第002話
さて、先ずは現状確認だ。
自分が赤ん坊に転生したことは分かった。ちょっとびっくりしたけど、輪廻転生は聞いた事があったから、それ程混乱はしてないと思う。また人間に生まれ変われたみたいだし。もし動物とか虫とかに生まれてたらと思うと……とりあえずひと安心だな。
次は、何処に転生したかだ。
首だけを動かして周囲を見渡してみる。
……何処の田舎だ? 少なくとも日本ではないな。ここまでロハスな家は見たことない。ちょっとロハスの使い方を間違ってるかもしれないけど気にしない。
まず、俺が今寝ているベッド。
木製というのは分かるけど、少なくとも日本製ではないな。作りが粗すぎる。はっきり言って『ミカン箱』だ。いや、『南米あたりの海外から船便で送られてくる輸入品が入ってる木箱』と言ったほうが近いかもしれない。隙間が多くて、板の厚さは不揃いで毛羽立っている。触るとチクチクと刺さって痛い。泣きそう。
更にその中に敷かれているこの布、麻の様に硬くて目が粗い。顔を動かすと擦れてちょっと痛い。赤ん坊の柔肌には刺激が強すぎる。マジで泣きそう。
ベッド以外はというと、天井を走る太い梁は立派だけれども、家自体の作りは荒く見える。
壁はボコボコと凹凸の目立つ土壁っぽい。
右手側に見える木製と思われる窓枠にガラスは無く、やはり木製と思われる板が木の棒で支えられている。
ベッドの脇にある背もたれ付きの椅子も木製で、作りはベッドと変わらない。
足のほう、左奥に見える扉も木製っぽい。
全体的に、昭和の名作アニメを思い出す作りだ。山の中の少女のヤツ。チーズが美味しそうなアレ。
そして、天井には電灯がない。電気を通すための電線すら見当たらない。天井板がないから、隠すところもない。
それどころか、見渡した限りでは電化製品というものが見当たらない。俺の頭のほうの壁に掛かっているのは、多分オイルランプかな?
足のほう、扉の反対側には行李のようなものが置かれているけど、電化製品には見えない。多分衣類とかが入ってるんじゃなかろうか?
ひょっとして、電気が通ってない?
有り得るか? いまどきジャングルの奥地でもインターネット出来るのに?
そういえば、海外には自然回帰主義とかなんとかで、一切の機械文明を排除して生活しているコミュニティがあるって聞いたことがある。電化製品はもちろん、車も冷蔵庫も電灯も、自転車すら使わないらしい。
移動の足は馬で、食料の貯蔵は燻製や干し肉、氷室等で行い、灯りは蝋燭や松明、オイルランプを使うとか。村長宅にある緊急連絡用の電話が唯一の機械なのだそうな。
もしかしたら、ここはそういったコミュニティなのかもしれない。
だとしたら……ちょっと厳しいなぁ。
現代文明にズッポリ浸かりきった人間に、その全てを捨てて生きろっていうのは無茶振りが過ぎる。今更、江戸時代みたいな生活には戻れないでござるよ。
自立できるまでに成長したら、外に出る事も考えないといけないかもな。
なんてことを考えてたら、ドアが開いて誰か入ってきた。中年の外人さんだ。
女の人で、濃い茶髪のロングを後ろでまとめている。目鼻立ちは、彫りが深くて欧米人っぽい。少しタレ目で鼻が高く、美人ってわけじゃないけど不細工ではない。印象としては優しそうな感じだ。年齢は三十歳くらいか。
背は百六十センチちょっと。体型はスリムだけど、凹凸はそれなりにあるみたいだ。
服装は、あんまり厚手じゃない生成りシャツの上に、丈の短いブラウンのベスト、モスグリーンのシンプルな膝丈スカートだ。長く着ているんだろう、少し草臥れた感じがする。
この人が俺の母親か?
ふむ、やっぱり外国っぽいな。話が聞けたら、大まかにでも場所の特定ができそうだ。
英語ならなんとかなる。それ以外だとちょっと厳しいかもしれん。ちなみに、大学の第二外国語はドイツ語だったけど、もうほとんど覚えてない。『ぐーてんたーく!』ぐらいだ。
「あんれまぁ、坊、起きとったんけぇ?」
っ!? 方言、ってか日本語!?
見た目、マジモンの外人さんが喋ってると、めっちゃ違和感が!
