#OPENing STAGE-2;遊び人、すごい魔法を受け止める!

 堅牢な作りであろう辺境伯家の主塔の壁をみじんにする衝撃を受けて。



 などと非常識な理由で〝無傷〟を断言する少女を前に、小太りの家臣が叫んだ。


「ふふふふざけるなッ! 受け身でどうこうなるレベルを超えていますぞッ……!」

 

「ヒハッ、まあいい。にしても無傷なのは今となっちゃ幸いだ」辺境伯は目をきらめかせながら、高らかに宣言した。「おれ様は貴様に! この世のものとは思えねえ、その〝完全たる美貌〟――おれ様の手元に置くにふさわしい存在オンナだ」


 しかしアストという、世界の果てに取り残された人形のような美少女は。

 辺境伯の言葉を完璧に無視してエルフの姫と会話を続ける。


「――それで、どうなんだ? お前は〝王女〟ではないのか?」


 長耳の少女は辺境伯のことを気にしつつも、おそるおそる頷いた。


「あ……はいっ。あたしは森人族エルフの国の、第二王女ですっ」


「そうか――よかった。やっと見つけた」


 ここまで動きの少なかったアストの表情が微かに緩んだ。

 アストはそのまま淡々と続ける。


「じゃあ、


「……ふえっ!?」


 まるで緊張感のないその一言に、エルフは体をぴこんと跳ねさせる。


巫山戯ふざけるのも……いい加減にしやがれ!」辺境伯が耐え切れなくなって叫んだ。「さっきから聞いてりゃ『最底辺職』の分際でA級職様おれ様のことを無視した挙句、適当なことばっかほざきやがって! 洗脳魔法スキル――《 嗜好強制ブレイン・パペット 》!」


 辺境伯は再び空中に魔法陣を展開させると、アストに向けて青白い光を放った。


「む? なんだ、これは――


 その光を受けたアストの言葉が――〝鳴き声〟へと変わる。


「にゃあ。にゃあにゃあ……にゃあ」


「ヒハッ! 巫山戯たことばっかぬかすからよ、最底辺職に相応しいき声にしてやったぜ。てめえはヒトですらねえ、卑しい畜生と同じ立場だと自覚しやがれ」


 大声でわらい続ける辺境伯を前にして、アストは。


「にゃあ、にゃあ……あ、あー。ふむ。にゃるほど」


 やはり何事もなかったかのように〝もとの言葉〟を話し始めた。


「面白い魔法スキルだな。理解わかった」


「……んあ?」辺境伯は眉間をひくつかせながら、「は二度も続かねえぜ。なんでおれ様の《洗脳魔法》が効いてねえんだ……?」


「いや、効いているぞ」アストは淡々と答える。「今は少し無理をしているが、油断すると――元通りになりそうだ、


「っっっ! どこまでもおちょくりやがってええええ!」


 辺境伯が怒りをあらわにして飛びかかる。

 じゃらじゃらと仰々しい指輪がまった巨大な手で、アストの頭を乱暴に掴んだ。


「マグレはもううんざりだ! 次はてめえの頭に直接〝洗脳魔法スキル〟をぶち込んでやるよ!」


 しかし頭を掴まれた少女は、ひとつの抵抗も見せずにいる。

 辺境伯は畳み掛けるように続けた。


「出力を加減するつもりはねえ。ヒハッ! 脳みそあたまが壊れちまう可能性はあるが……最悪それでも構わねえ!」


 そうして辺境伯は下卑た微笑を最大級に歪ませて。

 無抵抗のままの少女の頭に。

 魔法陣を通じて《魔力》を送りこむ――

 

 刹那。


 辺境伯の全身に――恐ろしいまでのが走った。


「――ん、あ……?」


 まるで時間が止まったかのような錯覚に陥いる。

 『なにかまずいものに触れた』――その自覚はあるが、その正体が何なのか。

 一体どのような種類のものなのか。

 まるで見当がつかない。


 ――なんだ、こいつは……? 魔力を送り込んだはずが、逆におれ様ごと……こいつの中に、引きずり込まれ……!?


