まがいもの家族

洞見多琴果

第1話 序章 殺し屋廃業・家族結成

 灰色に閉じ込められた空間。

 中央にはリングがあり、観客席がある、

 黄色っぽい照明の下には、無造作に死体と椅子が散乱している。

 男もいれば、女もいる。胸や額に穴が開いたものがある。首を描き切られたものがあり、そして脳みそをぶちまけたものもいる。

 失血死、即死、銃殺、刺殺、撲殺、扼殺。

 ありとあらゆる形の、他殺の展示場だった。

 二人の男女が、血濡れた床、なぎ倒されたパイプ椅子と、重なりあう死の中を無遠慮に踏み越えていく。


 二人は並んで洗面所に入り、血にまみれた手を洗面台で洗い始めた。

 男も女も、若くはなかった。

 しかし、老いてもいない。


「ねえ」


 最初に話しかけたのは、女だった。


「これで仕事、やめちゃったわけじゃない。あんたはこの後どうするつもり?」

「まだ決めてない」


 男は靴を脱ぎ、靴底に付着した血を洗い始めた。


「あたしたちの対戦オッズ、知ってた? 丁度半々だったらしいよ」


 ふぅん、と男は呟いた。


「いい勝負、面白い対決だったんだな」


 洗面所の外を鏡越しに見やり、女は軽く笑った。


「面白いどころか、大した余興よ。マジの殺し合い見たいって奴らから、入場料取って賭けさせて、しかも殺し合いの実録映画撮って、その手のマニアに売りさばく。私たちって絵としてもサイコーだったみたいね。何しろ名の知れた者同士、男と女の殺し合い。今までで一番面白い対戦カードだって、浮かれた声が聞こえたわ。舐めてるわよね、いの一番に殺してやったわ」

「当たり前だ。あいつらにとって俺たちは消耗品だ。口をきいて手足のついた消耗品が、もう仕事をやめたいとか抜かしているんだぞ。もう役に立たなくなったゴミを、最後は面白い遊びにどう使うか、それくらい考えるだろ」

「あーそういえば、ベーゴマとかそういう対決遊び、子供のころにあったな。この見世物も、基本は変わんないわね」


 女は返り血で染まった髪を、備え付けのハンドソープと水で洗いながら聞いた。


「で、あんたは何で仕事やめようと思ったの?」


「些細なミスをするようになった。腕が衰えたわけではない、命取りにもならないミスだが、もうこの仕事は潮時だと感じた」

「私はねえ、何だかちょっと嫌気がさしてさ。仕事に飽きたのかなあ」


 ふう、と女は息を吐いた。


「なんだか『普通』の仕事をしてみたいって……スーパーのレジとか、何でもいいから」


 女の声は、不思議に深い。

 男は、自分の手足を見た、血の匂いは薄くなった。


「洗って着替え終わったら、準備して外に出るぞ」

「あら、一緒にここから出てくれるの?」

「女連れのほうが、都合がいい」

「そうねえ、余興の見世物同士で、協力もし合った仲だし」


 女はくっくと笑った。


「ゴングが鳴った瞬間、まさかあんたが私じゃなくて、観客席に突っ込んでいくなんて思わなかった……殺すはずの相手が、私と同じこと考えていたなんてね」

「……」

「ねえ、どうせなら観客席にいた、首輪つけたあの子供も連れて行かない? 誰が連れてきたのか分かんないけど、赤い革の首輪の女の子。子連れのほうが怪しまれないでしょ。もしかして、あの子も皆と一緒に殺しちゃった?」

「いや、子供は殺さない」

「生きていたらいいけど」


 女は濡れた髪を手ぐしで整えると、全身を壁の鏡でチェックし、鏡越しではなく、男へ直に顔を向けた。


「そのボストンバッグに、血はついてないわね」

「中の紙幣も確認した。血が一点でも着いたものは捨てた」

 二人は洗面所を出る。


 男は顔を上げ、天井の虚空を眺めた。

「普通か。それも良いな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る