第19話 悪戯

 星華せいか虹王こうおう即位の伝令が宮中を駆け巡った数日後から、それまで絶え間なく行き交っていた星華の目撃情報がぱたりと止んでいた。


その代わりに、宮中では女官や侍官、それに官吏たちまでもが廊下をきょろきょろと見回す様子がよく見受けられるようになり、『虹姫こうき虹王こうおう即位を前に宮廷から脱走!?』だとか、『虹王こうおう、愛の逃避行ランデブー!!身分違い美青年との禁断の恋♡』だとかなどと、あることないことを面白おかしく噂されていた。


ある意味、宮中を歩き回っている時よりも人気者ではあるかもしれない。


............とは言え、その噂の根源は当の本人であるためなんとも言い難いのが本音ではある。


 それは虹王こうおう即位が決まり、戴烏冠式たいうかんしきまでの期間虹烏殿こううでんに篭られることになった星華せいかのちょっとした娯楽(本人にとって)のために星華が発案したものだ。


流す噂の内容を考えている時の星華のにんまりとした表情は、これから一国の王になるという人のものにはとても思えなかった。

鵲鏡さくきょうが止めるかと思えたそのは、鵲鏡の何かを企むような不敵な笑みと共に実行へと移った。


「ねえねえ鵲鏡!『恋人の元へと消えた虹姫こうき!!』とかどう!?」

「そうですねぇ......。それなら、『愛の逃避行ランデブー』とかでもいいのでは??」

「わっはっはっ!!なにそれ、傑作だわ〜!!!これで一週間は笑える!!」

「うふふ。そうでしょう?語り部に転職しますかね〜」

「鵲鏡ならうまくやっていけるわよー!きっと虹星国一の美丈夫語り部になるわ!!......そうだっ!!『身分違いの美青年との禁断の恋♡』とかどう!?」


その言葉に、鵲鏡は迅楸じんしゅうの隣に立つ廉結れんゆをキッと睨んだ。一方、睨まれた廉結の方はその鋭い刃のような視線に、焦ったようにぶんぶんと首を勢いよく振っていた。

 

「鵲鏡??」

「いえいえ、ちょっと怪しい虫を見つけまして。」

「何それ!?怪しい虫って......っ!!虫は虫でしょ?!今日の鵲鏡、いつにも増して面白すぎるんだけど!!」

「いつもと同じですよ??......さっ、流布する噂も決まりましたしあとは私共にお任せを。星華様はお勉強なさって下さい。」

「えっ......。で、でもまだ............、」

「頑張って下さいね。星華様にはこれから、行儀作法や話術、貴族方の力関係に領地の現状など、まだまだ学ぶべきことがたくさんありますし、万一のことに備えて剣術も磨かなければなりません。見守ることしかできない私にはこのような事しかして差し上げられませんが、応援していますよ。」


思い詰めたような鵲鏡の表情に、星華は口をパクパクとさせるばかり。そんな星華は鵲鏡を前にして、たとえ違和感があったとしても返せることができる言葉はただ一つ。


「あ、は、はい......頑張りマス............。」


耐えようにも耐えきれないように、鵲鏡は口角にほんの少し笑みを浮かべていた。その様子を見て、この悪戯の仕掛け人はもしかすると星華ではなくこやつなのかもしれない、と側に控えていた迅楸は思った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る