第15話 シアという少女
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………
どうにか〈魔弾〉を耐え凌いだ優たち。すぐに、魔獣が巨体を揺らして駆けてきているのが震動でわかる。
「ギリギリ、でした……」
祈るような体勢でシアが呟く。彼女の“思い”がこもった〈創造〉でギリギリ。優や春樹ではとても耐えられなかった。とは言っても、敵は第2、第3の攻撃を仕掛けに来ている。
「でも、俺たちの勝ちです。シアさんがいてくれて、良かった」
確信に近い、優の言葉。この〈魔弾〉に耐えられるかどうかが、最大の山場だった。そしてその峠を越えた。
「私がいて、良かった……?」
シアの口から小さく言葉が漏れる。しかしそれは、シア以外の耳には届かなかった。
「優、どういうことだ……?」
状況が全く分からない春樹が優に尋ねる。彼からすれば、まだ魔獣の脅威は去っていないように見える。そしてそれは、子供たちも同じ。
大きな衝撃が、ドームを襲う。魔獣の攻撃だ。それを受けて、どうにか形を保っていたクローシュが一部壊れる。そこから見えた魔獣の異形に、子供たちが怯える。
さらにもう2発の攻撃を受けて、ドーム状の盾は完全に役目を終えた。
こちらを見下ろす犬の魔獣。体に色々付属品がつき、体が3回りほど大きい。股間辺りに足も1本増えていた。
シアを見つめるその顔と、お腹からは生臭いよだれが滴っている。危機的状況。しかし、魔獣越しに見上げた空。雨の止んだ曇天に、小さな影が見えたことで優とシアは確信した。
「俺が〈探査〉をするので、シアさんはできれば小さい〈魔弾〉を」
魔獣の背中という死角をつくことが出来ている。ここから背中を確認することはできないが、上空の影に反応していないことから、そこが死角になっていると予想できる。あとは、魔獣の魔法的な感覚をごまかすだけ。ついでに油断も誘いたい。
それぞれが魔法を使用し、魔獣の気を引く。もとより変態直後で極度の空腹であろう魔獣。シアという極上の餌を前に、明らかに油断しているようだった。
結果。無防備にご馳走に食らいつこうとした魔獣の首を――
「――よくやった」
言って、上空から降ってきた進藤が、手にしていた刀で一刀両断する。
その姿はまるで——。
小学校の頃。涙で見えなかった英雄が敵を倒すその姿を。
改めて今、見ることができたような気がした優だった。
マナで強化された魔獣に傷を負わせるには、自分自身で武器を振るうか、創り出した武器を打ち出すことになる。特に後者は高密度のマナを武器に込める必要があり、実践レベルで使える人は魔力持ちや天人といった魔力が高いものに限られる。優や春樹のようなその他、多くの一般人は、創り出した武器をおのずから振るって力を加え、ダメージを与える戦い方になる。
そして、魔獣に有効打となるかどうか。それはひとえに、経験の差によるものが大きい。自身が振るった武器が、魔獣に対してどのような効果を発揮するのか、どのような傷を負わせられるのか。そうした“結果”を想像して、マナに込められるかどうか。それが魔獣討伐では重要になる。
そのイメージを構築するには何度も魔獣と戦い、勝利する必要があった。成功体験を積み上げることで魔獣と自身の魔法を知り、想像力を鍛える。特派員とは、そうした魔獣討伐を想像する力を培った人々であるとも言えるだろう。
そうした違いが、シアと進藤の違い。シアが全力でマナを込めた魔法をもってしても有効打を与えられなかった魔物が、より少ないマナで創られた進藤の刀によって討伐できた理由だった。
それら進藤によって語られた魔獣討伐の基礎。本来はもう少し先。本格的に魔獣と交戦する夏休み前あたりの授業で語られる内容だったという。
それを聞いて優にはちょっとした希望が湧いた。たとえ魔力が低くても、ことと次第によっては魔獣を多く屠れるのだと言われている気がしたのだ。
「魔獣と交戦し、生き残って、イメージを掴んだ。そういう意味で、お前たちは他の同級生より何歩も特派員に近づいたと言える」
進藤が一番ガタイの大きい春樹を担ぎながら、優とシアが貴重な経験をしたのだと説明する。春樹は気を失っているようだった。魔獣の危機は去ったとはいえ、失血も激しい。急いで治療する必要があるという判断だった。
