異世界から来た勇者パーティが日本で世直しを始めました。
梧桐将臣
第1話 暴力と欲望と①
「雄介君―!ごめんお待たせ。待った?」
「おっ!千佳ちゃん!ううん。全然待ってないよ。俺も丁度今きたところ。」
高橋雄介は自身の人生において初となる恋人“坂本千佳”が呼ぶ声に振り向き、相手に気を遣わせまいとする為に30分待っていた事を隠しつつ笑顔を向ける。
大学のテニスサークルで先輩後輩として出会った2人。
1学年上である雄介からの誠実なアプローチが実り、新入生の中でも美人で目立っていた千佳を見事射止める形で付き合い2ヵ月記念となるクリスマスイブ。
「本当にー?雄介君優しいから本当は待ってたんじゃないの?とりあえずこれ!はい!」
坂本千佳は、自分の恋人である雄介の優しい嘘に半分気付きながらも、手にもっていた缶コーヒーを渡した。
「微糖が好きなんだよね?」
「うん!わざわざありがとう。・・・温まるなー。」
自身の好みをわかってくれている千佳の優しさに胸が満たされるのを感じ、目の前にいる黒目勝ちな瞳にショートボブが良く似合う美人と、クリスマスイブにデートをするという事実をコーヒーの甘い味と共にかみしめる雄介。
「それじゃいこっか!」
千佳の一言と共に2人は手を繋ぎ、クリスマスイブの喧騒がうずまく雑踏の中に消えていった。
*
「いやー!でもあの場面で仲間を逃がして自分1人だけ戦ってたのは恰好よかったなー!」
「えー。そう?私は死んじゃったら意味無いと思うけどなー。恰好悪くても良いから逃げてでも生きててほしかった。」
雄介と千佳は昼間見た映画の感想を言い合いながら、フレンチのクリスマスディナーを楽しんでいた。
「でも逃げなかったからこその感動があったし、男としては大切な人の為に戦いたくなる気持ちはやっぱり胸に響くものがあるなぁ。」
「ふふっ。雄介君も男の子だもんね。けど現実の世界でそんな事があっても喧嘩したりしないで逃げてね。雄介君に何かあったら悲しすぎるもん。」
「千佳ちゃんは本当に優しいね。でも俺は千佳ちゃんの為ならなんだってできるよ。千佳ちゃんの事は絶対に僕が守るから。」
「・・・ありがとう雄介君。」
2人の間には甘酸っぱく初々しい空気が流れていた。
その後も甘くどこかくすぐったさも覚える会話と共に、大学生にしては少し背伸びをしたコース料理を楽しんだ2人。
「あーー!おいしかった!千佳ちゃんとこんな美味しいものをクリスマスイブに食べられるなんて僕は幸せもだ!」
「うふふ!雄介君ったら。でも本当に私も雄介君といたらなんでも美味しく感じるけど、たまにはこういうのもいいね。こんな素敵な店を探してくれてありがとう。」
性格の良さを感じさせる千佳の言葉を受け、雄介は目の前にいるショートボブが似合う美人が自分の恋人だという実感をかみしめながらも1つの決心をする。
会計を終え店の外に出たところで、勇気を振り絞り千佳へとこの後の提案をする。
「きょ・・今日さ!俺まだ一緒にいたいんだけど千佳ちゃんはどうかな?」
奥手な雄介は、付き合って2ヵ月経った今も千佳と手を繋ぐまでが精いっぱいで、キスさえもできずにいた。
「・・・うん。私も雄介君と一緒にいたいよ。」
少し顔を赤らめながらも、黒目勝ちなくりっとした目を弓なりにして微笑みを返す千佳。
その笑顔に心を奪われながら雄介は今日千佳とひとつになり、自分にしか知れない部分も知る事ができるかもしれないという嬉しさと共に緊張も覚えていた。
いつもは千佳と手を繋ぐことによりぬくもりや安心感に心を満たされているが、今は胸の高鳴りに支配されどこかふわふわとした気持ちになっている。
「・・・。なんか、恥ずかしいね。」
ちらっと少し潤んだ眼で自分を上目遣いで見あげる千佳を見て、愛おしさを感じ心底大切に守りたいと思う雄介。
2人は少しの緊張と幸せをかみしめながら、夜の繁華街から少し外れホテル街の方へと手を繋ぎ歩いていた。
雄介は初めて訪れるホテル街の雰囲気に戸惑いながらも、しっかりとリードするべくどのホテルへ入ろうかを看板や名前の雰囲気から決めようとしていた。
千佳は自分の恋人の誠実さに信頼感を抱き、これから起こる事に心地よい緊張感を覚えながらもこの人になら抱かれても良いという安心を感じていた。
その時だった、どんっと肩に衝撃を受けた雄介。
振り返ると、3人組の男の1人と肩がぶつかったようだ。
「あっ!すみません!」
千佳との時間に夢見心地で、周りが良く見えていなかったのだと思い咄嗟にすぐ謝る雄介。
「いってぇなぁ。」
謝罪を受け入れる言葉では無く、攻撃的な声色を発したその男を見て雄介は思わずたじろいでしまう。
あからさまに素行の悪さが伺える、凶悪な見た目をしていたからだ。
黒いスウェットの上下に身を包み、手にはセカンドバッグ。髪は短く刈り込み、側頭部には入れ墨が見える。薄い色のサングラスの奥には鋭く粗暴な光を宿す眼。
