第3話
「ん?」
今日最後の講義を終え、喫煙所で缶コーヒー飲みながらゆっくりと一服した龍が部室へ向かうと、その前で数人が屯していた。
新歓の時期も終わり、新入部員も確定した頃だ。
馴染むのが早い一年生は既に部室に入り浸る様になっていた。
しかし、なかなか馴染めない者も多い、というか普通はまだ馴染めるものではない。
この時期に部室に居場所を作り出す一年生など、普通の感覚から少しズレた人間である。
まぁ、一年前の龍自身がそれに当たるのだが。
「おらー、入り口で止まるなー。他の部活に迷惑になるだろー」
何とも覇気のない、気の抜けた言い方で声を上げる龍。
まだ大学生活が始まったばかりで、緊張状態であろう一年生達への龍なりの優しさだ。
ぶっきらぼうな言い方だが、どこか優し気である。
その優しさに気付いている一年生がいるのかは疑問だが、それでも龍は気にしない。
とにかく尻込みする一年生を部室の中に誘導する。
「あー、すみません!」
「俺に謝らなくていいって。ここ、狭いわりに往来が多いから。お湯入れたカップ麺持って歩く人多いし、危ないよ」
「はい!」
一年生たちは雪崩の様に部室へ入る。
それを見届けた所で、龍も中に入った。
「お疲れー」
「おつー」
龍と同じクラスである藤原と
挨拶を交わしながら自分の荷物を適当な場所に置き、龍は窓のサッシに座った。
龍の定位置、この天文部に入って以来、ココが龍の居場所だ。
「We need music!」
龍はそう言って、1000円程で売っている安物のスピーカーにスマホを接続し、お気に入りのアーティストのアルバムを流し始めた。
ちなみにこの安物スピーカーは一応部室の備品である。
スピーカーから安っぽい音で流れる曲。
滅茶苦茶に歌が上手い訳ではないが、そのバンドの作る出す曲は何処か優しく、それでいて熱いものを感じる。
龍曰く、「軽い溜息の後、困ったような笑顔で肩を叩いてくれる」らしい。
「先輩、そのバンド好きですよね」
先程、部室へねじ込まれた一年生の一人が言った。
彼女は
「うん、なんかよくない?」
「分かります。なんかいいですよね」
どう表現したらいいのか分からない良さを理解してくれているようで、龍は嬉しくなってニッコリと笑う。
「てか龍ちゃん、レポート書いた?」
スマホを眺めていた藤原が龍に訊ねる。
龍たちの通う学科は毎週二回実験がある。
一ヶ月で一通りの実験を進め、翌月の中旬までにレポートをまとめ、それを提出する形だ。
毎週提出する訳ではないのだが、それなりの量のレポートになるので割とキツイ。
龍は実験を得意としているし、提出するレポートの成績もいい。
何せ、一年の一番最初に提出したレポートは、学年で一番いい評価を貰っていた。
元々が実験好きの研究者気質の面があるからだろう、実験中は冗談を言いながらもテキパキを工程をこなし、何処の班よりも早く完了させていた。
龍のいる班は担当教授も一目置いているらしい。
「まだ途中。なんかやる気出ないんだよ」
「だよなー」
「実験って難しいですか?」
荒川の隣に座っていた女子が訊ねた。
彼女は
「うーん、学科が違うから何とも言えないけど、楽しめる人は楽しめるよ。詳しく知りたいなら
永野
偏屈と言っていいレベルの真面目な性格で、冗談が通じない節もある。
何故か分からないが、龍を敵視している様な所もあり、部内では犬猿の仲と言われている。
とは言っても、龍はどうも思っていないので完全な一方通行なのだが。
「永野先輩はちょっと……」
「あれ?好き嫌いはダメだぞ?」
龍は茶化しながら言った。
「いや、好き嫌いとかじゃなく、なんかちょっと怖いというか……」
「それ言ったら龍ちゃんの方が怖いでしょ!顔とかギャングじゃん!」
「藤、名誉棄損だぞ」
「最初は怖かったですけど、龍先輩は話しやすいじゃないですか」
「怖かったんかい!」
そう言って笑う。
龍や藤原は男女関係なく一年生と打ち解けていた。
よく後輩に話し掛け、目を配っているのだ。
「けど、同じ学科の先輩と仲良くした方がいいよ。色々教えてくれるからね、ほら」
龍が顎で部室の入口を指すと、ちょうど永野が入って来た。
「永野はシャイボーイだけど、真面目だから面倒見も良い筈。恐れず進め、
「えー!」
清原は急にオドオドし始めた。
それを見て龍はコッソリ荒川に耳打ちする。
「清原さんについて行ってあげて。多分、苦手意識があるからどう話したらいいか分からないんだと思う」
荒川は龍の方を見てサムズアップし、清原を連れて永野の方へ行った。
「初々しいねぇ」
「オッサンみたいなこと言ってるよ、龍ちゃん」
「ハハハハ」
笑いながら窓から空を見上げる龍。
まだまだ日が高く、観測活動が始まる夜までまだ時間がある。
「暇だな……」
「龍ちゃん、スウィッチ持ってないの?」
「持ってない。据え置き型派なもんで」
「据え置きかぁ」
藤原は鞄から携帯ゲーム機を取り出して電源を入れた。
「据え置きで慣れると、携帯ゲーム出来なくなったわ。グラフィックもボリュームも足りない」
「まぁ、確かに。でも、一年生もスウィッチやってる人いるよ?一緒に遊べる」
「あのね……」
龍は頭を抱えながら言う。
「セクハラやらパワハラが槍玉に上がる昨今、誰が先輩とゲームしたいと思うよ?」
「気にし過ぎでしょ、ねぇ
「え?そうですね!」
急に話を振られたのは一年の
真面目な性格で責任感も強いが、何処か抜けた軽い天然が入っている。
「話聞いてないでしょ」
佐川も藤原と同じく、携帯ゲームで遊んでいたので、適当に返事をしているとしか見えない。
「聞いてましたよ!」
佐川はゲームをポーズにして顔を上げる。
「何の話だったか言ってみろよー」
藤原がニヤニヤしながら佐川を肘で小突く。
「え?龍先輩がセクハラしたって話ですよね?」
「何処をどう聞いたらそうなる!?」
佐川のボケと龍のツッコミの間で、藤原は笑い転げた。
有り余る時間を他愛もない会話で満たしながら、大学生達の放課後は緩やかに流れた。
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