第22話 小悪魔編集ちゃんと悪魔編集長

 というわけで束の間の休日を過ごした俺は、気持ちを新たに執筆を再開する。


 今回もかなり不本意ではあるけど、例のコスプレ大会を参考に文字数を稼いでいく。ティアラ氏には、コスプレを駆使して主人公にあの手この手で迫るちょっとおバカなサブヒロインとして登場していただくこととなった。


 翌日も、さらにはその翌日も俺は咲夜と二人三脚で原稿を進めていく。


 そして、


「先生、凄いです……。今日は初日の倍のペースで書けてます」


 原稿の進みは順調だ。正直なところ順調すぎて怖いほどに。


「おかげさまでな……けど、本当にこんな内容で大丈夫なのか?」


 気がつくと、10万文字のうち8万文字まで書き上げることができた。が、なんというかドタバタ過ぎて本当にこんな内容で大丈夫なのかという心配が常時俺の頭を過る。


 が、そんな俺の心配もよそに、セーター作りも終盤に差し掛かった咲夜は楽観的だ。


「大丈夫です。ラノベの読者なんて可愛いイラストと可愛いヒロインがいれば文句なんて言わないんですから」


「おうおう、とんでもない暴論ですなぁ。その満身が今のにゃんにゃん文庫の惨状なんじゃないですかね?」


 というラノベ読者全てを敵に回すような咲夜の発言に肝を冷やしていると、彼女は俺の肩越しにノートパソコンを覗き込む。


 だから近いんだってば……。


 そして、俺が3時間もかけた原稿をものの5分で読み上げた彼女は、首を横に向けて笑みを浮かべるとうんうんと頷いた。


「ヒロインたちも可愛く描けていますし、会話のテンポも軽快で素晴らしいです」


 それが本心なのか、俺をモチベーションをあげるための優しい嘘なのかはわからないけど、担当編集が良いというのであれば、まあそれでいい。


「このペースで書けば明日にはなんとか完成できそうですね」


「まあ順調に行けばな」


 例のロボトミーテクニックのおかげで俺の執筆スピードは飛躍的に伸びている。あと2万文字と聞けば途方もない文字数に感じるけど、今の執筆ペースでいけば無理な文字数ではない。


 できるならば、とっとと原稿を書き上げて楽になりたい。


 なんて皮算用をしていると、彼女は俺の肩に手を置いて俺の肩を揉みながら「えへへっ……」と笑う、


「いっそのこと今からお疲れ様会を開きましょう。ぱーっと飲んで、原稿完成を前祝いしちゃいましょう」


「なんで自ら死亡フラグを建てなきゃいけないんだよ。お前が飲みたいだけだろ……」


「大丈夫ですよ。今日のペースの半分の力があれば完成します。というわけで飲みましょう」


 というと彼女は立ち上がって冷蔵庫へと駆けていく。そして、中から缶ビールを2本取り出すと「♪ふっふふ~んっ!!」と鼻歌を歌いながら戻ってきて、俺の真横に腰を下ろした。


 やっぱり飲みたいだけのようだ。


 まあ、今日のノルマは達成したし、少しぐらいなら飲んでもいいか。


 なんて考えながらグラスに注がれるビールを眺めていたが、


♪ピンポーンっ!!


 と、そこで我が家の呼び鈴が室内に響き渡った。


 時刻は午後10時である。その非常識な訪問者に俺と咲夜は顔を見合わせた。


「こんな時間に誰でしょうか?」


「さあな、新聞の勧誘かなんかだろ」


 まあ新聞の勧誘にしては少々訪問が遅いような気もするが、ありえない時間ではない。


「まあこんなときは居留守を使うのが無難だな。向こうだって心得ているはずだからすぐにいなくなるよ」


 なんて言いながら再び咲夜の注ぐビールを眺めていた俺だったが、


♪ピンポーンっ!! ピンポンピンポンピンポンピンポーンっ!!


 ドンドンっ!!


♪ピンポンピンポンピンポンピンポーンっ!!


 あー怖い怖い。


 その狂気的に鳴り響く呼び鈴の音に、俺が震えていると隣の咲夜が「ひゃっ!?」と慌ててビールをテーブルに置くと俺の腕に縋りついてきた。


 彼女は怯えたように俺を見上げると「先生、怖いです……」と助けを求めてくる。


 おやおや、咲夜さんったら、


「咲夜さんや、自分の過去の行いを棚上げしすぎやないですか?」


 きみはあれかい? 自分が初めて俺の家に来たときのことをもう忘れちまったのかい?


