第5話 伯爵の考え―前編―

――アース伯爵視点――


――数日前――


 まさか、あの手紙にOKの返事をしてくれる貴族令嬢がこの帝国にいようとは…自分で送ったものではあるものの、正直驚きを隠せなかった。これだけ自身に関する悪い噂を流しているというのに、僕と婚約をしてくれるというそのエステルという女性は、一体どんな人物なのだろうか…?


「しかしまさか、お前と婚約したいという物好きな女が現れるとはな」


「ぼ、僕だっていまだに信じられない…」


 忠実なる従者であるジンもまた、僕と同じ考えのようだ。ジンは僕を支えるため、皇帝府からここまではるばるついてきてくれた。今はこの屋敷に何人かの部下を従えて共に暮らしている。口の利き方こそ乱暴なものの、その忠誠心と能力は本物だ。

 元々この生活は、帝国皇帝たる父上とともに話し合ったうえで決めたものだ。皇帝府でなんの壁にぶつかることもなく、ぬくぬくと育つ僕の将来を不安に思った父上は、一旦僕を皇帝府の外に出し、一地方貴族として経験を積ませ、皇帝の名に恥じない立派な男とするためにこのような方法をとり、僕もまたそれに賛同した。おかげで皇帝府にいた時には見えなかった貴族間の癒着ゆちゃくや不正、帝国国民との間に起こる摩擦まさつも見えるようになった。

 しかしこうなると困るのが、共に帝国を導く婚約相手だ。地方貴族は中央の貴族ほどではないにしろ、婚約をしたいという相手は無数にいる。その中からふさわしい相手を見つけ出すのは、はっきり言って現実的ではない。父上には人を見る鋭い目があるけれど、一人一人に会ってもらう時間なんてない。

 そこで僕が考えたのが、あえて悪評あくひょうを流して評判を下げる方法だ。僕の正体など知らない上に、これほどマイナスな評価の男であっても婚約したいという、言ってみれば普通ではない神経と根性の持ち主こそ、ともに帝国の未来を築いていくパートナーとして、ふさわしい素質の持ち主であると考えた。これをジンに相談した時、彼もまた良い考えだと言ってくれた。

 しかし結果は当然ともいうべきか、反応は最悪だった。返事が来ないことなどざらにあり、中には攻撃的な言葉をつづったものもあった。この方法で相手を決めるのは厳しいかと、諦めかけていた矢先の出来事だったのだ。


「…ねぇジン、エステルさんってどんな人だと思う?」


 自分が始めておいて何ではあるが、正直胸の内はざわざわしていた。そんな僕の表情を見て、ジンはジト目で言葉を放った。


「…とても普通ではありえないような出会い方をした女性だ。きっとこれは運命だったのだろう。であれば、誰よりもお前が彼女の事を信じてあげなければいけないのではないか?」


 ジンのその言葉を聞いて、心がはっとさせられる。…全くその通りじゃないか。僕が彼女を信じなくて何になる。


「まぁとにかく、俺たちは一旦引き上げるよ。しばらくは二人で暮らしてみると良い」


 僕は了解の返事を告げ、早速彼女を迎える準備に入ったのだった。

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