なお、周囲の魔獣は教員たちがセルを作って対応しているらしい。じきに討伐されるだろうと優は安心する。
「不測の事態によく対応したな」
進藤からお褒めの言葉を頂いた優としては頑張った甲斐があるというもの。とはいえ、ほぼ全てがシアの手柄ではあるとも優は思っていた。
シアもシアで、進藤の言葉を素直に受け取ることが出来ない。
「いえ……。わたしの啓示のせいで、下野君やジョン君が犠牲に……。それに神代さんも」
この状況を作ったのは自分だ。ひょっとするとさっきの状況を切り抜けたことすらも【運命】の影響かもしれない。自分で危機を演出して、他人を巻き込みながら最後は結局、自分で解決してしまう。なんというマッチポンプだろうか。せめてその過程で出た犠牲に天人として、責任を負う必要がある。
そうしてまた、下を向こうとするシアに、
「大丈夫です」
「……え?」
優は自信を持って答えた。
「下野とジョンは正直、分かりません。でも、魔獣が最初に戦ったイノシシの魔獣と同じか少し強いぐらいなら、天は間違いなく、大丈夫です」
「どうして、そう、言い切れるんですか?」
優は自分の実力を信じることはまだまだできそうにない。それは魔獣を倒した今も変わらない。そもそも魔獣を相手取ることが出来たのは、ほかでもないシアのおかげに違いないからだ。
でも、優は誰よりも、天を信じることが出来る。魔力持ちであるかどうかに関わらず、天は間違いなく、天才と呼ばれる人種だ。すべてをそつなく、つつがなくこなす。ずっと一緒に生きてきて、彼女が苦労しているところを優は見たことがない。たとえ陰で努力しているのだとしても、それを見せない、思わせない天の振る舞いを優は格好いいと思うし、憧れている。だから、
「信じてますから」
雲間からのぞいた太陽を背に、優は言い切る。もし春樹が起きていれば、シスコンだと揶揄されただろう。
しかし、シアとしてはそれを素直に受け取るわけにはいかない。
「『信じてる』って……そんなの、願望じゃないですか……!」
信じる。責任を放棄し、ただ己の願望を押し付ける行為。シアはそれが嫌いだ。あるいは人間である優には許されるかもしれない。それでも、天人である自分がそうするわけにはいかない。
言葉に少し怒りをにじませたシアの言葉に、優は意外そうな顔をする。そして、戦闘中も常に冷静であろうと、ほとんど変えないようにしていた表情を、ほんの少しいたずらっぽいものに変えて、
「魔獣と戦っている時、シアさんもずっと、俺を信じてくれてたじゃないですか」
シアも信じてくれていたのではないかと、確認する。
「そんなはずありません! 私がいつ、どこで、どのようにそんな無責任なことを?!」
「……えっと、冗談、ですよね?」
シア本人は自覚していないようだと、優は本気で驚く。天人であるシアはてっきりそのあたりを自覚して、あるいは、優を試しているのかとも思っていた。小屋に戻る直前で見せた表情など、最後の方は少し違うかなと思うこともあったが……。
あるいはこれも、優という人物を計るための質問かもしれない。そう考えなおし、真剣に応える。
「自分1人でも魔獣を倒すことが出来たのに、終始、俺に作戦立案を任せてくれました。それに文句も疑問も挟まず、従ってくれました。結果、1体目の魔獣を倒してくれましたし、魔獣の攻撃をしのぎ切るだけの盾も作ってくれました、よね?」
これを信頼と呼ばずして、なんというのか。優を利用した、という見方もできるが、この状況で強者のシアが弱者である優を利用する意味はほとんどない。むしろ、優に利用されに来た形だ。となると、“元”神である天人としてシアは、人間である優の人間性、あるいは実力を試しているのだと考えていた。
優の説明をシアは何度も反芻して、先の戦闘を思い返し……。
なるほど、信頼、あるいはもっとひどい、依存と言われるような状態にあったのだと自覚し、赤面する。多くの決定を優に一任し、自分は彼の指示に従うだけ。それらは全て、シア自身が心のどこかで、責任ある死を望んでいたことを示してもいた。
なんて無責任なことを!