 自分の行いを棚上げにして怯える咲夜を俺は冷めた目で見下ろしてやった。


「先生、怖いです……」


 いや、話を聞けやっ!!


 どうやらそれはそれ、これはこれの精神で生きているようだ。彼女はさらに力強く腕に縋りつくとなにやらありがたいものを二の腕に押し付けながら「先生、出てください……」と頼んできた。


 そんなことをしている間にも呼び鈴は鳴り続ける。


 そんな音を聞いているうちに俺の恐怖心は徐々に怒りへと変わっていく。


 よし、ここはガツンと言ってやるか。


 ということで俺は咲夜の腕を振りほどくと玄関へと歩いていく。


「こんな時間に誰ですかっ!?」


 と、苛立った声でドアの向こうがわにそう尋ねると、そこでようやく呼び鈴の音が止んだ。


 そして、


「誰でしょう?」


 とひどく聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。


 この声は……。


「そんなことより開けて?」


「名乗らないなら開けないですよ」


「もうさっくんったら、本当はわかってるくせに」


「わかってるから開けたくないんです。あとさっくんってなんですか?」


「そんなの五月晴れのさっくんに決まってるじゃない。ねえ開けて?」


 やっぱり社長兼編集長の高崎美々のようだ。


「ったく……」


 と、俺はため息を一つカギを開けると、ドアを開く。すると、そこにはスーツ姿の爆乳美女がニコニコとご機嫌そうに笑みを浮かべながら俺を見つめていた。


 のだが、


「さっくんっ!! おひさしぶりっ!!」


 と、彼女は元気よく俺に挨拶をすると、そのまま両手を広げて俺をぎゅっと抱擁してきた。


「ぬおっ!? や、やめろっ!!」


 俺は彼女に顔面を胸に押し付けられる形できつく抱擁される。


 や、やわらかい……けど苦しい。


 という幸せと不幸の二律背反した思いを抱きながら抱かれていると、突然、ぱしゃっ!! というシャッター音が聞こえて、俺の体は解放された。


 直後、編集長は俺にスマホの画面を見せると「はい、証拠写真っ!!」と彼女の胸に顔を埋める俺の画像を見せてきた。


「や、やられた……」


 カラメル先生よ。きっとあなたもこれに似た手口で陥れられたに違いない……。


 顔が青ざめていくのを自覚しながらも美人局編集長を見やる。


「で、夜分遅くに何の用っすか……」


「まあそれはおいおいね。それよりも愛しの咲夜ちゃんはどこかしら?」


 彼女はそう言うと、例の小悪魔編集ちゃんを探し始める。すると、奥から咲夜が姿を現した。


「あ、編集長。こんばんはです」


 と、奥から現れた咲夜に編集長の目がハートになる。靴を脱ぐと慌てて咲夜のもとへと駆け寄ると、俺同様にぎゅっと彼女を熱く抱擁した。


「あら~咲夜ちゃん。今日も可愛いわね」


「へ、編集長っ!?」


 と、突然ハグされた咲夜は目を丸くするが、そんな咲夜にかまわず編集長は彼女をぎゅっと抱擁しながら頭をわしわしと撫でる。


「咲夜ちゃんよしよし」


「編集長……ちょっと恥ずかしいです……」


 と言いつつもなされるがままになる咲夜氏。そんなのが10秒ほど続いたところで、ようやく編集長は満足したのか、彼女から体を離した。そして、恥ずかしげもなく咲夜の胸を凝視すると首を傾げた。


「あら? ちょっと会わないうちにまた大きくなった? さっくんにいっぱい揉んでもらったのかな?」


 おうおう、何言ってんの? この変態女。


 そう言ってあろうことか編集長は咲夜の胸を鷲づかみする。


 おいっ!!


「へ、編集長……んんっ……」


 と、編集長からの不意打ちに咲夜は頬を真っ赤にして下唇を噛みしめた。


「あら、咲夜ちゃんったらここが敏感なのね? もっと意地悪しちゃおうかしら?」


 そんな光景に絶句していると、不意に編集長は手を止めて俺に顔を向けた。


「てめえ見せもんじゃねえぞ……」


「いや、見せつけられてるんだよっ!!」


 なんちゅうも見せてくれてるんだよっ!!


 と、そこで咲夜は恥じらいながら俺を見やった。


「先生、そんなにじろじろ見ないでください……。こんな顔見られたら私、お嫁にいけません……」


 久々に会った編集長は相変わらずのご様子でした……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る