第6話







………


「起きてくれよ!頼む!…頼むから、なぁ、御子柴…」

自分より熱い体温が手のひらを包むように重ねられた


「……し」

「ッ!御子柴!!」


「静かにしてってば!?」

「なっ!?俺に向かってなんて事を…」

青い顔をしたイケメンを横目で見やり、また机の上で顔を覆うように腕で隠して俯く


「ねぇー俺もー帰っていい?新作の抹茶豚汁風ドリンク飲みたいだけど」

「うるさい深!!そんな劇物やめとけ!それより御子柴だ!御子柴が死にそうなんだ!」

あわあわと慌てながら隣でイケメンくんが騒ぐ

お口チャックしよう〜ねぇ〜

となんとなく人差し指で唇に触れようとしたら某狩人×2の某少年暗殺者のように教室の端まで飛び退いた

はいはい平凡が触れようとしてすみませんねぇ〜

プレイヤーの音量を上げてさらにBLドラマボイスの世界に浸る


「死にそうって、元気じゃん。いつもどおり腐ったむぐっ」

慌てて口を塞ぐ

あ唇やわらかいなり〜と思ってたら噛まれた

うぅ、番い認定したらどうすんだ!?養わねーぞ!

てか俺はβだろうなへへ

もち芝浜君はオ、メ、ガ

ガのタイミングで脛を蹴られた

いひゃい

声に出してないのになぜわかる

「気配」

「oh汝ニンジャボーイ?」

「ははっウザ」

乾いたお言葉をもらい傷心した



「おい御子柴をいじめるな!虐めていいのは俺だけ、だかんな…」

頬を赤らめていった

何様?αから突然変異でΩになってヒートさせんぞ!薄い本で!


「おっ」

体のでかい芝崎が芝浜の肩を掴んで引っ張ったせいでよろけてしまった

「おっと‥.大丈夫?」

「…あ」

この黒光りした男、あごめんなさい

日に焼けた健康優良男子の幼馴染三日月天が抱き止めるように芝浜君を受け止めた

「……」

「あれ?どっかぶつかった?」

「……」

「んん?」

「やめてやれ」

ため息を吐いて芝崎が芝浜を回収した

借りてきた猫のようだ

借りてきたネコ?卑猥ですね


「てか天どうしたの?授業中じゃんついに不良デビュー?そこからの改心BL?」

「あはは、ほんと拙僧ないよなお前。違うから。このクラスの担任がお前らのせいで胃潰瘍になったから急遽自習になったんだってさ」

「それでなんで隣のクラスのチミが来たん?」

「対お前ら最終兵器だってさ」

「はぁ?何言っちゃってんのぅ?デカいだけのお日様系男子なんて古いんだよ!ブワァ〜〜〜カ!」

幼馴染の前では強気である

これぞ内弁慶!


「あははっ、鶴。校庭三十周な!大丈夫、俺もついてる」

肩を掴まれた

why?

固まっているとズルズルと引っ張られて連れていかれる

足がいちいち何かにぶつかって痛い


「おい、待てよ」

伸ばしていた腕を掴まれた

見上げると不機嫌そうなイケメンこと芝崎君が三日月を睨んでいた

「その手を離せ」

「なんで?俺は頼まれた事をしているんだけど」

「知るかよ。気安く触れんな」

引っ張られる

うひーーん千切れちゃう☆

惨殺現場みたいになっちゃうぞ


「そっちこそなんだよ。鶴は俺の幼馴染だからいいんだ。お前こそ鶴を私物みたいに言うな」

真剣な顔をした三日月が立ちはだかる

あらちょっとかっこいい

この構図、いいね!

撮影したいこのアングル

これが腐トライアングル!君は誰とキスをする?

おぅ?俺混ざってる?お断り!


「上から偉そうに!俺はいいんだよ!てか鶴って呼ぶな!」

胸ぐらを掴む芝崎

黙って静観していたクラスメートがざわついた

ざわ………ざわざわ…


「お前……」

三日月が芝崎を探るように見つめる

キッス!キッス!はよキッス!ごぱっ!?

真上から拳が降りてきた


ガシッ

「な、なんだよ」

背丈のある体育会系の三日月に肩を掴まれ流石の芝崎もすこし動揺した

だが御子柴の手前、かっこいい俺、を崩すことはできなかった

「や、やんのかお前!くんなら来いよ!ビビってんじゃねぇぞ!?…クッ」

完全にビビりながら肩を掴んだ腕を取り払おうとするが固定されたかのように外れない

三日月の握力は片手60キロだった

フライパンも軽く折り畳める

真似しないように

怪我するぞ

あと生産者に謝れ


「お前、確か芝崎だったよな」

「お、おおう」

キッスの流れか!?

グイッと二人の距離が近づく

俺の心拍数も跳ね上がる


「よし。じゃあ一緒に走ろう」

「はぁ!?なんでお前と走らなきゃなんねーんだよ馬鹿か!」

「まさかビビってるのか?負けるのが怖いのか?」

「はぁっ!?誰に言ってんだよノッポが!余裕だし!」

「あはは、なら校庭へGO!」

ニコニコと笑って三人で校庭へと向かった


ちなみに芝浜は言い争っている中気配を殺し逃げて

目的の抹茶豚汁を飲んで吐き出していた





…………


「あっ……く。はぁ…くそっ……キツい…もう、無理」

「………ほら、もうすぐでイケるって、なぁ?頑張ったからあと少しだぞ」

「もう少しって…お前、さっきからそればっか……んん!」




え、エロい!

