第2話 与えられた名と戦う覚悟

「…………『悪魔の書』? 何だそれ」


 ランクだの、何色だのと言われても分からないのに、更に分からない単語が出てきて、俺は疑問をそのまま口にする。すると、金髪男は残念そうな声色であまりにも自然に恐ろしいことを口にした。


「……あーあ、ハズレか。せっかく出会えたSランクだったのに……。もう用はないから死ねよ」

「…………は?」


 瞬間、刃のようなものが俺の方に飛んできて、反射的に避けようとする。が、間に合わねぇ……っ!と思ったのに、ザックが瞬時に真っ黒い剣を出して防御し、飛んできた刃を余裕な顔で受け流す。それを見て金髪男はザックを睨みつける。


「あ? 大人しく殺されろよ」

「まだ契約初日なんでな、簡単に死なれちゃ困んだ。それに、雑魚になんざ殺られねぇよ」

「そんなの俺の知ったことじゃねぇんだよ、なめんなよ。死ねよ!!」


 そう言って俺たちに向けて再び刃を投げ飛ばしてくる。金髪男は本気で俺を殺そうとしている。初めて強い殺意を受けた俺は体が強ばって動けなくなってしまっている。動かなきゃ死ぬと頭では分かっているのにぴくりとも動かない。それに気づいたのか、ザックが俺をひょいっと俵担ぎして、空いている方の手で剣を使って金髪男の攻撃を受け流しながら呆れた声を出す。


「おいおい、しっかりしろよ。死にたくなかったら戦え」

「た、戦えって……そんな簡単に言われても戦ったことなんてねぇから分かんねぇよ!」


 記憶もない、悪魔に関する知識もない、戦ったこともない。そんな俺に一体何ができるというのか。できることがあるなら教えて欲しいくらいだ。俺はザックに抱えられながらも尋ねる。


「そもそも、ランクって、色って何だよ? 悪魔の書?とかいうのも何なん…………うわぁっ!?」

「よっと……あーあ、せっかく用意した家が台無しだぜ。ちょっと外出るぞ」


 そう言ってザックは部屋の窓に向かって勢いよく走って剣で窓を割り顔色ひとつ変えずに飛び降りた。……ってここ何階!?


「25階」


 俺の心を読んだ美しい黒い悪魔はニヤッと笑った。


「うわあああああああああああああぁぁぁ!?」

「五月蝿ぇな……よっと」


 あんな高いところから落ちたのに、ザックは痛がる様子もなくスタッと着地した。し、死ぬかと思った……。ザックは心臓がバクバクして放心状態になりかけている俺を降ろし、気にかける様子もないまますぐ話し始める。


「あいつらが降りてくるまでの時間も僅かだから後でまとめて詳しく説明するが……。簡単に言えば、悪魔ランクは悪魔の持つ力の強さを表す指標みたいなもんだ。んで、そのランクごとに悪魔の色が決められてる。俺が黒、敵の雑魚悪魔は紺色だっただろ?」

「な、なるほど……?」


 つまり、色とランクは悪魔としての強さって意味なのか。…………あれ? 俺はふと金髪男の言葉を思い返して、おそるおそる目の前の悪魔に問いかける。


「ザックってさ……黒悪魔、なんだよな?」

「あ? 見りゃ分かんだろ」

「黒って……Sランクってどんくらい強いの?」

「最高ランクだから一番に決まってんだろ。ちなみにあの紺悪魔はド底辺のDランク」


 それを聞いて俺は青ざめる。ザックが紺悪魔を見て雑魚と言うのに納得がいった。俺、最高ランクの悪魔と契約したのかよ。変な対価を要求されるのかな……? 命奪われたりして……。なんて考えてしまい、体が震える。すると、ザックがまた俺の心を読んで呆れた声を出した。


「命奪ったら意味ねぇだろ。んな雑魚みたいな真似はしねぇよ」


 それを聞いてほっとする。悪魔について少し分かったところで、俺は金髪男が探しているらしい物についてザックに尋ねた。すると、彼は真面目な顔をして告げる。


「悪魔の書は……この世界のどこかに封印されてる禁忌の書物だ」

「禁忌の書物? 何でそんなものが欲しいんだ?」

「それはな……あ。…………ご主人様」


 何かを言いかけたのに、何故か呼ばれて俺は頭にハテナを浮かべた。


「ん?」

「上、避けろよ」

「……上?」


 避けろって何を…………。と思って見上げると、白い糸のようなものと、それを放っている黒に近い青色の何かが見えた。俺は言われた通りにそれを避けた。


 危なっ! 超ギリギリ避けれたぁ!! 遅れたらあの糸に捕らわれていただろう。それに、あの糸を放った人物はおそらく…………。糸が外れた後にズシーンッと、先程見えたもう一方の正体が着地した。


