赤き女王と秘密の騎士 後編

――聖騎士。


 それはこのグリム同盟が築かれる際に起きた戦いで「始まりの女王」として名を馳せた、シャプロンの前女王「スカーレット」に仕えた近衛騎士の特別な呼称である。


 この事を頭に入れた上で、これまでのことをまとめよう。


 現女王ルージュの近衛騎士ルドルフの日課は、朝一番の城内の警備確認から始まった。


 普段から平和なシャプロンが故に、警備確認と言いつつも、ほぼ散歩に終わってしまう日課であったが。今日は違う。


 城門の近くに、ピンクの人改め、クライトが立っており、そのクライトたる人物はそのまま城内へと侵入してきた。


 まるで城の構造を全て理解しているかのようなクライトの動きは、拘束しようとするルドルフを翻弄し、緋狼を動揺させる事となる。


 それもそのはずだ。


 このクライトという人物には秘密が多すぎた。



 一つ。

 赤ずきんの登場人物の一人「猟師」の末裔であり、王族に近い存在であること。


 二つ。

 先代女王スカーレットの近衛騎士であり、先述した「聖騎士」本人であると言うこと。


 三つ。

 スカーレット亡き後のシャプロンを支え、ルージュを女王として育てると同時に、アルフレートと狼たちを立派な騎士団へと育て上げた人物であること。


 城内の構造を知り尽くしているのも、当然だ。


 逃走経路も、基本的な構造も……このクライトが設計に一枚噛んでいるのだから。


 一つずつ、丁寧にそう説明したルージュの小さな手が、混乱し続ける緋色の頭を優しく撫でた。


 クライトの秘密については、なんとか理解が追いついた。


 だがしかし、ルドルフは、今なお信じられない。


 伝説と呼ばれるに近い存在であるはずの人物が、まさか目の前に現れるなんて。


 頭がパンク寸前……なんて既に通り過ぎた。


 考えすぎて頭痛がする……ルドルフはこの時初めて、こめかみを抑えながら日々ため息をついているアルフレートの気持ちを理解した気がした。



「それにしても大きくなったわねぇ、ルー!」


『ははっ……何しにきたのさ……クライトおじさん……』


「やだっ! そんな呼び方しないでよ!」


『はぁ……』



 謁見の間に移動し、話し始めて数十分。


 玉座に座るルージュの姿勢と頬杖が、段々と深くなっていく。


 決して嫌悪感からくるため息では無いのだろうが…あの明朗快活なルージュが、まるでアルフレートのように額に手を当てて、ため息を連発する姿は……なんだか新鮮で、すこし面白い。


 ルドルフはそんな絶対に口に出来ない事を考えながら、密かに口元を隠した。



『ったく……改めて紹介するよ、ロロ』



 頭で考えていたことがバレたのかと思うようなタイミングで名を呼ばれ、ルドルフの狼耳がピッと立ち上がり、反応した。



『聖騎士クライト。ボクのママに仕えた近衛騎士で、ママが死んでからボクはこの人に育てられた。ママ亡き後のシャプロンを支えたのも、アルフを筆頭にした狼たちを育て上げたのも、この人だ』