録音しながら聴くとたまらん!!

バギッ!

ひぃ!?!?

俺の録音用端末が!?バックアップしたけどさ!?

三日月が笑顔で端末を壁に叩きつけたせいで無惨な姿になった


「はぁ………はぁ、うっ、……はぁ」

しかしエロ、じゃなくて頑張るなぁイケメンくん

俺は普通にランニングしながら横を走る

これで十二周目のはずだ

なかなか粘っている

てか大口叩いた割に、体力ないね君

俺?オタクのくせにって?

ふふ、オタク活動に体力は必要不可欠なんだよ?

わかった?


先行して走っている三日月はもちろん平気そうだ

俺たちのペースに合わせてくれている


見ていると三日月と目があった

……なんだよ今は普通にしてたじゃん

三日月はさりげなく俺の横に移動して屈んで耳打ちする

「……こうやって走るの、久しぶりじゃね」

……

「……そうだね」

軽く返す

別になにもない、なんにもない


なのに三日月は笑顔で鼻歌まで歌っていてご機嫌だった

ペシャ

情けない音がした

「あっ、忘れてた」

後ろで無意識にスピードを上げていた俺たちに追いつこうとしていた芝崎は

倒れていた




「ぷはっ………」

「大丈夫?」

「…‥…全然、平気、よゆー」

目が不安定に揺れているがそう言い放つ芝崎

俺たちは日陰で休んでいた

三日月は保健室に冷やすものを貰ってきている

冷たいスポーツドリンクをゴクゴクと男らしく喉仏を鳴らしながら芝崎は飲んでいる

汗で艶めく肌に滴が流れた


「……なんで、走るの苦手なのに来たの?」

「……苦手じゃねー。調子悪いだけだ。本気出したら凄いんだからな」

小物の悪役のようなセリフだ

子供っぽくて笑ってしまう

「…笑うなよ……クソ」

照れてそっぽを向かれた

「ごめんごめん。君って努力家なんだね」

「はぁ?どこがだよ。俺は元からなんでもできるんだよ」

確かに彼は優秀だ

コミュニケーションをとってから

いつものウォッチングの過程でただの観察物から芝崎尊という個として認知してしまい

覚えてしまった

なんだか悔しくて名前は素直に呼べない

リア充こわぃ

冷たい風が火照った身体に当たる

その心地よさを感じながら見上げると透けた金色の髪が揺れている

整った横顔が近くにあった

……

あれ

ん なんでもないなんでもない


「どうした?」

「ポツダム!?」


「はぁ?ポツダム宣言か?突然どうした」

「え、えっと大事だなって思って」

「……確かに日本にとってはな。無条件降伏とか俺ならあり得ねー」

そんな事を言ってドリンクを呷る

口の端から僅かに液が垂れる

肌を流れて服に落ち、シミとなって消えた



「さっきからどうした?」

「え?」


 「……お前も、飲むか?」

グイッと三分の一ほど残ったペットボトルを差し出される

……

俺となんて、間接でも誰も萌えないっしょ

「大丈夫!もうすぐ天が戻ってくるし教室に飲みものあるから」

眉を下げられて飲み物が遠ざかる

なぜ?何か入っていたのか?エロ同人のように?


「あのさ」


「はーいはい」

曇ったメガネを外して拭く

「俺も、つ、つつつ」

「つつつ?」

「鶴って、呼んでもいいか?」

「ダメ」

「なんでだ!?あいつは呼んでただろ!」

勢いで近づく芝崎

メガネを外しているからよく見えない

「だって、別にいいじゃんか」

「よくないから言ってる!」

「はーしつこー」

「えっ!?しつこ?」

顔を青くしているようだ

よく見えないけど

「…まぁー、いいよ」

「いいのかよ」

「じゃあだめ」

「どっちだよ!」

「アハハ!」

つい笑ってしまった

いちいち全力で返してくる芝崎くんに俺は可笑しくなる

「………かわいい」

「え?」

「なんでもねぇ」

ポンと頭に手を置かれる

重いんですけど、受けちゃんにやってもらえます??

そしてフワリとタオルが頭に追加された

物置か

また追加で、服を被せられる

僅かに温かい

これは芝崎君のジャージか



「風で冷える。……着てろ」

「うん…」

確かに寒かったから仕方ないよね

大人しくする

メガネを装着する

見ると芝崎君の頬は赤かった


「寒くない?」

「平気だ。俺は強いからな」

「どんな理屈っすかね」

「うるせー」

ケラケラと笑う

イケメン陽キャリア充俺様なのに

居心地は悪くなかった



「あーあ………しんど」

「なんか言ったか?」

「なんでもなーい。あっ」

「ん?」

「汗くさ」

「なっ!?お前、返せ!」

「嫌でーす」

「こら!返せって!」

わちゃわちゃと玄関前の段差で騒ぐ

こんな青春、俺に似合わないよ







下駄箱の裏で

二つのペットボトルが潰れる音がしたのを

誰も聞いてはいなかった







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