むかしむかし。

 日本によく似た異世界にも『戦国時代』と呼ばれる時期がありました。

 これは今から450年ほど前。ひとの世に、神やあやかしが共に存在している異世界”日ノ本”で、神龍を従えた『越後の龍・上森剣神』や、炎虎を従えた『甲斐の虎・武隈信厳』ら戦国武将がしのぎを 削っていた、群雄割拠の世のお話です。



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■■■ 異世界歴・天正八年 春 ー甲斐ー ■■■


「おやかたさまは、あつくないの?」


 父の袴に縋り付いた小さな子供が、得意げに踏ん反り返った男を恐々と見上げた。子供の前では、炎を纏った白虎が唸り声をあげて蹲っている。力づくで従えたばかりの霊獣は、未だ男に懐いているとは言い難い。

 猛っている虎の首っ玉に抱き付き、「おやかたさま」と呼ばれた武隈信厳は、慌てて父の陰に隠れた子供に笑いかけた。


「ワシは熱くはないが、お前は近づいちゃダメだぞぉ信倖。こんがりまる焼けになるからなっ」


 ウケようとしたのかマウントをとりたかったのか。さらに調子に乗った信厳が虎にぐりぐりと頬擦りをすると、激高した炎虎が信厳の頭に噛みついて、ワニの如くデスロールをかましてきた。


「ぎにゃあああ!!」

「おやかたさまぁ! うわあああん!!」


 子供の絶叫があたりに響き渡り、家臣たちが一斉に、水を張った桶を当主に向けてぶちまけた。



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「……うん。調子に乗り過ぎたな。信倖、トラウマにならなければ良いんじゃがなー」

「トラウマになったに決まってるでしょ。あんたはいっつも調子に乗りまくった挙句に失敗するんですから、もう少し落ち着いて」

「こわーい。怪我人なんだから、もっと優しくしてッ」


 頭に巻いた包帯をぎゅうぎゅうに締め付けられ、信厳は悲鳴を上げた。

 止血しなければならないにしてもキツすぎる。


「や、やめて……頭部の血行が悪いとパゲっちゃうわ……」

「あんたがパゲってきたのは、性欲が強すぎるせいじゃないですか? エロオヤジはハゲるって聞きますよ」

「いやああ! 容赦なさすぎィ!!」


 ごろごろと転げまわる主君を無視し、手当し終わった奥近習の高崎は、包帯や薬を仕舞いながら、赤子を抱いた年若い同僚に向き直った。


「信倖はどうした? 泣き止んだか」


 いつもより多く転げております、内心でツッコんでいた男は、はっと我に返る。

 主君の『霊獣御披露目』に、嫡男の信倖とまだ赤子の次男・雪村を連れてきていた真木昌倖は、恐縮して頭を垂れた。

 今は馬鹿々々しい事をしているが、あれは主君の晴れ舞台だったのだ。


「今は克頼様と遊んでいます。申し訳ありませんでした、御館様。真木の嫡男だというのに、あの程度で情けない」

「信倖を叱るなよ、昌倖。首が真後ろに回って白目を剥いた御館様を見て、泣かない方がおかしい」


 いいからいいから、とはしゃぎかけた信厳を、高崎がすぱんと遮断する。


 ボケる信厳、ツッコむ高崎、それを周囲で囃し立てる家臣たち。

 武隈家とその家臣団は、いつもこんな調子だった。

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