ん? てことは、ここは日本なのか?
「んだば、時間もいい塩梅だで、母ちゃんの乳さ飲むべ」
やっぱり日本語だ。怪しい方言だけど。
もしかしたら赤ちゃんが持つ特殊能力か何かで、他の言語が脳内で自動翻訳されてるのかも、とか一瞬思ったけど、口の動きと聞こえる音に違和感が無い。間違いなく日本語を喋っている。どういうこと?
なんて考えてたら、ベッドから持ち上げられてた。
そのまま女の人はベッド脇の椅子に座り、右腕で俺を抱きかかえるように膝へ乗せる。そして、おもむろにベストとシャツのボタンを外し、ボロンと……おおう!? 下着付けてへんやん! 推定Cや!!
「ほれぇ、だば、右からだぁ」
いや、奥さん、アカンって、まずいって! 旦那さん帰って来よるって!
なんて言っても、食欲には勝てない。色欲じゃないよ? ほんとだよ?
赤ちゃんはまだ理性が弱いからか、さっきから空腹感を通り越して飢餓感がものすごい。これは本能なのでしょうがない。
と言う訳で、失礼して遠慮なく。
◇
ごちそうさまでした。
なんていうかね、薄い低脂肪乳にちょっとコンデンスミルク足したような? うん、栄養はありそうな味だった。満腹です。
背中をポンポンと叩かれて『けぷっ』としたあと、またベッドに寝かされる。
「ん~、まだ出ちゃいねぇみてぇだな」
股のあたりをクンカクンカされてしまった。いやん。ちなみに、おむつだけは柔らかい布製で、その上に簡素な縫製の産着が着せられている。
「だば、また畑さ行ってくるだで、いい子にしどげ?」
ほっぺたを指先でプニプニされる。ちょっと荒れた硬い指先だけど、愛情を感じる。悪くない。
ふむ、どうやらウチは農家らしい。例のコミュニティなら自給自足は当然だから、農家でもおかしくはない。
しかし、日本語というのが謎だな。そんなコミュニティが日本にあるなんて、聞いたこともない。外国で日本語を使う理由もないしな。
……こういうのはどうだろう。
ここはやっぱり日本なんだけど、実はものすごく未来だった、とか。
国際化が進んで極普通に外人が日本に住んでたけど、世界的な天変地異かなんかで文明が衰退、長い年月が経つうちに中世レベルまで戻ってしまった、とか。
可能性としては、無くは無い。死んでからすぐに転生したとは限らない。何百年と経過していてもおかしくはない。
とにかく確認だ。
今はまだ赤ん坊だし、出来ることなんてほとんどない。親の話を漏らさないように聞いて、どんな状況なのか確認できる判断材料を集めよう。今後の方針はそれからだ。
ん? ドタドタとドアのほうから足音がする。誰か来たか?
母親も気付いたようで、ドア前まで歩いていく。すると勢いよくドアが開き、やはり中年の男が入ってくる。ずいぶん慌ててるようで、息が荒い。
「あんた、そげぇ慌てて、どねぇしただ?」
ほほう、この男が俺の父親ですか。
背は百八十センチにちょっと足りないくらい。襟なしの生成りシャツの上にはやはりブラウンのベスト、下はシンプルなベージュの綿パンだ。少し丈が短い。
ボタンの開けられた胸元や捲られた袖から覗く腕は、引き締まって日に焼けている。腹が出ているようでもないし、細マッチョと言っていいだろう。
顔は、やはり彫りが深く、涼しげな眼もとに筋の通った鼻梁。面長で、ともすれば優男に見られそうだけど、あご先のひげのおかげでワイルドな印象を受ける。
髪は淡い金髪で、ボブカットほどの長さをポニーテールのように後ろでまとめている。
つまりイケメンだ、爆ぜろ!
いやいや、父親がイケメンってのはありがたい。俺にもその血が流れてるってことだからな。ちょっとくらいなら将来に期待してもいいってことだ。
「森から魔物が出ただ! 今、デントが旦那様に知らせに行ってるだ! おめはここで坊と隠れてろ! おらぁ、旦那様を手伝ってくるだ!」
……。
……え?
魔物ぉ!? ってことは、ここは異世界!? マジでえぇ~っ!?
あ、びっくりしたらちょっと出ちゃった。いやん。
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