幕間 「ウルフムーン」


『ねぇ、2人にとって【幸福】ってなに?』



ある日の昼下がりのこと。


シャプロン国の女王【赤ずきん ルージュ】が、近衛騎士の人狼【アルフレート】の淹れた紅茶を片手に突然そんな事を尋ねた。



「幸福…?」


「突然どうしたの? ルー。」



ルージュに茶菓子を差し出しながら、彼女の発言に小首をを傾げたのは、もう一人の近衛騎士であり同じく人狼の【ルドルフ】だ。



『今日は満月。それもウルフムーンなんだよ。』



ありがとう。と、ルドルフに礼を言ってから、ルージュは菓子をひとつ指先で摘み上げると、口の中へポイっと放り込んだ。



『オオカミを使役する我が国では、ウルフムーンの日はね?【幸福】について考える事が決まってるんだ。』


「そうなの? 俺、知らなかった!」


「ママの遺言だよ。」


「…先代の…?」


「スカーレット様の遺言ならやらなきゃだね〜。」



のほほんと笑いながら言うルドルフに反して、長年、王族に仕えているアルフレートは先代女王でルージュの母親である「スカーレット」の言葉を思い返してから目を細めた。



「でも、ルー…そんな事、去年までやってな……」


『アルフ…? これは、女王命令。』



アルフレートはこの時、察した。


恐らく、先代の遺言等々はルージュの嘘。


……全ては、現 女王様の【お戯れ】なのだと。



「はぁ……。」



イタズラ好きのルージュらしい。


アルフレートは呆れながらも親愛の籠った優しいため息をついた。



『で?アルフにとって幸せってなに?』


「…ルーが幸せなら、俺はそれで構わないよ。」


『あははっ! なにそれ。答えになってないじゃないか。』



年頃の少女らしい笑い声に加え、クシャッとしたそのルージュの笑顔が守れるのなら、それがアルフレートの幸せである事に間違いなどない。


蒼髪の人狼は改めて、主人の守護を心に誓った。



「俺も!俺も!ルーが毎日楽しくて、俺の事好きでいてくれたら幸せだよ!」


『そうかそうか! ロロは今日も元気だね〜。』


「ルーは俺の事、好き?」


『うんうん。大好きだよ。』



ルージュは、自分の座る椅子の近くにしゃがみ込んだルドルフの頭を撫でた。


こんなにも愛おしそうな瞳で自分を撫でてくれるルージュが、万が一にでも悲しい顔を見せるなんて、絶対に認められない。


緋髪の人狼もまた、主人の守護を誓うのだった。



「ねぇ、ルーの幸せは?」


『……ん?』



未だ撫でられたままのルドルフが、上目遣いにそう尋ね、ルージュは思わず琥珀色の瞳を丸くした。



「ルーの幸せが俺たちの幸せになるんだから…知っておいても、バチは当たらないだろう?」



次いでアルフレートがルージュの答えを促すように、優しく微笑みながらそう言うと、赤き女王はそうだなぁ。と、高い天井を仰ぎ見て目を伏せた。



『んー…ボクは、今のままで十分幸せかなぁ。』



ヒトの家族は居なくなってしまった…しかし、自分にはオオカミの家族がいる。


それだけで……どんなに救われるか。


ルージュの、そのゆっくりとした口調で紡ぎ出された言葉には、嘘偽りの感じられない暖かさがあった。



「ルーこそ答えになってないじゃーん!」


『あははっ!難しいね、この質問。』



ルドルフがそう言ってルージュに抱きつけば、女王は再度戯れるように、彼の頭を撫でた。


そんな彼女の頭を今度はアルフレートがふわりと触れて、撫でる。



「ルー。俺たちはルーを裏切らないし、嫌いになったりしない。絶対に。」


『そっか…。…ありがとう。アルフ。』


「じゃあ、俺たちは今もこれからも幸せって事だ!」


『うん…そうだね。ロロ。』



【幸福】について再確認して、【幸福】について感謝する日、ウルフムーン。



『(敵わないなぁ……。)』



近衛騎士たちの幸せを聞き出して、その幸せを叶えてやるつもりだったのに。


気が付けば自分自身が幸福に包まれている事に。


ルージュは照れ臭さを感じながらも「感謝」した。






『アルフレート、ルドルフ……ありがとう。』




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