6-3 敵味方

     ◆


 戦闘は歩兵同士のぶつかり合いになった。

 トード伯爵の軍は元から歩兵が多かったが、ミナン連合は押され気味だ。

 この戦闘はそもそも、トード伯爵の軍がミナン連合の領地に踏み込んできたことから始まっている。ミナン連合の初動は機敏で、トード伯爵領から兵士が移動してくるのを察知し、防衛部隊を展開し、最初は小競り合い、次には本格的なぶつかり合いとなった。

 戦闘開始から五日が過ぎている。

 私たち蛮族隊の四十騎も徐々に数を減らし、今では三十である。

 同じミナン連合軍に参加しているフーティ騎馬隊とは何度も顔を合わせた。

 彼女たちの騎馬隊はまるで魔法を使っているようだ。いないような場所に唐突に現れ、いつの間にか消えていて足どりが追えなくなる。そしてまたいきなり、戦場に乱入してくる。

 貫通力が高く、幾度となくトード伯爵領軍の歩兵を切り取り、崩しさえした。

 仮にミナン連合に強力な歩兵の部隊があれば、フーティ騎馬隊が作った空間になだれ込み、敵の歩兵の一部を完璧に包囲殲滅できただろう。

 実際にはミナン連合の歩兵は軟弱と言っていい。連携がどこかぎこちなく、押し合いでこそ五分五分か四分六分でやや劣勢だが、全体の動きは明らかに劣っていた。

 そもそもからしてミナン連合自体が、小領主が寄り集まってできた一つの集団であるから、歩兵の調練に差があるし、そもそも出身地というものに縛られてもいる。

 彼らは故郷を守るために戦っており、しかしそれが戦友を守る、すぐそばで戦う出身地の違う味方を助ける、というところまで続かない。それよりも自分が生き残ること、自分と同郷のものを守ることを優先する。戦列こそ並べていても、よそ者のために命を捨てるなど考えない。

 ミナン連合はすでに一昨日、そして昨日と本陣を後退させていたが、この分ではこの日も日が落ちる前に大きく後退しなければならないはずだ。

 私の騎馬隊は執拗にトード伯爵領軍の騎馬隊に追い回され、フーティ騎馬隊のように自由には行動できない。どうやら敵は、私が敵の指揮官を射殺したことを根に持っているらしい。

 半分はランサの仕事だし、ランサの方にももっと執拗にまとわりついて欲しいものだ。

 騎馬隊は馬を潰さないのが鉄則だ。馬は剣や槍のようにすぐに代わりが用意できず、弓などように補給が簡単なものでもない。

 トード伯爵領の騎馬隊が無茶をしてくれればいいのだが、彼らが無茶をする理由はなかった。そもそも数が違いすぎるのだ。敵が二隊を編成すれば、一隊が一時間、一隊が一時間を受け持つことで、私たちには二時間走ることを強制できる。そして実際は二隊などというものではなく、敵はミナン連合の騎馬隊の五倍ほどを動員している。

 結局、戦場から離れて馬を休ませるため、騎馬隊の大半は戦場にいる時間を極端に制限されてしまう。

 丘を迂回して歩き、小休止とした。馬に塩を少しだけ舐めさせ、自然と首筋を撫でていた。

「どうもこの戦いは負けですね」

 副官がそばに来て、そう耳打ちした。それは私もわかっている。

「さっさと逃げるべきだと思う?」

 私の問いかけに、副官が少し考えるような表情をした。

「前金で受け取った銭で、当分はやっていけます。ここで離脱しても大きな損はないかと思いますが」

「負け戦っていうのは、嫌なものね」

 再び隊を動かす。私がミナン連合軍の陣地の側面へ移動していくからだろう、部下が緊張し始めた。

 さすがに私でも、ここでいきなり寝返って味方の側背をついたりはしない。誰かに依頼されていれば別だが、そんな打診はないし、ここで勝手に味方を討って敵に恩を売るのも馬鹿らしい。

 進むうちに、想像通りの光景に出くわした。

 フーティ騎馬隊が戦場から見えない角度で、やや高い丘の陰にいるのだ。

 しかし私たちの接近は知られていたらしい、彼らは全員がすでに馬に乗っていた。いつでも動ける姿勢だ。

 待っていなさい、と仲間に囁き、私は一人で馬に乗り彼らの前に進み出た。

 どうも予想されていたようで、セラとサリーンが進み出てくる。

 短い距離を挟んで、一対二で向かい合った。

「どうもこの戦は負けのようね」

 そう声をかけると、戦場にいるものらしい抑制された表情で、サリーンが頷いた。セラは勝敗などどうでもいいというように無視した。

「そちらはどうするつもり、クーリーニアさん」

 サリーンの問いかけに「さっさと逃げるわ」と答えると、彼女ははっきりと頷いた。

「私たちはもう少し粘ることにする。あなたたちはあまり名誉に傷がつかないうちに、離れた方がいい」

 やれやれ、この傭兵は私を焚きつけているのか?

 名誉に傷がつかないも何も、十二大手の傭兵会社の一角に所属する者の方が、よほど名誉に傷がつくかどうかを考えた方がいい。私たちはただの蛮族で、雇われ兵士に過ぎないのだ。

 故郷のために戦うのでもなく、名誉のためのために戦うのでもなく、銭のために戦うのだ。

 銭の損得が全てだ。

「それじゃあ、また会う時があったら、味方同士だといいわね」

 私がそういうと「本当に」と短い返事しかなかった。サリーンより先にセラが馬首を返し、仲間の方へ戻っていく。返事をしてくれたサリーンはさっと挨拶の手を上げて、やはり仲間の方へ戻る。

 セラはすでに駆け出し、フーティ騎馬隊が躊躇いなくそれに続く。

 迅速で、無駄のない動きだ。

 私は彼らに背中を向け、仲間の元へ戻った。

「戦場を離脱する。この戦いは負けだ。これ以上、ここに留まる理由はない」

 私は頭の中で地図を思い浮かべた。

 ミナン連合に属している地域は危険だが、しかしトード伯爵領に入るのも危険だ。

 ミナン連合は東、トード伯爵領は西で、行けるのは北か南か。南に行けば故郷に近づくこともあるし、北はこれから冬に入れば過酷な環境になる。

 南へ向かう、と私は宣言した。

 全員が馬に跨り、何の未練も残さずに戦場から離脱する。背後を何度か確認したが、トード伯爵領軍が察知した様子はなかったし、ミナン連合から追っ手があるようでもなかった。サリーンたちは善良だったと言えるだろう。自分たちの味方の一部が脱走するのを、見過ごしてくれたのだから。

 こんなことをしているから、蛮族の戦士たちは雇われ兵士とか出稼ぎ兵士とか呼ばれるのだろう。

 不名誉なことだが、名誉のために命を捨てるのは度し難い。

 日が暮れかかることには、もう戦場の気配は周囲から消えていた。斥候に出していたものが戻り、川があると告げた。人間も馬も、水が必要だ。

 私の指示で隊は川に近い場所で野営となった。戦闘の最中でも荷物を持ち歩く習慣があるのが私たちだ。だいぶ限られるが、これは傭兵たちもやるらしい。

 本当に川のそばにしなかったのは、少しでも周囲を把握しようと思えば川の水が流れる音も邪魔だからである。

 焚き火を起こせば光で察知される。水は汲むことはできても、飲むのは一度沸かしてからになるから、今日はまだたっぷり飲めるわけではない。

 しかし安心はできる。

 夜の静けさの中で、私は遠い戦場を想像した。

 フーティ騎馬隊は、まだ戦っているのだろうか。






(続く)

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