第3話 星華の真実

 昔々、それは虹星国こうせいこくができるほんの少し前の事。その土地、果てしなく続く荒野にぽつんと一人の少女が立ち竦んでいた。自分はどこから来たのか、どこへ向かっているのか、どうしてこのような所にいるのか....、少女は何も分からなかった。暗闇と寂しく吹き抜ける夜風がその少女の孤独をより一層際立てた。


 ある夜の事だった。一人蹲うずくまる少女の隣に、漆黒の烏がまるで寄り添うようにぴったりとくっついた。長きの孤独に打ちのめされていた少女は烏を胸に抱き、一晩中泣き明かした。少女が目を覚ますと、その烏は身を捩り少女の両腕から逃れ毛繕いを済ませた。


「お主、我の声が聞こえるか?」

「え?しゃべった........??」

「聞こえるのであれば良いのだ。お主、ずっと一人だな?」

「は、はい....。そうです........。」

「寂しいのであろう?....どうだ、我に協力せぬか?」

「協力......??」

「あぁ。我はここを豊かにしたい。だが、そのためにはお主の力が必要なのだ。」

「私の、力??」


烏が喋るだけでも異常であるのにも関わらず、その烏はとてつもなくおかしな事を、さぞ当たり前のように少女へ並べ立てた。

「あぁ。お主には、この土地を守り抜く力がある。我には仕掛けを作ることしかできぬ。そのため、お主には我の作る仕掛けを守り抜いて欲しいのだ。」

「わ、私には、そんな事....できないっ!!」

「我ができると言っているのだ。それに、我もずっとお主につく。勿論、お主の子孫にも我の子孫を........。永久に一人ぼっちにはさせんと、約束しよう。」

一人にはならない、それは少女がその時一番欲していたものだった。気付けば少女は思わず首を縦に振っていた。


「お主ならきっとそう言ってくれると思っていたぞ。それでは、早速始める。....そういえばお主、名はなんというのか??」

少女は思考を巡らせ、記憶に残るたった一つの声に重ねるようにして口を開いた。

りん蘭星らんせい。私の名は、竜蘭星。」



 烏によってその土地に作られた仕掛けは七色に輝く虹だった。東西に架かった虹を起点に、荒れ果てた地がみるみる緑色の絨毯に覆われていった。蘭星はその様子を信じられない思いで見つめていたが、どこからか人々が集まってくるのを見つけると、未来への希望で一杯となった。


「これがあなたの作りたかったものなの??」

「あぁ。なかなか良いだろう?」

「そうね。........私、頑張るわ。私の欲しかったもの、あなたの見たかった景色。私達の大切なこの場所を、絶対に守ってみせる!!これからよろしくね、烏さん!」

「............鈴星りんせいだ。」



  その後みるみる発展していった虹の架かるその土地は虹星国と名付けられ、守護者であった蘭星は虹力こうりょくをもって国を統治する虹王こうおうとして、命尽きるその時まで希望を与えてくれた鈴星と共に国を守り抜いた。


以後虹星国では彼女の子孫、その中でも彼女と同じ、虹力を持って生まれた虹姫こうきが後に虹王として君臨する事になるが、即位した少女達は若くして皆亡くなったという。また、どの時代においても虹王の傍らには必ず神烏しんうが並んでいた。




廉結れんゆの見送りから帰宅した星華せいか鵲鏡さくきょうから居間へと呼ばれた。

「星華、....いや、星華様。私はもうそろそろかと存じます。」

「鵲鏡....あなたもそうなのね。」

「では、星華様も....。」 


 —“もうそろそろ”。

 それは二人の闘いが間もなく始まってしまう事を意味する。星華は楽しくて気楽な八年間の暮らしを想うと、これを手放したくはなかった。だが彼女にはその暮らしを続ける訳にもいかない理由があった。


「えぇ。分かってる。これは、お母様との大事な約束だもの。」

星華は憂いを含んだ笑顔でそう言った。その表情を見た鵲鏡はしばらく思いを巡らせ、迷いながらも口を開いた。

「星華様の思うまま生きていけば良いのではありませんか??たとえそれが約束を破る事になったとしても、それで星華様が幸せならば、きっと紅鏡こうきょう様もお喜びになると、私は思います。」

「そうね....。ありがとう、鵲鏡。でも、きちんと責任は果たすつもりよ。.....たとえその先に何が待っているとしても。」


 —いい?星華。—

星華の脳裏に懐かしき母の声が甦る。


「貴方には、私達と同じように使命を背負って生まれてきた。それはこの国を守るため、大事なもののため、絶対に果さなくてはならないわ。貴方に、後を託します。きちんと役目を果たしなさい。............これは虹王として貴方に言わなくてはならない事。これからは竜紅鏡、あなたの母として娘のあなたに話すわ。」


一度深呼吸して顔を上げた紅鏡は、大きな目に溢れるほど涙を溜めていた。

「私は....星華が心配よ。まだ七歳なのに、私がいなくなったら全ての重荷が星華に乗ってしまう。それは嫌なの。だからね星華、宮廷ここから離れなさい。」

「離れる......?でも、そんな事をすれば........。」

「大丈夫。星華が思っているような事にはならないわ。烏にも協力してもらって、私に残る虹力を全て注ぎ込んだから何年間かは儀式をしなくても、この国が立ち行くようになっているの。そうね....、星華が十六歳になる頃までは大丈夫よ。」

「でも、お母様っ!!」

「いいからっ、約束してお願い!これは、私があなたとずっと繋がっていられる唯一の物なのっ!!私の.......最期の我儘を、聞いてはくれないかしら??」

息絶え絶えに必死な様子の紅鏡に、幼き日の星華は頷くことしかできなかった。

「ありがとう....。私の愛しい星....、華....................。」


その目に涙を浮かべながらも、温かい笑みを絶やすことのなかった星華の母、前虹星国国王竜紅鏡は、細かな光の粒となって虹へと還っていった。薄暗かった曇り空は、いつの間にか星華の心と反比例になるように太陽が眩しく照らす青空へと変わっていた。



 その後紅鏡の烏によって公表された遺書には、星華の離宮の旨がしたためられており、反対する大官達の口を塞いだ。そのおかげで星華は大官達の内心の反対の上、宮廷を出ることができたのだった。

紅鏡の傍らにいた烏は遺言を公表した翌日、宮廷内から姿を消した。


「この約束で私達は繋がっているから。だから頑張るわ。それに、私には鵲鏡も星影せいえいもいるもの、とても心強いわ。」

「....お役に立てるよう頑張ります。」


そう鵲鏡が答えた時、窓から黒い物体が一陣の風と共に入り込んできた。

「カアッ!カァー!」

「あら星影、来てくれたのね、ありがとう!やっぱり烏って........、可愛い!!!」

星影が「そうでしょ」とでもばかりに嘴を突き上げた。


「では、支度を始めましょう。明日の朝には出発しなくてはね。」

すると鵲鏡は驚いたように軽く息を呑んだ。

「廉結の結果、聞かなくて良いのですか??」


だが星華は、その大きな目をぱちくりとさせてあっけらかんと言い放った。


「私が宮廷に戻って文官名表を見ればわかる事でしょ??」

と。


(まさか、気づいてない?)


方面には敏感である鵲鏡にはとても信じられなかった。そんな処理落ち中の彼には、その時の星華の表情が見えていなかった。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る