自己評価の低い最強

うりぼう

旅立ちの章

第1話 愚者の旅立


「ぶっ殺せぇ!!」

「待てやごらぁぁぁぁぁ!」

「殺す!」


 そんな多くの怒鳴り声を背に、僕【アルバート】はひた走っていた。

 弓や魔術が飛んでくるのをかいくぐり、剣や槍で武装した盗賊たちに追いつかれないように、僕は先へ先へと走り続ける。


 そして、その懐には、まだ年端も行かない少女を抱いていた。


 怖いよね。

 もう少しだから我慢してね。



「はぁはぁはぁ……。いいかげんにあきらめてくれよ……」


 そうつぶやく僕であったが、決して足を止めることはしない。

 不出来な僕だけど、基礎体力作りは必死でやってきたんだ。

 普段から不摂生な生活をしている盗賊ごときには、まだまだ負けないはず。


 ……たぶん。


 …………いや、そう思いたい。



 そんな、なんの確証もないことを自分自身に言い聞かせて励ましながら、僕は必死で逃げ続けるのであった。


 どうしてこうなった……?




 とある理由から、実家を離れて旅をしていた僕だったが、早々に所持金が底をついたことから、手っ取り早く金を稼ぐために冒険者ギルドの門を叩いたのであった。


 すると、あれよあれよという間に手続きが進み、最初の依頼として預けられた仕事が「盗賊団にさらわれた、さる少女の救出依頼」だった。


 受付嬢の巨乳にばかり気を取られて、ハイハイとうなずいていたばかりに……。


「【勇者戦術ブレイブ・アルテース・ベルリー】の伝承候補者の方なら大丈夫ですよ」


 そう笑顔で託されたのだが、本来ならこれは上級冒険者の任務だよね?

 さっきなったばかりの冒険者には絶対に依頼しないよね?


 そう思った僕だったけど、受付嬢の有無を言わせぬ笑顔に負けてしまう。

 気の弱い自分が情けない。



 そもそも、伝承候補者だからって言われても困るんだ。

 僕はたまたま勇者家の宗家に生まれていたから、【勇者戦術ブレイブ・アルテース・ベルリー】を学ばせてもらっていただけで、義理の兄弟たちなんて、僕と比べることすらバカみたいなハイスペック。


 そんな出来損ないの僕に、いったい何を期待するんだよ。


 思わず何もかもを投げ捨てて逃げ出したくもなる。


 でも……、両腕に伝わる小さく震えている少女の確かな温もりが僕を叱咤する。


 ここまで来たら、この子だけでも助けなくちゃ。


 そう気合を入れ直した僕の足が止まる。


「よぉ、遅かったじゃねえか」


 そこにいたのは、盗賊たちであった。


 ……流石に馬には勝てなかったよ。


「そこのお嬢ちゃんを素直に返すなら、ひと思いに殺してやるがどうだ?」


 ひときわ立派な馬に乗った男が、余裕綽々にそう提案する。


 この男が盗賊団のかしらかな?

 僕よりもふた周りも大きな身体で、強者の雰囲気を醸し出している。

 その言葉につられて、周囲の手下たちも下卑た笑い声を上げる。


 それにしても、僕が殺されるのは確定なんだね。


 チラリと抱えた少女に目を向けると、怯えた目で僕の様子を伺っている。


 僕はそんな少女にニッコリと微笑むと、ようやく決心する。


 まぁ、僕ごときの命にそこまでの価値はないけど、これからの道を歩む少女の未来だけは守らなきゃならないよね。


 僕は少女をそっと地面に降ろすと、優しく語りかける。


「ちょっと待っててくれる?」

「でも……。もう私が素直に従えば……」 

「大丈夫、少しは抵抗してみるよ」


 気丈な少女は僕を気づかうが、大人としては少しは良いかっこをしないとね。


 そうして僕は腰から剣を引き抜くと、盗賊の頭に向き直る。


「悪あがきしてみるよ」


 僕がそう告げると、頭は楽しそうに口元を歪める。


「おもしれえ。お前ら手出しすんな。ここは俺が相手してやるよ」


 そんな頭が馬を降りて、一歩一歩近づけてくる。

 手下たちも一方的な殺戮劇が見れるものと大興奮だ。

 手に持った武器を打ち鳴らし、歓声が上がる。


「ひっ……」


 あまりの騒音に、少女が怯えた声が聞こえてくる。


 僕は盗賊の頭と真正面に向かい合う。

 体格差は明らかで、僕はかしらを見上げるような形になる。


「あの世で後悔しろよガキ!」


 ニヤニヤと黄色い歯をむき出して笑う頭。

 その手には、一見して【魔剣】と分かる大剣を握りしめている。


 僕が家を出るときに持ち出した鉄の剣なまくらとでは、得物のレベルが段違いだ。

 おそらくまともに打ち合えば、一合も持たずに僕の剣は折れてしまうだろう。


 そう分析した僕は、平静を保つために、あえて頭の言葉を無視をする。

 

