終末の世界でバースデーパーティーを

くらんく

第1話


 ケーキの置かれた部屋には誰もいなかった。それとこの世界にも。

 



 壁に掛けられた時計の長針と短針が全く逆を向いている。時刻は午後6時だというのにチャイムを鳴らす人は一人もいない。僕の誕生日会が始まる時刻になってもこのリビングにいるのは僕ただ一人だった。


 母からは仕事が遅くなりそうだとメールが送られていた。父からは連絡がないがいつもの事だから気にも留めなかった。両親が共働きだなんて今どき珍しくも何でもない。だから家で一人で過ごすことが多く、内気な性格になるのも普通の事だと思った。


 成績に文句をつけられたことは無いが、たまに学校の話をしても友人の名前すら話題に挙がらない僕を心配してか、母は僕の誕生日会にクラスメイトを誘うよう提案した。僕は身に余る勇気を出して、仲が良くも悪くもない、数回話したことのある同級生を自宅に招くことにした。


 彼らの反応は決して良いものではなかったけれど、それでも彼らは口々に了承した。面倒くさいが仕方ないから行くとだけ答えてやる。僕にはそう言っているように聞こえた。




 学校の帰りにスーパーで予約していたケーキを受け取り、自宅へ帰ったのは4時を過ぎた頃だった。


 ケーキを冷蔵庫に入れるときにオードブルの容器が見えた。母は僕が友人を何人連れてくると思っているのだろう。大勢が来てもいいように用意されたそれを見ると胸が痛くなった。


 午後五時半。僕は自室からリビングへ行き、誕生日会の準備を一人で始めた。同級生はまだ来ていないが六時から始めると伝えてあるからギリギリにならないと来ないのかもしれない。僕はまだ淡い期待を捨てきれないでいた。




 午後六時十分。チャイムは鳴らない。綺麗に盛りつけられた料理がテーブルには並んでいるが、料理の山とは対照的にこの部屋は閑散としている。焦燥感に苛まれて窓から外を眺めた。


 僕は息をのんで玄関へと走り出した。ボロボロの靴のかかとを踏んで、ドアに掛けられた二つの鍵を外して外へと飛び出した。


 家の外には何もなかった。人も、道も、建物も無く、そこには果てしない荒野だけが広がっていた。


 日が次第に落ちていき、夕暮れが僕の家の影だけを映して乾いた風が吹きぬける。そこには過ぎ行く車のエンジン音も、下校する学生の笑い声も、電線のカラスの鳴き声も無い。




 午後六時十二分。僕の世界は終わった。

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