しかもそれを自覚せず、あまつさえ命の恩人ともいえる優に怒りをぶつけてしまった。顔が、耳が、熱い。
「ついでに言うと、今回犠牲者はいない。恐らくこいつが一番の怪我人だ」
学生2人のやり取りを静かに見守っていた進藤が、今回の魔獣襲撃による犠牲が無いことを補足する。こいつとは、背中に担いだ春樹をさしていた。
ジョンも幸助も天も。もうすでに犠牲になったのだと思い込んで、1人で絶望していたのだ。
かつて両親から
『詩愛ちゃんは少し、思い込みが……オホン、責任感が強すぎるのかもしれないわね』
『きちんと自分というものを見て欲しんだがな』
と呆れられたことを思い出しながら、
「恥ずかしい……」
シアは赤面した顔を隠すように、へたり込むのだった。
その場に崩れ、耳まで赤くしながら顔を隠したシアのその様を見て、ようやく優は彼女の人となりが見えてきた気がした。
「天人って、それこそ超越的な人たちだと思っていたんですが……」
角度によって濃紺に見える碧色の目に黒髪。細く通った鼻は高すぎず、日本人好みする顔立ち。マナの色も含めて神秘的な雰囲気。魔法を使えば軽く人間を凌駕し、権能を使えば奇跡に近い現象を起こすことが出来る。
しかしその実、責任感が強く、思い込みが激しいタイプなのだろう。いつも気を張っているのかと思えば、外地という危険な場所で騙され、子供にせがまれたとはいえ騙した当人たちとトランプをしてしまうようなお人好し。あるいは楽天家。
恐らくそこに、優が思うような深遠な考えなどないのだろう。
シアは両親について口にしていた。恐らく養子として育った、生まれたての神だったのだろう。であるならば、見た目に反してその精神的な年齢は優たちよりもずっと幼いのかもしれない。
いずれにしても。
『自分以外を信じている』。
その点だけは、優は自分に似ているなと親近感を覚える。こうしてみると、あらゆる物事に直感的に対応できてしまう天の方がよっぽど、人間離れしているに違いなかった。
「お前たち、魔獣を倒しただけあって余裕だな。そろそろ行くぞ」
進藤の言葉で、優は自分が油断していたのだと気づく。それはシアも同じ。進藤が直接そのことを指摘しなかったのは、初めての外地で魔獣を討伐し、子供と負傷者を守って見せた2人の疲労を慮ってのことだった。
まだ近くに他の魔獣がいるため、子供たちもひとまず内地に運ぶ必要がある。気持ちを切り替えた2人は〈身体強化〉を使用して、マイクとマットを優が、ケリーをシアがそれぞれ抱える。
「遅れるなよ」
そう言って駆けだした進藤の後を追う。雨が上がったとはいえ、ぬかるんだ地面。加えて、魔獣と戦闘して疲労した優たちでもどうにかついていくことのできる速度。
それら大人の配慮を感じながら、数十秒後、優たちは境界線を飛び越え、無事内地にたどり着いたのだった。
………
●次回予告(あらすじ)
どうにか外地演習を乗り切った優。ケガを治療し、ようやく手にした日常を謳歌する。しかし同時に、戦闘の熱が冷め、その日常が本当にたまたま手にした物であることも実感することになった。
(読了目安/6分)
………
※シアは皆様のヒロインになっているでしょうか? また、当時は特派員の姿すら見えなかった優が、ようやく“理想”を捉えるまでに成長しているのだと表現してみました。
次回は戦闘から離れたいわゆる日常回というやつです。
………
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