第17話「金子さん」

父「車の免許証を取って、車も買ったし、そろそろ仕事を探そうと思っていたら、金子さんが親父と一緒に家に来て『私の会社に入らないか』と言ったんだ」


娘「おじいさんが就職のことを話してくれたんじゃないの? 渡りに舟だね」

父「そうだな。今、思うと親父も心配していたんだな。金子さんは今年の4月から入社して、最初はアルバイトとして仕事をして5時で仕事をあがり、夜間の美術専門学校に通わないかと言ったんだ」


娘「仕事に美術が必要だったの?」

父「金子さんの会社は広告代理店で、その時、俺は広告代理店と旅行代理店の違いもわからず、美術は好きだったので言われるままに会社に入って、美術専門学校に通うことになったんだ」


娘「お父さん油絵とか書くの?」


父「いや、俺は油絵は書いたことはないよ。夜間の美術専門学校は油絵科とグラフィック科があって、俺はグラフィック科に通ったんだ」

娘「ちゃんと卒業したの?」

父「卒業したよ! 2年間通った。仕事は5時までで、残業する人には残業パンやおにぎりがもらえるんだけど、俺が専門学校に通うのも仕事の内だって社長が言ってくれて、俺も残業パンをもらって学校に行ってた。学校の学費も会社持ちなんだ。今も、そのやり方は会社にあって、何人か卒業している。俺が最初だったけどな……」


娘「社長って、金子さんでしょ?」


父「そう、当時はね。今は息子さんに代わった」

娘「お父さんは正社員なんでしょ?」

父「そうだよ。学校に行ってる間は5時で仕事をあがるから、アルバイトの方が学校にいきやすいだろうということだったんだ。美術専門学校を卒業すると、ちゃんと正社員にしてくれた。それに専門学校を卒業してると言うことで給料も少し高くしてくれたし、早くに役職にも付けてくれたんだ」


娘「金子さんって、良い人だね」


父「うん。人に優しいね。金子さんは高校を卒業すると、当時大人気の大○巨泉の所に行き、『弟子にしてください』と頼んだけど断られたんだって」

娘「タレントさんになりたかったの?」


父「金子さんは性格が立○談志に似ているから落語家のほうが良かったんじゃないかと思うよ」

娘「あ〜っ、言われてみれば似ているね」


父「大○巨泉に弟子入りを断られて、アルバイトを転々としていたらしいんだ。ある日、木造のアパートでサックスを吹いていたら、大家さんにうるさいと怒られて『出ていってくれ!』と言われ、アパートから追い出されて、なぜか海外に行こうと思い立ち、海外放浪を始めると、気がつくと地球を3周してたんだって」


娘「へ〜〜っ、お金持ちだったんだ!?」


父「いや、金はぜんぜん無かったらしい。アルバイト生活だからな……」

娘「でも、海外旅行なんて、お金がないと行けないよ……」

父「金子さんは、当時付き合っていた女性がいて、俺の勤める広告代理店の社長の娘さんなんだが、金子さんは将来、婿養子むこようしになるから、海外に行く金を出してくれと娘の父親に交渉したら、あっさり出してくれたそうだ。一人娘で跡継ぎがいなかったので、父親に気に入られたようだ」


娘「そんな手を使ったの!? やり手だね」


父「金子さんは約束どおり、海外放浪をおえると婿養子になって広告代理店で働き社長になったんだ」

娘「計画的に物事を進める人なのかな?」

父「いや、いきあたりばったりらしい。ただ、自分は何かに守られている気がするといっも言っていて、人に親切にすることで、その守られているのが維持されると信じているんだ」


娘「それは、仙術の考えに近いね。自分が悪いと思ったことや、意地悪をすると神通力が失われるってやつ?! お父さんも、いきあたりばったりに見えて、実は先が見えているんでしょう?」


父「どうかな? 金子さんは社長になっても放浪グセが治らず、俺も一緒に中国、台湾、インド辺りを放浪したよ。そうすると、なぜかカンが冴えたよ。この人の笑顔は人をだます笑顔だとか、この人は本当に親切な人だとか自然に分かった」


娘「おじいさんがよく言っていた腹脳ふくのうかな?」

父「たぶんそうだと思う。今、思うと冴えまくっていた。危険の多い海外で危ないめにも遭わなかったんだ。危険は事前に分かった。たぶん、金子さんもそうだったと思う。会社の経営に行き詰まるとカンが冴えるように時々海外放浪をしたのかもしれない。実際に金子さんの出す仕事の案は当たって、金子さんが社長になってから会社は大きくなったからね」

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