 辺境伯にとって。

 途方もない時間の果てに。

 

「……んがっっっ!!」


 彼は腕ごと千切るほどの勢いで、少女から無理やり身体を引きはがした。

 そのまま後ろへ飛ぶように距離を取り、まるで全力の手合いを終えた後のように肩で息をし始める。


「辺境伯、様ッ?」


「今のは、一体……?」


 周囲には不可解に映った一連の出来事にだれもが首を捻った。

 当事者である辺境伯の表情からは、これまでにあった一切の余裕が消失している。


「なんだ、やめるのか」それでもアストは変わらない口調で、「お前の魔法をまた見られると思ったんだが」


「てめえは一体……?」


 辺境伯は先ほど触れた、少女の得体のしれない〝魔力の底〟を思い出しながら訊いた。


「ん? さっきから言っているだろう。ただのだ」


「あんなてめえが『遊び人最下級職』なわけねえだろうが!」


 くそ、巫山戯やがって、などと何かに憑りつかれたように辺境伯は呟いて。

 そのままふらふらと部屋の最深部に向かうと、壁面に厳かに飾られていた巨大な〝杖〟を手に取った。


「へ、辺境伯様ッ!? 〝神遺物アーティファクト〟をどうするおつもりでッ!」


 辺境伯は両手を天に突き出すようにして、神遺物と呼ばれた杖を構える。


「こうするんだよ――《 我力強制セルフ・ブランディング 》!」


 杖の先端を中心に、先ほどの倍はあろうかという巨大な魔法陣が空に描かれた。

 莫大な量の青白い光が放たれ、辺境伯自身の身体にまとわりついていく。


「ヒハッ……! 神代かみよを耐え抜いた神遺物で、おれ様自身が〝世界最強の魔導職〟でるよう《催眠魔法スキル》をかけさせてもらったぜ。何倍、いや何十倍かもわからねえ。膨らんだ魔力を、一点に……ヒハッ! 集中させる――」


 溢れ出した青白い魔力の渦が、辺境伯の頭上に集約されていく。

 やがてそこには凄まじい轟音を立てる、あまりにも巨大な〝魔力の塊〟が完成した。


「攻撃魔法――《 破壊強制弾ブレイン・ブレイク 》」


「や、やりすぎですッ! なぜ遊び人の奴隷一匹のために……この城どころか吹き飛ばすおつもりですかッ」


「いや……まだだ。


 小太りの家臣の忠告とは真逆に。

 辺境伯は巨大な杖を操って、さらなる術式を織りなしていく。


「禁忌魔法――《 搾取強制チャネル・ドレイン 》」


 その一言でびりびりと空気が震え始めた。

 やがて周囲から放射状に、辺境伯に向かって魔力が吸い寄せられていく。


「ふゃっ!? なんですか、これっ……力が、抜けてっ……」


 エルフの姫に続いて、奴隷の少女たちもその場に倒れこんでいった。


「ヒハッ! これまでに洗脳してきた奴らから魂ごと魔力を引き上げる禁術だ……一匹一匹はゴミでも、命を削りゃ相応の力になる。最期におれ様の役に立てることを光栄に思うんだな!」


 この場にいるだけではない、世界中から無数の光の筋が辺境伯の元へと集まってきた。

 数多の人々の魂を代償に吸い上げられた魔力は無尽蔵に膨れ上がり、ぎりぎりと空間を震わせる。


「ひッ! 終わりだ、なにもかもッ……!」小太りの家臣が顔中に汗をかきながら言う。「敵も味方もない、辺境伯様はすべてを巻き込んで壊す気でいらっしゃるッ……! 一体、小娘ヤツの何がそうさせたのですかッ!」


 だれもが恐れおののくほどの力が集まろうとも。


「まだ足りねえ! 先刻さっき触れたてめえの深淵まで、あと、少し――!」


 辺境伯だけは魔法陣を展開する手を緩めない。

 そしてついに――


「ヒハッ! 


 辺境伯が不敵にわらった。彼は続ける。


「てめえはここで消さなきゃならねえ。おれ様の本能が徹底的にそう警告しやがった――」


 頭上には領国を滅ぼしうるほどの魔力が結集し、はち切れんばかりに膨らんだ巨大な魔球。


 それが辺境伯の叫びと共に――アストへ向けて放たれた。


「触れるすべてを壊して消えろ! 特級攻撃魔法――《 破壊強制弾・極ブレインブレイク・オルタ 》」


 神遺物アーティファクトと自己催眠により強化された分に加え、数多の人間の魂を削り取って吸い上げた魔力。

 それらをすべて凝縮した魔法攻撃が少女へと迫った。


「こ、これが〝別格〟とされるA級職に、神遺物と禁術の効果が合わさった力……あまりにも、が過ぎますっ……」


 エルフの姫が絶望の声を漏らした。

 家臣も含めた周囲のだれもが震え、すべてを諦めかけていた中。


 ただひとり。


 美しく儚い、人形のような少女だけは。

 やはりそれまでと同じように。

 眉ひとつ動かすことなく。


 ゆっくりと片手を前に伸ばすと。


 迫り来る〝絶望〟を。


 完膚なきまでに


「「……へ?」」


 そして完膚なきまでに――



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