第12話 歴代虹王の苦しみ

 『どうして??どうして私達は一人ぼっちなの??』


 

 虹から流れてきた声は年端も行かぬ少女達のものだった。何が起こっているのか分かっていない一行が目を見張る中、それとは関係なく声は流れ続け、その情景が強制的に脳の中に入り込んでいった。



一人の少女の前に、簡素な服に身を包んだたくさんの人々が集まっていく。

蘭星らんせい様!あなたのおかげで、村の皆が死なずに済んだよ。ありがとう!』

『いいえ。やって当然の事をしたまでですよ。皆さんがご無事なようで本当に良かったです。』


大勢から口々に『ありがとう』と言われポッと頬を赤く染めた蘭星を、隣で口を閉ざして見つめる瞳があった。やがて人々が故郷へと帰っていったとき、その瞳の持ち主はようやく口を開いた。


『蘭星、良かったな。もうあの時のように一人ぼっちではないぞ。』

すると蘭星はへにゃり、と崩れるように破顔した。

『全部、鈴星りんせいのおかげだよ。鈴星があの日私に声をかけてくれていなかったら、今のような幸せを知ることもなかった。ありがとう。』


蘭星は鈴星の漆黒のふさふさな頭から、尾にかけて虹色に移り変わる身体を優しく撫でながら、微睡に身を委ねるように穏やかな寝息を立て始めた。


(やれやれ....、全く。この娘にはかなわん。)


鈴星は自慢の嘴でその器用さを駆使し、愛らしい顔をして眠る彼の唯一の相棒に上掛けをそっと掛けた。そして自らも彼女に寄り添うようにぴったりと引っ付いて、優しい眠気にいざなわれるまま眠りについた。


『蝗害だ!蝗害が起きたぞ!!』

『大変だ大変だ!!早く蘭星様になんとかして頂かないとっ!!』


老若男女を問わない、様々の焦ったような声が響く。そして、先程よりも背丈が伸び女性らしい身体つきになった蘭星の前に大勢の人間が跪く。


『お願いします!蘭星様。我らをお助け下さいっ!!』

その目にはかつてのような懇願の色はなく、どこか道具を見るような含みがあった。

『分かりました。何とかします。....約束ですから。』


落ち着いた声色の持ち主の顔には、在りし日の笑顔が時と共に失われていた。その場において変わらなかったのは、そんな彼女を黙って見つめる瞳だけだった。


 儀式後なのか、疲労が顔に透けて見える彼女に鈴星はかつてと同じように口を開く。

『もう、あの時のように一人ぼっちではないな。』

あの日とは違う、哀愁漂う儚げな声色で。

『ええ、そうね。』


 蘭星もまた、昔を懐かしむように目を細め、遠く寒空の果てを仰いだ。二人を包む空気は冷たく、ふたつの温かいものの存在に気付いていないようであった。


人生の伴侶と結ばれて二人の子宝に恵まれ、蘭星の周りにはたくさんの人間が集まっていった。ただその目に温かみが宿っていることはない。また、中心にいる彼女の瞳はガラス玉のように脆く、整いすぎた反射の光を映すのみであった。


『私を頼ってくれる人はたくさんいるけれど、きっとではなくて私の持つを見ているのね。........これなら、一人だけだった時と何も変わらないわ。』

首をゆるゆると力なく振る蘭星には、もはや諦観を帯びた声しか出すことが出来なかった。


 泣きそうな、悲痛に耐える彼女の表情を鈴星は見たかった訳ではない。予期せぬ結末に、彼は己の不甲斐なさにただ項垂れることしか出来なかった。言葉にしたのはたった一言。


『蘭星には、我がいる。我だけはずっと、の側にいるぞ。』

久方ぶりに彼女の瞳を揺らしたのは、その一言。だがそれはずっと、彼女が何よりも欲していたものだった。


『鈴星....。あなたさえ........私はあなたさえいてくれたらそれだけで良いわ。』


 僅かな微笑みを残して蘭星はその生涯に幕を閉じ、虹の一部となった。相棒のいなくなった鈴星も、新たに生まれていた神烏しんうに全てを任せ、言葉通り彼女と同じく虹の一部となった。


『一人ぼっち』

『誰も私を見ない』

『何のために生きているの?』

『どうして私がこんな思いをしなくちゃいけないの?』

『もう嫌だ』


「我はずっとここで待っている。蘭星の子孫が訪れることを。伝えたい事はただひとつ。........我の愚行を改めてくれ。我の相棒のように、これから増えるであろう虹王のように、その者らが抱える苦しみを、解放してくれ............。」


様々な女性の人生を悔やむような声とおそらく鈴星のものと思われる声が鳴り響き、やっと星影せいえいに宿った光が消えた。星華せいかは、その声に圧倒されたようにその場に項垂れるようにして崩れ落ちた。


「私....は......、一人??」


 呆然と虚空を見つめる星華の瞳には光がなかった。まずい、と直感した霜晏そうあんは、震えの止まらぬ足を叱咤して星華のもとへ駆け寄ろうとしたが、隣に立っていた鵲鏡さくきょうのほうが一歩早かった。彼は体勢を低くし、彼女の空いた背中から、柔らかく包み込むように、だが力強くしっかりと彼女を抱きしめた。


「星華は一人なんかじゃない。もちろん星影もいるけれど、側近達や霜晏殿そして....、私もいます。私達がを、絶対に一人にしない!!」


いつになく力強いその瞳と物言いに、周囲は知らずのうちに息を呑んだ。





 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る