「あーあ、外れちゃったよ。避けてんじゃねぇよ、大人しく俺に殺されろよ」


 正体はあの金髪男だった。でも、待てよ。何かが違う気が…………。彼の容姿を見て俺は違和感を覚えて声をあげる。


「……え、待って、あいつ下半身おかしくない!?」


 金髪男を見て驚愕する。その姿はまるで蜘蛛のように脚が8本あり、人間ではなくなっていた。明らかに異常な姿なのにザックは冷静に呟く。


「ああ、眷属の力を人間に宿した訳か」

「眷属?」


 俺の質問にザックはすぐさま簡単に説明する。


「悪魔にはそれぞれ眷属がいて、その力を借りることができる。もちろん、その悪魔と契約した人間も使える」

「へぇ」

「ただ…………」


 ザックは一旦そこで言葉を切って、真面目な声色で金髪男を睨みながら続きを紡いだ。


「眷属は人間を認めない限りは人間には力を貸さねぇはずだ」


 金髪男はそれを聞いてケラケラと下品な声で笑った。蜘蛛のような姿になったせいなのか、男の元の声にこの世とは思えない響きが耳に残る声になっている。


「へぇ、その様子じゃ気づいてるって訳か。そうだよ、俺は眷属に認められてない。でも、なんでもあげるし言う通りにするって言ったら、快く力を貸してくれるようになった訳よ、すげぇだろ?」


 俺はそれを聞いてぞっとする。眷属は力を貸す相手を認めない限りは力を貸さない。願いを叶えるためには同等の対価が必要である。つまり、悪魔・眷属と人間の関係は常にギブアンドテイクなのだ。『なんでも』なんて簡単に言ってしまえば、人間自分の身が滅ぶに決まっているだろうに、それをいとも簡単に渡してしまえる金髪男を理解できなかった。それはザックも同じだったようで、金髪男に侮蔑の目を向ける。


「すげぇだ? お前、魔界のこと全然分かってねぇな。マジで取るぜ?」

「別にいいよ、俺は『悪魔の書』を手に入れられたらそれでいいんだからよぉ!!」


 金髪……いや、蜘蛛男はそう叫んで俺たちの方に糸のようなものと刃を放ってくる。俺とザックは男の攻撃を避けながら会話する。


「ザック、これじゃらちが明かない! このままだと……」

「ああ、確実に死ぬな、お前」

「死なないようにしたいんですが!?」

「分かってんよ。お前が俺に願えばいい、それだけだ」


 やはり願いを言わなければならないらしい。俺はできれば戦いたくないんだけどな。そもそも俺には戦いの目的も意味もない。


「おいおい、甘ったれんなよ?」


 俺の心を読んだザックは俺を冷たい目で睨みつけてくる。


「お前、なめてんのか? 俺は言ったはずだ。『戦え』ってな。悪魔と契約を結んでこの世界に入ったんなら生半可な気持ちでいてもらっちゃ困る。殺らなきゃ殺られるだけだ、魔界はそういう世界だ」


 夜闇のような美しく、鋭い彼の瞳が俺を貫くように見つめる。「失望させんな」とその目が語っている。俺はザックの視線から逃げるように顔を背けた。


 戦う覚悟なんて全然できてない。

 悪魔と過ごす日々に対して不安しかない。

 俺に何ができるんだ。過去の俺が望んで何もかも失ったのに。


 そう思っていると、ザックは先程までの硬く冷たい雰囲気を解いて、全く違う話題を振ってくる。


「つか、攻撃を避けれてるあたり、いい反射神経持ってんなぁ、……っぶねぇ……名前ねぇと不便だなお前」

「……っ、ご主人様って呼んでるじゃん」

「あ?仕方ねぇから呼んでるだけで、俺がご主人様って呼ぶタイプに見えんのか?」

「見えませんごめんなさい」


 そう言ってザックはしばらくうーんと言いながら考えて、ふと顔を上げて呟いた。


「…………『朔夜サクヤ』」

「え?」

新月の夜って書いて朔夜。どうだ?」


 朔夜……それが俺の新しい名前。


「ははっ、いいけど今日満月だよ?」

「五月蝿ぇ、ぱっと満月っぽい名前思い付かなかったんだよ。文句あるなら自分で名前考えろ」

「ないよ。……朔夜……うん、いい名前」


 そう言って俺はザックに笑顔を向ける。

 何もかも失い、人生二回目とも言える状況に置かれた俺が初めてもらったもの。何もなくてもここにいていいのだと言われた気がして嬉しくなる。誰からも忘れられ、自身からも捨てられた俺に、ザックは存在意義をくれた。おかげで俺の心の中で決意が生まれる。