「す、凄い人なんだね……本当に伝説だ」


「やぁだ! ロロちゃんったらそんな固くならないで!」



 口調こそ柔らかく、整った顔は美しいメイクで彩られているが……バンバンと背中を叩く力と掌の感触は……なるほど。


 ただのドラァグクイーンというわけではなさそうだ。



『そうさ、ロロ。確かに昔は凄かったらしいけど……今はただの腑抜けた浮浪者で、何処にでもいるドラァグクイーンさ』


「んまーーっ! ルーったらお口の悪い!!」


『不法侵入紛いで城に入ってきた癖に』


「自分の家に勝手に入って何が悪いってのよ」


『普通の人は誰かに【ただいま】くらいいうもんさ。……ロロまで困らせて……ただの不審者じゃないか』


「小さい頃は無邪気で可愛かったのに〜。すっかり薄情ものね〜……これが反抗期ってやつかしら? ねぇ、ロロちゃん?」


「さ、さぁ……?」


『だから、おじさん! ボクの狼を困らせないでってば!』



 あの手この手でルージュを揶揄ってくるクライトにルージュの声量と血圧は上がる一方だった。


 対して「こわーい」と裏声でルドルフの背後へと隠れるクライトが、ルージュよりも何枚も何枚も上手なのは言うまでもない。


 完全に、この場を楽しんでいる。


 ギャイギャイと耳を塞ぎたくなるような二人の言い合いはしばらく続き、痺れを切らしたアルフレートが、ため息混じりにようやく助け舟を出した。



「師匠……ルーを揶揄うのもそれくらいにしてください……」


「あぁ、そうね! じゃあ、ロロちゃんのことについて、教えてちょうだい!」


「え、俺!?」



 ずっとルドルフの背後に隠れていたクライトがひょっこりと肩に頭を乗せながら、ルドルフの頬を指先でツンツンと突き始めた。



「は、初めまして! お、俺はルドルフ。アルフと一緒に近衛騎士をやって……ま……す」


「いつからいるの?」


「あの……俺、昔死に掛けてたところをルーに拾われて、そこから……」


「あぁ、国外の子なのね?」


「は、はい……!」



 それはもう何年も前の話。


 国外遠征の際に、ルージュが【お散歩】をしていた時のこと。


 深い森の中で、一匹の緋い狼が傷だらけで倒れているのをルージュが発見・保護。滞在国の協力を得ながら、アルフと二人で手当てを行った。


 それがルドルフだった。


 帰る場所を失い、大怪我も追っていたルドルフを拾ってくれたルージュを、緋狼は命の恩人と讃え……アルフレートの指導のもと、現在の近衛騎士として成長した。


 そう辿々しく自分の過去を語る間も、ルドルフはクライトの熱視線を浴び続ける。


 酷く乾く喉や、すっかり倒れ込んでしまった耳がルドルフに「自分が予想以上に緊張している」事を知らせてくれた。


 それを外側から見抜いたルージュもまた、いつも人懐っこくて、誰にでも笑顔を振り撒いているルドルフの非常に珍しい光景に思わず舌を巻いていた。



「そぅ……。ロロちゃんも苦労したのねぇ。それなのに、いつもルージュの面倒を見てくれて悪いわね〜……この子、破天荒がすぎるじゃない?」


『おじさん……』


「そんな事ないです」



 ルージュの言葉を遮って、ルドルフが潔く凛とした声を上げた。


 それまでの、おどおどとした遠慮がちな語り口とはまるで別人。


 ルドルフの纏う空気は、その一言を皮切りに、一瞬にして変化していた。



「ルーはいつも優しいです……可愛いし、カッコいいし、頼りになる。それに俺を頼ってくれる」


『ロロ……』


「俺を拾ってくれた……大切な人です」


「ふぅ〜ん……」



 真っ直ぐに、恐れや恐縮など感じさせないその燃えるような緋い瞳を、クライトは品定めをするようにジッと見据える。


 試されている。ルドルフは本能的にそう直感した。


 しかし、先ほどの申し出に、迷いも偽りも一点の曇りもない。


 ルドルフはただ、一点を見つめて、クライトが認めるのを黙って待った。



「あら……あなた……」


「……え?」


「………ふふっ、まあいいわ!」



 射抜かれるようなクライトの瞳が一転して柔らかく細めらる。


 そして、思わず素っ頓狂な声を上げたルドルフをひと撫でしてから、クライトは紅のひかれた唇で弧を描き、ルージュに向き直った。



「良い人狼を見つけたわね。ルージュ」


『………まぁね』



 少ない言葉を交わし、不敵に笑い合う二人のその姿は、とてもよく似ている。


 二人の近衛騎士は、この時初めて口喧嘩続きの二人から強い絆を垣間見た。


 まるで本当の親子のようだ……と。



『……言っとくけど、ロロはボクの狼だからね』


「いやぁね、分かってるわよ。こんなに可愛い子、虐めたりしないわよ〜」



 ねぇ〜、ロロちゃん! とルドルフの頭を抱え込んだクライトが、ワシャワシャと緋色の髪を撫で回した。


 その手から感じるクライトの優しさと強さに、ルドルフの緊張もようやく溶け始め、いつもの人懐こいルドルフの笑顔へと戻っていった。



『それで? 十年近くも国外を優雅に旅行されていたクライト叔父様が、どうしてまたご帰還されたのか……まだお伺いしてませんが?』


「相変わらずその睨みつける目はスカーレットそっくりね」



 その言葉にルージュの琥珀色の瞳が、ギラリと光った。


 先程までの雰囲気と垣間見えた親子の絆はどこへやら。


 クライトが零した余計な一言が火種となり、再度「親子喧嘩」の炎が燃えあがろうとしていた。



「やだ、褒め言葉よ……そんなに威嚇しないの」


『てっきり喧嘩売ってるのかと思ったよ』


「相変わらずスカーレットに例えるのを嫌うわね」


『「始まりの女王」と比べられるのは気に入らないね』


「まぁ、そう言わないで頂戴」



 唸り声を上げ、今にも飛び付かんとする獣のようなルージュにクスクスと笑い声をこぼしながら、クライトは意味ありげに自らの唇を撫でた。



「……せっかく他国からの救援伝達の密書を届けに来たんだから、丁重にもてなすのが礼儀ってもんでしょう?」



 クライトの一言で、ルージュの燃え上がりかけた炎が一気に沈静化する。


 ルージュ、アルフレートそして、ルドルフの顔色と目つきが瞬時に変わったのを見て、クライトはまた不敵に笑いながら、懐から一通の手紙らしきを取り出した。



「貴女に渡すように預かった【白雪姫】からの手紙よ、ルージュ」





――新たな事件が今、幕を開けようとしていた。

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