幕間「ピンクムーン」

 春の柔らかい風に乗って、シャプロン国の女王ルージュの元にある贈り物が届いたある日の事。



「ルー、東洋のヤマト同盟国のかぐや殿から……」


『かぐやから?』



 送り主には心当たりがあった。


 ルージュたちの住む場所から遠く離れた「東洋」と呼ばれる場所にある、小さな島国。


 その島国に伝わる物語で構成された「ヤマト同盟国」。


 かぐやは、その同盟国内にある「竹取物語」の主人公だ。



「かぐやって知ってる人?」


『かぐやは竹取物語という国の女王で、ボクの友人だよ』



 随分と昔。


 国際的なパーティに参加した際に出会ったかぐやはパーティの喧騒を離れ、バルコニーで一人月を見上げていた。


 同じくして喧騒を避けたルージュがそんな彼女に声を掛け、二人は意気投合。


 それから度々に連絡を取り合う仲になったのだそうだ。



「へー……で、そのルーの友達が何を送ってきたの?」


『それはたぶん……』



 送られてきたものにも、心当たりがあった。

 

 ルージュの予想が正しければ。


 中にあるものは慎重に扱わなくてはならない。


 ルドルフの質問に口元を緩めながら、ルージュは届け物をゆっくりと開いた。



「わっ。ピンクの花だ! 可愛いね、ルー」


『ロロ、これはね「サクラ」っていうんだよ』


「かぐや殿の加盟する東洋の島国で咲く、有名な花だ」



 予想的中。


 かぐやからの贈り物はちょうど満開を迎えた桜の切花であった。


 ご丁寧に延命剤や梱包まで完璧にされているあたり、かぐやの気遣いが伺えて、彼女の息災を知らせてくれた。



「俺、サクラって初めて見たよ」



 その場にかがみ込み、下から見上げてくる興味津々なルドルフは桜を観察しながら、本能に従う様に鼻をスンっと鳴らした。



『このサクラはね、春の季節に満開を迎える花なんだけど、その開花時期がすごく短くてね。確か、一週間くらいしか咲かないんだよ』


「一週間!?」


『短いよね。だからヤマト以外ではサクラを見る事はとても難しい。かぐやは毎年こうやって満開になったサクラをボクに届けて春の挨拶をしてくれるんだよ』


「そうなんだ……優しいんだねかぐや様は」



 立場上、いつどこで敵対するか分からない他国の人間とは、あまり深く関わりを持つことのないルージュだったが。


 桜を手に取り眺めるその穏やかで優しい笑顔は、ルージュにとっての「かぐや」と言う人物を物語っていた。


 遠い友を思い微笑むルージュにつられ、ルドルフもまた優しく笑った。



「東洋の人々は、このサクラの下でパーティを催すとも聞くな」


『あぁ、花見ってやつだね』


「なにそれ?」



 ふと、アルフレートがそんなことを溢せば好奇心旺盛なルドルフが食らいつかない訳がなくて。


 ワクワクと期待に輝かせた瞳をルージュに投げる。



『要は綺麗な花の下で美味い肉を食べようって話さ』


「ルー……」


『だってそうだろ?』



 かぐやもそう言ってたよ。と笑い語るルージュのある種での「花見の真理」は、ルドルフの興味をさらに刺激する。



「なんか楽しそう〜」


『せっかくだからボクらもやってみようか』


「誰が料理を用意するんだ?」


『そこは……ねぇ? アルフ?』


「…………」



 完全なる藪蛇だ。


 そしてそれを予想できてしまった自分が悲しい……さらに言えば、そそくさと軽食の準備を始めてしまう自分は、期待の目を向けるこの二人に、もっと感謝されていいと思う。


 アルフレートはため息を道連れに厨房へ姿を消した。





―――――





 何かと凝り性なアルフレートの準備が長引き、時刻はすっかり夜。


 軽食と呼ぶには本格的で、大量の食事が用意された。


 そこへかぐやからの贈り物で、本日の主役でもある桜を美しく生け、薄暗い室内でも映える様にライトを灯せば。


 立派な花見会場の完成だ。



「ライトに照らされると趣が変わるな」


「俺、こっちの方が好きかも〜!」


『そういえば、夜に見る桜を特別に【夜桜】と呼ぶって昔かぐやが言ってたな……』



 そしてかぐやの教えである「無礼講」に従い、ルージュとアルフレートたちは同じ席に着いて、次々と料理へと手を伸ばした。



「美味しいね、ルー!」


『そりゃあ、ボクのアルフは世界一の料理人でもあるからね!』


「二人とも花を見ろ花を……」



 呆れ顔のアルフレートを笑い飛ばしたルージュがふと窓をみれば、夜空には満月。


 なるほど桜のライトだけでもそれなりに明るいのは満月のおかげか。


 その時、今日何度目かのかぐやの語り声が、ルージュに響いた。



『ヤマトの島国は美しいよ。月の形だけでも十を超える呼び名があって、風に至っては二百を超える名前があるそうだ』


「そんなに覚えられないよ」


『だね』



 知らない風や水の名前を、嬉しげに語るかぐやの横顔は、まるでルージュたちには見えない何かを見抜いているような。


 その僅かな変化や違い一つ一つを愛しているように見えた。



『本当に……美しい人たちだよ』



 持ち上げたグラスに注がれたドリンクへ月を移し取りながら、ルージュは満月に小さく乾杯を捧げその名を呟く。



『フロックスの咲く季節の満月【ピンクムーン】か……』


「かぐや様たちは【サクラムーン】って言うのかな?」


「安直だな」


『……いや? 強ち間違ってないかも知れないよ?』



 クスクスと笑いながらドリンクを一気に飲み干したルージュは、ふと目を細めてからグラスを傾け、物思いに耽り言葉を綴る。



『この戦いが終わったら……かぐやの国にも行って見たいな……他にもたくさん。世界を見てみたいよ』



 この闘いの先に何があって、自分がどうなっているのかなんて分からない。


 しかし、大き過ぎる運命に立ち向かうのだ。これくらいの希望を抱いたって罰は当たらないだろう。



「その時は俺も一緒だからね! ルー!」


『もちろんだよロロ。……アルフもだからね?』


「ルー達2人旅なんて……心配すぎるからな」


『ははっ、違いない』



 いつかくる、その未来が。どうか三人にとって幸せで満ちていますように。


 遠き友へ。文字ではなく直接「サクラを、ありがとう」と、伝えられますように。



 ルージュは、今宵の月へと密かに祈りを捧げた。


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