 もし俺の人生がリスタートするなら、全てを賭けてやろうじゃないか、この黒い悪魔に。

 何も無いのなら、新しく作っていけばいい。魔界?悪魔?知ったことか。悪魔と契約した時点で普通で平和な人生なんて歩める訳ないのだから。


 俺の心を読んだであろうザックは、俺の顔を見て、にやっと笑った。


「……はいはい、気に入ったなら何よりだよ。で、どうする? 朔夜」

「……俺、戦うよ。まだ死にたくねぇ!」

「ふっ、そうこなくっちゃな」

「……でも、戦うとしても丸腰だから、流石に武器くらい欲しいんだけど」


 そう伝えると、ザックは指を鳴らしてナイフを召喚し、俺に手渡してくる。


「俺との契約印が刻まれたスキナーナイフだ。持ってろ」

「それはいいけど、何に使うの?」

「俺に対価を支払う時に」


 命を奪われるのだろうか。いや、奪わないって言ってたよな? え、これは一体何のためのナイフなんだ?とぐるぐると思考をめぐらせている間にザックは話を続けた。


「対価は……そうだな、お前に流れてる血液の15%分」

「…………一応聞くけど、死なない?」

「死にゃしねぇよ。人間は全体の血液の20%以上失わない限り死の危険はねぇさ。貧血は起こすだろうがな」


 20%以上で死の危険あるのに、俺の血抜かれるの15%なんですが?


「お前なら大丈夫だろ」

「何を根拠に言ってるんだ!?」


 抗議するが、それも無駄なことだと分かっている。悪魔との契約はギブアンドテイク。対価がなければ俺は武器すら持つことができないのだ。


 なるようにしかならないのなら、覚悟を決めろ俺。


「ザック、俺に戦うための武器をくれ!」


 そう告げて、もらったスキナーナイフで自分の腕を切ると、手から勝手にナイフが離れて宙に浮く。腕の痛みに耐えながら俺はそれを見つめると、俺の腕から血液が吸い出され、ナイフに刻まれた白色に光る契約印に吸い込まれていく。段々頭がぼーっとしてきて貧血症状が出始める中、ようやく血液の吸い出しが終わったのか、ナイフの契約印から光が消え、白色から赤色に変化するのと同時に、急に腕の痛みがなくなる。見てみると、切ったはずの腕には傷跡ひとつなく元通りになっていた。 スキナーナイフはザックの方に浮遊して彼の手に戻ったと思えば、彼の手に吸い込まれ消えてしまい、ザックは不敵に笑った。


As you wish仰せのままに……きちんと対価は頂いたからな、相応の武器をお前に与えてやる」


 ザックがそう言って指を鳴らすと、ナイフの契約印が光り輝き、そこから銀色に輝く片手剣が召喚された。俺の前で浮遊するその剣についてザックが説明する。


「そいつは、魔剣・銀狼ぎんろう。俺の眷属が宿った剣だ。お前がつかを握った瞬間、剣による試練を与えられる。合格すればお前に従って力を貸してくれる」

「……不合格だったら?」

「お前の体は魔剣に奪われる。ま、簡単に言やぁ、死ぬってこった」


 生きるか死ぬかしかないのかよ……。


「俺は心配してねぇよ。俺を呼んだんだ、素質はある。試練中くらいはお前をこの雑魚から守ってやんよ」


 俺の心を読んだザックが余裕そうな顔で笑った。

 状況は絶望的で、あまりにも自分が知っている情報が少なすぎるが、やるしかない。殺らなければ、こっちが殺られる。俺は深呼吸を1回して覚悟を決めて柄に触れた。その瞬間、剣は眩い光を放ち、俺はその光に飲み込まれた。



 *    *    *    *    *



 朔夜に魔剣を授けた俺は、Dランクの紺悪魔とその主人と対峙していた。雑魚どもは俺を睨んでくる。


「さっさと死んでくんねぇかな? Sランクでも逃げてばかりで腹立つんだよなぁ」

「雑魚はキャンキャン吠えてうるせぇな。避けられる攻撃しかできてねぇだけだろ。だから雑魚なんだよ」


 そう嘲るように言うと人間の方の気に障ったらしく、顔に青筋を立てる。


「……っ、この黒悪魔、ぶっ殺す……っ! ゴーゼン!! もっと力を寄越せ!!」

「了解」


 あーあ、挑発に乗っちまった。しかも眷属の力を眷属に認められてもいない人間にまだ注ぐか。そのせいでどうなるかなんて、結末はたった一つだ。俺は溜息をつきながら独りごちる。


「そういうとこが雑魚なんだよな……相手すんの超めんどくせぇわ」


 ま、試練中は守ることも込みで対価をもらったんだ。その分はちゃんと働く。だから、ちゃんと戻ってこいよ、朔夜。それまでは……。


「この俺がお前らと遊んでやるよ」

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