第28話:懐かしきアメとムチ3

メルトの後をついていくと、そこは先程入ったスイーツショップの『シュガー&シュガー』だった。

メルトは店内に入ると奥にある料理教室用のキッチンへと入っていく。

「お店の人に頼んで貸してもらったの」

キッチンにビターとカヌレ、フィナンシェを招くとメルトは言った。

「カヌレ。今から私は貴方のためにスイーツを作るわ」


メルトの台詞に全員が「え、」と驚く。


「……メルト様が?」

「お前、本気かよ」

メルトは頷く。

「私の作ったスイーツが美味しければ、このまま旅を続けさせてちょうだい。それが美味しかった時の条件」

「成る程。旅での成長の証を見せて私に認めてもらう魂胆だということですね」

カヌレはしばらく黙りこみ、最終的には「いいでしょう」と条件をのんだ。

「しかし、不味かった場合は直ちに城へ戻ってもらいますからね」

キッと鋭い目つきでメルトを見つめる。対するメルトも負けていない。

「のぞむところよ」

二人は火花を散らせていた。

「言いきったなメルト……! なかなか男らしいじゃねぇか」

ビターが感心して唸っていると、フィナンシェがそっと耳打ちしてくる。

「大丈夫ですかね? メルト様」

「あ? 何でだ」

「だってメルト様、一回もお菓子なんて作ったことないじゃないですか」

「確かに俺に作らせてばっかりで何も作ったことないもんな……」

ビターたちは心配する親の目線でメルトの調理を見守る。


「これはこうして、と」

メルトは思ったよりもスピーディーに作業を進めていた。

「何も作ってないからって、何も見てこなかったわけじゃないのよ!」

そう言ってメルトが取り出したのはミルク、ストロベリー、メロンの三種のチョコレートとバナナだった。

チョコレートはノワールの町のもの、バナナはフルーツアイランドのものだ。

「チョコとバナナだけだと!?」

「あれだけで一体何ができるのでしょうか……?」

驚くビターとフィナンシェの隣でカヌレがふん、と鼻で笑う。

「これではできあがる菓子も知れてますね」

外野の野次も聞こえないくらいメルトは集中していた。

チョコレートを湯煎で溶かしながら、手際よくバナナをカットする作業に移る。バナナには皮を剥いただけの丸ごとの状態のものもあった。

「ここからが見せ所よ!」

メルトはカットしたバナナから丸ごとバナナを串に刺し、ボウルの中で溶かされたチョコレートをたっぷりとつけた。

「チョコでコーティングしてるのか!」

茶色やピンク、黄緑とカラフルになるバナナに今度はお店で買った材料のアラザン、ナッツ、フレークなどをトッピングしていく。

「まだまだぁ!」

メルトは器用にウサギやサルなど動物のデザインをしたものまで作った。


「名付けて“チョコバナナ”よ!」


メルトは自慢げにピースした。

「おおっ!」

「やるじゃねーかメルト!」

ビターとフィナンシェが興奮気味に叫ぶと、「なになに?」とお店に来ていた客の子供たちが集まってきた。

「ウサギさんだ!」

「すごーい、おいしそう!」

子供たちはメルトの作るチョコバナナに釘付けである。

「ねぇ、ネコさんつくってよ」

「いいな! わたしもわたしもっ」

「いいわよ。作ってみせるわ!」

メルトは子供たちのリクエストに応えていろいろなデザインのチョコバナナを作っていく。

「メルト様……楽しそうだ」

その様子を見ていたカヌレは小さく呟いた。

それをビターは聞き逃さなかった。

(メルト、お前はスイーツ作りで一番大切なことを知っている)

作ることを楽しむっていう気持ちを。


「わーい、ネコさんのチョコバナナだ!」

「お母さんに自慢しよう!」

子供たちは出来上がったチョコバナナを手に入れると、嬉しそうにそれを眺めたあと、ぱたぱたとキッチンを出ていった。

「大好評じゃねーか」

ビターが言うとメルトは「どんなもんだい」とドヤ顔を浮かべた。

そして、その顔は緊張した表情へ戻る。


向かうのは静かに椅子で佇むカヌレのもと。

「さあ、食べてちょうだい」

出来上がったチョコバナナをカヌレに差し出す。

「……」

カヌレは受け取ったチョコバナナをじっと見る。

「ナイフとフォークどころかこのような棒っきれで食べる菓子など……」

「まぁそう言わず食ってみろって」

同じくチョコバナナを手に持つビターに勧められ、仕方ないようにカヌレはチョコバナナを口にした。

そわそわと落ち着かない様子でメルトが彼を見つめている。

カヌレは一口食べると二口、三口と黙々とチョコバナナを食べ、やがて全て食べ終えるとため息を吐いた。

一体どういう意味のため息なのか。ビターとフィナンシェまで緊張してしまう。

ため息を漏らし、しばらく無言だったカヌレの口が開く。

「ご馳走さまでした」

「ど、どうだった……?」

「味は……美味しいです」

「!!」

「おお!」「やったぜ!」

思わず喜びの声をあげてしまう。

「しかし、お店に匹敵するほどのものとは思えない」

「え……」

厳しい声でカヌレが言う。

「当然でしょう。貴方は今日初めて料理をしたのですから」

ギクっ。肩を強張らせるメルト。

今日作るのが初めてなんて彼には言っていないのに。

「な、なんでわかったの?」

「調理の手順が勘まかせに動いている様子が見られました。貴方は昔から器用でしたから、ある程度のことなら出来てしまう。しかし、それでは上達しませんよ。何事も学習と経験が大切なのですから。精進してください」

「そ、それって」

メルトを見つめ、穏やかな笑みを浮かべカヌレは言った。

「拙いものの、子供たちと一緒に自由な発想で楽しんで菓子作りをするメルト様を見て驚きました。きっと、この者たちとの旅で得たものなのですね」

「カヌレ……」

「今度城へ戻られた時は、今日のものより美味しい菓子をまた食べさせてくださいね」

「カヌレ!」

メルトはカヌレに抱きついた。

「ありがとう! 絶対、最高のスイーツを見つけてみせるからっ!」

「はい、約束ですよ」


「うぅ……いい話じゃねぇか」

「ビター様、鼻水垂れてますよ」

隣で号泣するビターにハンカチを差し出すフィナンシェであった。

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