第7話 元気を出して

 新年度が始まり、三年生になった僕は、いつものように祐介と他愛のない話をしながら坂道を下っていた。由香子から別れを切り出され、すっかり元気を失った僕は声にいつもよりも張りがないせいか、祐介は会話の途中で僕の顔を時々心配そうに見つめていた。

 

「純平、どうしたんだ?今日はちょっと元気ねえな」

「別に、何でもねえよ」


その時、孝彦が駆け足で僕たちの目の前に現れた。

ちくしょう、何でこのタイミングで……。


「よう純平、埼玉の子とは上手いこと続いてるのか?」

「う、うるさい!」

「その顔は……ダメだったということかな?」

「あのな!違うって!」

「顔見りゃ分かるって。嘘はつくなよ、正直になれよ」

「うるさいな!振られたんだよ。どうだっていいだろ?」


祐介は、僕の言葉に卒倒し、心配そうに僕の肩に手をかけた。


「お前、だから今日は元気がなかったのか……」

「いいんだよ。俺は……あの子の恋愛対象じゃ無かったんだよ」


こぼれ落ちそうになる涙をこらえながら、僕は力を振り絞って言葉を吐きだした。

力なく肩を落とす僕に入れ替わるかのように、祐介は孝彦に色々と尋ねていた。


「孝彦は知ってたのか?純平がその子と付き合ってたの」

「まあね。俺が教えてあげたんだよ、雑誌の文通コーナーで彼女を見つける方法をね。そしたらさ、純平、文通で結構性格がよさそうな彼女を見つけたみたいで、俺も教えてよかったと思っていたんだけどね」

「孝彦はその方法で彼女を見つけたの?」

「まあな、今も付き合ってるよ。京都の子と」

「京都!?超遠距離恋愛だな。純平はダメだったのに、孝彦はどうして続いてるの?」

「うーん……どうしてなのかな?まあ、お互いに好きなTMネットワークの話で盛り上がるうちに、自然とお互いのことを受け入れて行った気がするね。だから実際に会った時も、お互い変にカッコつけず、言いたい事を言い合ってたよ。初めて会ったのに、初めてじゃないみたいだったな」

「そうか……」

「今度の連休、また会ってくるんだよ。京都に行ってくるんだ」


そう言うと、孝彦は手を軽く振り、二人を置いてけぼりにするかのように足早に走り去っていった。


「京都だってさ。大学もそっちに行くのかな?」

「そうじゃないか?あいつのことなんか、もうどうでもいいよ」

「純平も東京に行ったら、いい子に出会えるよ。純平が目指してる早稲田の学生はモテるって聞くぞ。だからこれからは、合格できるように勉強がんばろうぜっ。な?」

「まあ、な……」


祐介がそっと僕の肩を叩くと、僕は少しだけど、気持ちが前に向いた気がした。


「お互い変にカッコつけず、言いたい事を言い合ってたよ……か。由香子さんが俺に言ってたことと、同じだな」


☆☆☆☆


 数日後、ようやく少しだけ気持ちが前に向いた僕は、由香子への最後の手紙をしたためた。いつもなら次々と文章が思い浮かぶのに、今回は気持ちが塞いでしまって、なかなか鉛筆が進まない。

 でも、たった一つだけ、僕は心に決めていた。これ以上繕っても仕方がない、自分の正直な気持ちを綴ろう……と。

 

 「由香子さんへ こないだは会えて、そしてたくさんお話できて、とてもうれしかったです。だからこそ、突然切り出されたお別れに正直戸惑っていました。たしかに僕は、由香子さんと男女の仲として付き合いたいと、と思っていました。それは今もいつわりのない本当の気持ちです。けれど僕は、そのことで頭がいっぱいになり、自分を見失ってしまいました。そして由香子さんにとっては、僕のそんな気持ちが重荷になってしまっていたのかもしれません。今回の由香子さんの決断は大変残念ですが、僕の存在が由香子さんにとって大事な『勿忘草』になっていたならば、それはそれでうれしいと思っています。僕もあなたのことをずっと忘れません。これからの由香子さんのご活躍を遠くから祈っています。さようなら」


「さようなら」という言葉を綴った時、僕の目からは自然と涙がこぼれ落ちた。

 手紙をやりとりしながらお互いの心が通い合った日々が、まるで走馬灯のように駆け巡った。もうあの日々を取り返すことはできない。けれど、どんなに辛くてもこの場所に留まらず、今は一歩でも前に出るしかない。


 翌日、僕は学校へと通う途中に彼女への最後の手紙をポストに入れた。

 「バイバイ」と小さな声でつぶやきながら。


 通学路沿いに植えられた桜並木からは、風にゆらめいて舞い落ちた桜の花びらが、黒い制服姿の僕の肩にハラハラと降り注いでいた。

「元気出せよ、そのうち何かいいことあるよ」と慰めるかのように。

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