ep.3 憐れ故の待遇

「あら! 姉ちゃん、俺の姿見えるん?」


 彼は関西弁で頓狂とんきょうな声を上げて喜んだ。


 最初、アタシは「このガキ、頭大丈夫か?」と頭の中で思ったが、アタシのあざけりを読み取ってか体当たりしてきた翔太に、今度はアタシが素っ頓狂な声を上げる羽目はめになった。翔太の身体がアタシの身体を貫通したのだ。


 可影響霊であっても、基本的に生命が宿った存在に触れることはできないのだという。それが虫などであっても同様であるらしい。


 エステートUから翔太を連れ出すことで、再生業務は完了した。恐らく、今後は心霊現象と無縁の物件となるだろう。だが、翔太が成仏したかといえば、その答えは否だった。だからこうして今も尚、我が家に帯同してしまっている。


 アタシもここまで可視化されている霊とは、これまで出会ったことはなかった。その身体はよく見ればうっすらと透けてはいるので、実体のある人間と全く同じというわけではない。翔太曰く、翔太と同じような霊体はそう多くないものの、他にも存在しているのだという。


 翔太は今からおよそ五年前、当時加入していた野球チームの仲間と荒川の河川敷にて行っていたバーベキュー場で、水に流されてしまった男児を救出しようとして溺死するという悲劇に見舞われていた。なので、翔太の見た目は亡くなった時のまま十二歳だが、中身は高校二年生程度ということになる。


「服を着たまま水に入るってのがあんな大変なこととは思っとらんかった。身体は浮かんし身動きとれんし、地獄だったで」


 なんと憐憫れんびんに駆られる死因だろうか。そのエピソードを思い出す度に、この頭の弱い野球少年が尊い存在に思えてならない。


 隣町にも翔太と同じように現世に留まったままの男性の霊体がいるらしく、十五年前にひったくり犯を追跡した末に刺殺されてしまった彼は、未だに現世に滞留しているという。つまるところ、彼は翔太の先輩であり、一つの重要な情報を持ち合わせていた。


「俺たちは人からあわれまれる死に方をしたことによって、たった一回分だがとあるチャンスを手にしているんだ。それはな、現世で生きる人間の身体に入り込み、その日丸一日、自分のやりたいことを好きなだけやることができるってやつなんだがな。そのチャンスを消費しちまうと、その時はいよいよ天に召されなきゃならない。逆に消費しなけりゃ、いくらでもこの世に滞留できるんだ」


 その彼にも以前、翔太にとっての彼と同様に先輩がいたようなのだが、その先輩は与えられたチャンスを婚約者と二人だけの即席結婚式に消費してこの世から去ったのだという。

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