#OPENing STAGE-5; 遊び人、〝おんなのこ〟になる!


 神の時代を耐え抜いたという神遺物アーティファクトごと辺境伯を消し去った後。


 アストがふらつく身体をどうにか支えていると、後方からエルフの姫の声が聞こえてきた。


「はあ、はあ……よかった、ご無事です、かっ」


 息を切らしながら駆けてきた彼女は、アストの姿を見て安堵の表情を浮かべる。


 ――ピンチに駆けつけてくれたのは、王子様じゃなくて〝お姫様〟だった。


 叶うわけがないと諦めていたおとぎ話を〝現実〟にしてくれた目の前の美少女――アストに、エルフの姫は羨望以上の熱い眼差しを向けた。


 しかしアストは振り返ることなく、


「すまないが……今は、方がいい」


 などと言い捨てると、そのままふらりと地面に倒れこんでしまった。


「ふあっ!」エルフの少女は慌てて近寄って、その華奢な身体を抱きかかえる。「大丈夫ですかっ」


「近寄らないでくれと、言っただろう――


 エルフの姫は優しく微笑んで、「望むところですっ。あたしはあなたにを救っていただきました――すこしでも、恩返しをさせてください」


「そう、か……」


 アストはその言葉に安心したのか、短く息を吐いて全身の緊張を解いた。

 身体を預けて完全に無防備になった彼女は、とても先ほどまで〝異次元の魔法〟を繰り出していた人物と同じにはみえない。


 一日中動き回って疲れ果て、帰り道で微睡まどろみと戦うひとりの無垢な子どものようだった。


(本当に、お人形さんみたい――)


 人間の理想が詰め込まれた、精巧な作り物のような少女にふと見惚れていると――

 その少女が頬に向かって手を伸ばしてきた。


「ふやっ!?」


 急に顔を触れられたエルフの姫が驚きの声を出す。

 背けた目をもう一度アストに向けると、とろんとした瞳の彼女と視線が合った。


「あ、あのっ! どうか、されましたかっ? ええと……あ」


 目をぐるぐると回しながら困惑していたら、アストの様子がこれまでと異なることに気が付いた。

 なにが起きようが一切動じなかった頃には見られなかった〝頬の赤み〟に加えて、呼吸も早くなっている。


 アストはエルフの姫の頬を指先で妖艶に撫でながら、息を漏らすように言った。


「噂に違わない――やはりだ」


 その一言に。 

 エルフの少女の頬も、負けじと真っ赤に染まった。

 緊張と嬉しさと驚きで全身を硬直させていると、アストが続けた。


「さっき、恩を返してくれると言ったな」


「……は、はいっ」


「それなら――ひとつだけ、頼まれてくれないだろうか」


 エルフの少女は、条件反射的にこくこくと頷く。「あ、あたしにできることなら、なんでもっ」


 アストはそこで、微かに口角を上げて、


「よかったら、なんだが――」


 熱を帯びた視線を彼女は、とエルフに向けて。

 上目遣いで。頬を赤く染めて。


 言った。


「その……俺のことを――?」


「……ふえっ?」


 目をぱちくりしながら聞き返すが。

 アストは、これまでの淡泊な態度とはまるで真逆の〝女の子らしい〟仕草で。


 恥ずかしそうに身をよじりながら、続ける。


「すまない……んっ♥ このままだと――身体が火照って、仕方がないんだ、


 語尾に辺境伯による≪洗脳魔法≫の影響を残したまま。


 と放たれたその一言に。


 エルフの少女の思考が、混乱を極めた。

 この子は本当に先ほどまで大魔法を軽々と扱っていた少女なのだろうか?

 そもそも〝きゅーっと〟という言葉の意味はどういうものなのか――


 もう一度、腕の中の少女に視線を落とす。

 彼女は妖艶な吐息まじりに、『よくも俺をこんな身体に……』『開発元カミサマに、をつけてやる……』『むぅ……頭が、ぼうっと……んっ♥』などとうわごとのように呟いていた。


 淫靡いんびにも映る少女の仕草に、エルフの姫の心臓も早鐘を打ち始めた。

 頭の中がじっとりと熱を帯び、目がぐるぐるとまわり、やがて――


 困惑の叫びが、口をつく。


「――ふえええええええっ!?」


 ここはおとぎ噺の世界じゃない。

 エルフの姫はあらためて思う。


 しかし自分を助けてくれた人形のような美少女は、目の前で頬を赤らめながら。


 ――俺をきゅーっとしてくれないか?


 などと。

 おとぎ話にしては刺激の強い〝お願い〟をぶつけてきた。


 どんな理由があるかは分からない。

 もしかしたら彼女は、毒の果実を勧める魔女かもしれないし。

 人間のふりをした悪魔なのかもしれない。


 それでも、とエルフの姫は思う。


 助からないはずだった自分を救ってくれた彼女のために。

 まるでのために。


 もう一度――おとぎ噺みたいな世界を信じてみよう。

 そう想いながら。


「――ふふっ」


 エルフの姫は小さく息をして。微笑んで。


「かしこまりました、っ」


 目の前で溶けるような眼差しを向けてくる――自分よりもずっとずっと小さなお姫様を。


 きゅーっとその腕で抱きしめた。

 



     ♡ ♡ ♡




 そんな最強の少女と、エルフの王女による出会いとが――


 やがて世界を、救うことになる。






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いよいよ規格外の美少女・アストの冒険が始まります――!


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