周りの2人は一見少年にも見えるが、目つきは悪く見るからに不良といった風体だ。
雄介をじろりと睨むリーダー格であろう黒スウェットの男は、雄介の隣に立つ千佳に気付くとその眼の色を少し変えた。
「おい!兄ちゃん。謝って済んだら警察はいらねぇよなぁ。」
「は、はい!すみません!!!」
雄介の中では、千佳の前で良い恰好をしたいという気持ちは微塵も現れず恐怖に負け、ひたすら謝ることしかできなかった。戦っても勝てないし、謝る事でしか千佳を守れないと思ったからだ。
「いや、だからすみませんじゃなくてよぉ。それなりに誠意ってものを見せてもらわねーと困るんだよ。東京愚連隊の幹部である俺が一般人の兄ちゃんから肩をぶつけられて謝罪だけで許す訳にはいかねぇんだわ。こっちの事情もわかってくれ。な?」
――東京愚連隊。殺人、強盗、強姦、放火、麻薬の密売や人身売買など、凡そ思いつく犯罪は全ておこなっていると言われる10代から20代前半の若者で構成される半グレ集団。
そのバックには、関東の裏社会を牛耳る黒龍会がついているとも噂されている。
東京愚連隊という悪の象徴のような名を聞き、雄介の中ではさらに恐怖が膨れ上がる。到底理解のできない理論をぶつけられても反論する気さえ砕かれていた。
しかし、ぎゅっと自分の手を強く握る千佳を守る為に、この場をどうにか切り抜けるべく考えを巡らせる雄介。
「・・・お!お金!お金ならあります!」
ともすればみっともなく見える雄介の姿だったが、千佳は自分の恋人が謝る姿を見て微塵も恰好悪いなどとは思っていなかった。
それよりも自分を守る為に必死になってくれている嬉しさと、何もできない自分にもどかしさを感じる。
「ほぉう。なかなかものわかりが良いじゃねぇか。いくら持ってんだ?」
急いで財布の中身を確認する雄介。
「2万円あります!」
「2万か・・・。もらって良いんだな?」
「は!はい!もちろんです。」
「そうか。ありがとな。じゃありがたくもらっとくわ。今後道を歩く時は気をつけんだぞ。」
「は、はい!本当にすみませんでした。」
千佳と過ごすホテル代の為にとっておいた2万円を手渡し、その場を立ち去ろうとする雄介たち。
「おいおいおい。誰が許すって言ったよ。俺はありがとうって言っただけで許すとは言ってねぇぞ。」
「え!?」
「まぁでも俺もそこまで兄ちゃんをいじめたい訳じゃないんだよ。ちょっと寒空の下話過ぎちまったから、こいつらに何かあったかいものでもご馳走してやりてーんだわ。」
「でも、もうお金は・・」
「・・・私が持っています。今もっている全てです。」
「千佳ちゃん!」
千佳は自身の財布から3万円を出すと男に渡す。
「おう。姉ちゃんべっぴんなだけじゃなくて頭も良いんだな。ところでお前ら腹減ってるか?」
仲間の少年2人に問いかける黒スウェットの男。
「いやー別に減ってないです。」
「うん。それよりも寒いです。」
黒スウェットの男に問いかけられ答える2人の声は、かなり若さを感じさせ雄介は自分よりも年下かもしれないと感じた。
「そっかー。ならみんなで運動でもして温まるか!仲直りの印に兄ちゃんたちも一緒にどうだ!な!」
「え?それはどういう・・?」
男の言う事がわからず一瞬呆けていると、黒スウェットの男が近づいてきて肩を組まれる。
180cm以上はありそうな大柄な男の力強さに本能的な恐怖を覚える雄介。
「きゃっ!!」
その時千佳の叫び声が聞こえた。
雄介が千佳の方に顔を向けると、千佳は少年とおぼしき男に背後から胸を鷲掴みにされていた。
「おい!なにしてるんだっ!やめろ!!!」
雄介の中でもこの時ばかりは恐怖よりも怒りが勝ち、千佳の胸を鷲掴みにしている男を静止しようと動きだす。
しかし、黒スウェットの男の力は凄まじく、肩をがっちりとホールドされ身動きがとれない。
「ぐふぅっ!!??」
「雄介君!!!」
次の瞬間腹部に衝撃を感じる雄介。
「キョウさんー。この女思ったよりおっぱいでかいっすよー。」
「そっかそっかー!そいつぁ良かったな、お前は巨乳が好きだもんな。まぁ俺も好きだけどな!はははっ!」
キョウさんと呼ばれた男、蛭間京介は雄介を殴ったことや、仲間が千佳の胸を揉んでいることなど、まるで日常の一コマだと言わんばかりに気にする素振りも見せず、下卑た笑い声をあげる。
「まっ!そういうわけで、みんなで仲良くホテルでも行こうや。金なら俺がだしてやっからよ。」
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皆さま第一話をお読み頂きありがとうございます。
10話完結の中編小説でございます。
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
梧桐 将臣
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