第9話 義妹

 旅支度が側仕えによって着々と調えられているある日、星華は義妹である朱雪しゅせつへ挨拶に出向き、虹烏殿こううでんの留守番には鵲鏡さくきょう迅楸じんしゅうが残っていた。


「鵲鏡殿は側仕えであるにも関わらず、何故あのように武術もお出来になるのですか。」

「迅楸殿、名門栄家の跡継ぎが、たかだか側仕え風情に敬称なんて付けませんように。」

「ははっ。よく言われます。けれど同僚ですし、鵲鏡の方が年上なのですからそちらも敬称はやめて下さい。」


居心地が悪そうにぼそぼそと話す迅楸に鵲鏡は、仕方がないというふうに渋々頷いた。

「分かりました、迅楸。武術に関しては、少々嗜む程度に身につけただけですので、そこまで大したことではないですよ。」


大したことがない、そう言える鵲鏡が迅楸には信じられなかった。

「あれで嗜み程度なのですか??」

「えぇ、そうです。迅楸もやってみます??」

「いや、私は......、遠慮しておきまス..........。」


しおしおと萎れてゆく迅楸を見て鵲鏡は微笑んだ。

「そのようにしていると迅楸は年相応に見えますね。」

「へっ!?は、はぁ....、って!!」


目に見えて動揺する迅楸には、その時の鵲鏡の表情が面白がっているように見えた。


「迅楸がいくら優秀だと言えども、まだ新人ですからね。あまり無理を通してはいけませんよ。」

自分に兄がいたらこういう感覚だったのだろうかと、ふと迅楸はその光景を思い浮かべた。

 

(それも良かったな。もし、鵲鏡みたいな兄がいれば私ももう少しマシな人間になっていたかもしれない....。)


「どうしたのです?膨れっ面になっていますよ。ふふっ、こんなに君の表情を見られるのは初めての事ですねぇ。」

条件反射で思わず頬を押さえている迅楸は、完全に鵲鏡の手の中で弄ばれている。


(やっぱりこんな兄がいなくて私は幸せだったのかもしれない。いや、きっとそうだろう。)


はっと我に返った迅楸は、隣で大人しく(?)星華の帰りを待つ鵲鏡に一番気になっていたことを問いかけた。


「いつも星華様のお側を離れる事はないのに、今はどうしてここにいるのですか。」

すると鵲鏡は迅楸の見たことのないくらいあからさまに嫌そうな、苦虫を潰したような表情になった。


「私は、いつでも星華様のお側に付いていたいと思っています。ですがあの方だけは....、朱雪様だけは昔からずっと苦手でして......。」

「へぇー。鵲鏡にも苦手な物はあるんですねー。」

「................。」


やり返しだとでもばかりに挑発的な迅楸の言い方に鵲鏡が少し苛ついたその頃、星華は朱雪に割り当てられている磨羯宮まかつぐうを訪ねていた。


「あら?星華お義姉ねえ様ではありませんの!?お久しゅうございます。まあ!とても麗しくおなりになって。この九年間でさぞ良い経験を積まれていらっしゃったことでしょう。さあさあ、お入りになって。」


朱雪は河雪こうせつと側室である芳緋ほうひ夫人の間に生まれた長姫だ。彼女は星華の季節一つ分後に生まれたため、星華は彼女にとって義姉という立場である。だが、星華の母である紅鏡こうきょうと芳緋夫人の仲は険悪(正確に言えば芳緋夫人が一方的に紅鏡を目の敵にしていただけ)であったためか、幼少期の頃から朱雪の星華への当たりはきついものだった。


「ところで....、本日あの方はいらっしゃらないのかしら??」

「あの方とは、鵲鏡の事でよろしいかしら??」

星華がこてりと首を傾げて見せると朱雪は顔を真っ赤に上気させ、その切れ長の目で星華を睨みつけた。


「分かっていらっしゃるのであれば、何故連れてこられないのですか!?いつもそうではありませんか!!お義姉様はあの方を独り占めなさって!!私はこの九年間、あの方にお会いする事だけを考えて、姫という立場の厳しい勉学にも励んでおりましたのに、これでは何も変わらないではありませんのっ!!」


拳を握って、星華に血眼で訴えているその姿はまるで、お付き合いしている相手に対して勝手に悋気を起こしている束縛系女子そのものだった。星華は腹筋を駆使して必死に笑いを抑えた。


「旅支度で忙しいので仕方ないのです。」

「何ですの!?いつもそのように何か理由を付けてはあの方をここへお連れにならないのですからっ!!」


こりゃ困った、と星華が対応を決めかねていると、が現れた。




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