事故物件再生人~再生人Sの怪奇譚~

桐生 創

若宮

ep.1 霊種

 霊種――


 皆さんはそんな言葉を聞いたことがあるだろうか。


 恐らくだが、ないだろうと思う。何故なら、アタシが作った言葉だからだ。


 更に、皆さんは「事故物件再生業」なるものが存在することはご存知だろうか。


 これも恐らくだが、ないだろうと思う。何故なら、全国圏で探しても、そんな酔狂すいきょうともいえるような業務内容で看板を掲げている不動産業者はたぶんウチだけだからだ。


 そんな業務を続けること二年半。正直、こんな尖り切った業務に世間の需要がマッチするのだろうかといぶかりながら携わってきたが、どうやらそれなりに供給機会があるようで、業務としても成立することが明らかになりつつあった。


 威張れるような右肩上がりの業績は上げられていないものの、一定の水準を保ちながらの経営維持が成っている。この二年半でそれなりの件数の業務をこなし、経験も蓄積できた。


 事故物件再生業。この業務において、先般述べた「霊種」を見極めるという作業は、非常に重要なセクションにあたる。これを見誤れば、怨霊や霊魂たちとの示談は極めて遠退き、延いては我が身に危険が及ぶことにもなりうる。


 強烈な怨恨を起因とした「怨霊おんりょう」は最も危険で、取り扱いには細心の注意を要する。リングの貞子はこれにあたるといえば分かり易いだろうか。どう見積もってもあれは危険だろう。時にはあのようなUMAに近しい存在をも相手取らななければならないのだ。


 「地縛霊じばくれい」という言葉であれば、多少耳馴染みがあるのではないだろうか。座敷童がその代表格だが、そのイメージの通り、悪性は低いことが多い。その地に強い愛着を持った人間が死んだり、そもそも死んだ人間がその事実に気付いていなかったりすると、地縛霊として、意識だけがその場に残存してしまうのだ。


 意外と厄介なのが「色情霊しきじょうれい」である。文字通り、色恋沙汰を起因とした自殺や殺人がその発生源だ。執着や嫉妬という粘ついた感情はそのイメージの通り対処が非常に面倒で、アタシの苦手分野でもある。


 相手の思考は極限まで不変性が高まっていて、更には視野狭窄しやきょうさくといった状態にあり、精神も不安定を極めていることが大半という三拍子。相対し、幾度となく途方に暮れることを余儀なくされた霊体だ。


 まだ、未知なる霊体も数多存在することだろう。新しい存在と巡り合う度に膝を合わせて向かい合い、その特性や傾向について知識を積み重ねる。日々その繰り返しであり、その経験こそが糧なのだ。


 アタシの店は埼玉の大宮駅東口にあり、その屋号は「不動産のアメミヤ」となっている。ワカミヤではなくて? という疑問はこれまで幾度となく投げかけられ、半ば面倒なのでワカミヤに変えてしまおうかという考えも少なからずあるのだが、今のところ県知事に変更の届け出は出していない。


 創業者である雨宮に対するリスペクトがそうさせているのかというと、実のところそういうことでもない。ご存知の方はご存知かもしれないが、過去にこの雨宮とアタシは極めて複雑な関係にあった。


 例の一件でアタシが死んでしまうようなことにでもなれば、それこそアタシが色情霊になっていたことだろう。要するに、雨宮とはアタシにとってそういう人物なのだ。


 ネタバレなどの問題もはらむ――アタシは何をいっているのだろうか――ので、彼のことはここでは多く語らないことにする。アタシは良くも悪くも引き摺らない女なのだ。

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