幕間「スタージョンムーン」

 季節は夏、真っ盛り。


 森林地帯が国土の多くを占めると言われているここ、シャプロンであっても、木陰を縫って差し込む日差しは、それなりに暑い。


にも関わらずその森の中を駆け、実践訓練に明け暮れているのは、シャプロン国女王のルージュとその近衛騎士 アルフレートとルドルフだ。


 〝心地よい時だけ訓練して、実践が炎天下だったり、猛吹雪だったらどうするの?〟から始まったルージュの提案は、劣悪環境での実践こそ、身になる訓練だ。とそれらしい理屈を並べていたが……つまりは退屈なのだろう。


 無意識に垂れ下がった人狼たちの耳とそれが表す心情などお構いなしに。


 ルージュと騎士たちは、ひたすらに森を駆け続けた。



 ――そして。



「ルー、そろそろ暗くなる」

「お腹すいたし、帰ろうよ〜」

『あ、ちょっと待って』



 長くなった日がようやく暮れようと、空を赤く染め上げた頃。


 城への帰還を促したアルフレートの一声に対して、ルージュはある場所へと案内すると提案してきた。



『今夜は満月だ。この先に満月のよく見える場所があるから、みんなで満月を見て帰ろう』

「定番になってきたな」

『いいじゃない。願掛けくらいさせてよ』

「俺は好きだよ〜満月! なんかワクワクしちゃう!」

『ほら、ボクだけじゃない』

「ロロはルーが一緒なら何でもいいんだろ」

「アルフだって同じじゃ………」



――ガツン!!



 頭部からはおおよそ聞こえてはならない怪音が発生して、ルドルフは大慌てで頭を覆った。



「いっっっったいってば!!」

「一言多いからだ」

『こら、アルフ。あんまり意地悪しない……さぁ、ついたよ』



 そんなじゃれ合いを横目にルージュが案内したのは、湖面に月が浮かぶ小さな泉。


 穏やかな風が吹き抜けて、辺りを覆い尽くしている花はユラユラと波打っていた。



「綺麗だね」

「水面の反射は、結構明るいものだな」

『お誂え向きさ』



 そう言って口の端を持ち上げてニヤリと笑ったルージュは、自身のポーチへと手を伸ばし、ゴソゴソと何かを出した。



『今日はこれをしようと思うんだ』

「ルー、これなぁに?」

「ペンとレターペーパー……」

「こんな所で手紙でも書くの?」

『違うよロロ』



 スタージョンムーンを始め、満月には願い事を叶える力があると信じられている。


 その願いを叶えるおまじないとして有名なのが、自身の願い事を紙に書いて、満月に向かって読み上げる。


 それからその後すぐに紙をやぶり捨てる。というものだ。


 ルージュは「だからね」と前置きすると、ふわりと目を伏せ手元へと視線を落とす。



『この国に平和を。そして行く末のボクらに自由を』



 願い事を書き込んだ紙を、抱きしめるように胸へと押しつけて。


 ルージュは躊躇いなくその紙を破り、小さな破片へと変えると、おまじないに従い破片をそのまま夜空へと放り投げた。



『……さぁ、アルフとロロの願いも、月に叶えてもらうといい』



 ルージュの琥珀色の瞳が、近衛騎士たちを見据える。


 それは狼たちの願い事を聞き出そうとしている好奇心に満ち溢れていて。


 どのみち、逃げ場はなさそうだ。と、アルフレートは思わず溢れそうになる笑いを噛み殺しながら、ルージュからペンと紙を受け取り、ゆったりとしたペン運びで願い事を書き込んだ。



「ルーのそばにいる限り。絶対の信頼と親愛を」



 短くそう願いを口にすると、手早く千切る。


そして再度、紙へ願いを込めるように強く握り込むと、前に突き出した拳をゆっくりと開放して、空へと放った。


 散り散りに夜空を舞う紙の破片を目で追うルージュが、呆れたように肩をすくめた。



『相変わらず堅いなぁ〜……アルフは』

「そうとしか考えてないからな。……嘘だと思ってるのか?」

『まさか、ボクのオオカミはそんな愚かな事はしないよ』



 ボクは、アルフを信じてるから。瞳を閉じながらそう呟いたルージュは、そのまま琥珀色の瞳をアルフレートと絡めて。不敵な笑みをこぼした。



「俺も、俺もー!」



 二人の手本を見て要領を得たルドルフが、利き手をピンと伸ばして挙手をすると、ルージュからレターペーパーとペンを受けとった。



「この先もずっと、ずーっと。ルーと仲良く暮らせますように! あと、アルフにあんまり鉄拳落とされませんように!」



 サラサラと淀みなく書き込んだ、願い事を元気な声で月へと読み上げる。


 そしてピリピリと紙を千切り、そのまま勢い良く周囲へと散らした。


 そんなルドルフの願いに、自身の名前が不名誉に登場した事に対して、不満げな表情のアルフレートがため息をついた。



「それはお前次第だろ」

「アルフ次第でもあると思うんだよね! 俺は!」

『ははっ!』



 まるで子犬たちのじゃれ合いのような二人のやり取りを見たルージュの笑い声が泉へと響いた時。


 夏の湿度を追い払うような風が、ルージュたちの間をぬき抜けた。


 それは泉に咲き誇る花々の花弁と、全員の願いが書き込まれた紙をも巻き込んで、空へと舞い上げる。



「みんなのお願い事、叶うといいね」

『きっと、叶うさ』

「ルーが言うと心強いな」



 まるでスタージョンムーンへと吸い込まれるように、高く高く昇っていくルージュたちの願いを見送りながら。三


人は横並びで、城へと帰還していった。



――どうか、みなの夢が叶いますように。


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