 そしてその時がやってきた。

 誰も開始の合図すらしていないのに、頭がいきなり襲いきってきた。


 汚いぞ。


「おらぁ、死ねええええええ!」


 そう言って振りかぶった大剣を打ち下ろす頭。


 勝負は一瞬で決まるだろう。


 手下たちはそんな期待を抱いて、一騎打ちの趨勢を眺めていた。


「……………………へっ?」


 そんな緊迫した場面で、突然、間の抜けた声がする。


 それを発したのは、頭本人であろうか、それとも周りの手下たちであろうか。 


 だがそれも仕方ないことだろう。

 なぜなら、盗賊の頭が魔剣ごと真っ二つになっていたのだから。


 一瞬の静寂。


 だがそれは、我を取り戻した盗賊たちの怒号によって打ち破られる。


「頭ァァァァァァァ!」

「テメェ、何しやがった!」

「真っ二つだとお!?」

「あいつも魔剣を持ってんのか!?」

 

 いやいやいやいや、まごうことなくなまくらな剣です。

 ただ、魔剣といえども弱い箇所があるわけで、そこを見極めて斬れさえすれば、両断することは不可能じゃないだけ。


「テメエら、頭の仇だ!やっちまえ!」

「おおおおおおっ!」

「死ねええええええええ!」


 手を出すなって言われてたのに、一斉に襲いかかってくる手下たち。

 一騎打ちは終わったから別に構わないのか?


 そんなことを考えつつ、僕は襲いかかってくる手下たちを剣を合わせることなく斬っていく。

 まともに受けたら剣が折れちゃうからね。


 それにしても……。


 弱い、弱すぎる。


 そんなんじゃ、ウチの長兄と剣を合わせる前に殺されちゃうぞ。


 僕は、今は袂を分かった義兄のことを思い出す。


 真紅の髪を持つ大柄な偉丈夫。

 圧倒的な剣の才能を有し、魔王軍に落とされたとある国を解放し、そこの王に成り代わった今は、魔王領を含めた大陸の統一を唱えているという。


 【覇王】あるいは【剣王】と呼ばれる存在。


 僕が何度も剣の勝負を挑むも、終ぞ勝つことが出来なかった男だ。


 あの、威圧感の前には魔王ですら正気を保つことは出来ないだろう。


 しばらく忘れていた長兄の姿を思い出した僕は、慌てて記憶を脳の奥底にしまい込むことにする。

 せっかく、あんな強者バケモノ恐怖ことを忘れていたのに。


 嫌なことを思い出させられたお返しに、盗賊たちをちょっと強めに両断していく。



「ええい、何やってる!ガキだ!ガキを捕まえて人質にしろ!」


 いつまでも僕を排除できない現実に苛立った、痩せぎすな男が、ヒステリックにそう叫ぶ。

 さっきからいろいろとうるさいから、あいつがナンバーツーなのかな? 


「おおう!」

「やれえええ!」


 その声に弾かれたように、何人かの手下が少女のもとに駆けていく。


 だが……。


「なんだこりゃあ!」

「見えねえ壁みたいだ!」

「コノヤロ、コノヤロー!!」


 手下たちは、僕が少女に施した簡易結界により近づくことすらできない。


 それでも、手下たちが結界を叩く音や振動が、中の少女には伝わってしまう。


 ごめんね。

 ウチの次兄なら、音や振動すらも完全に防ぐ簡易結界を施せるのに。


 ふと僕は、去り際に優しい声をかけてくれた次兄のことを思い出す。


 真っ白な髪の持つ小柄な青年。

 長兄と次兄は実の兄弟にもかかわらず、その性格はまるで正反対だった。

 圧倒的な治癒魔術の才能を有し、今も魔王軍によって被害を受けた町や村を周っては無償で治療を行っているという。


 【聖者】あるいは【賢者】と呼ばれる存在。


 僕が救えなかった人を何度も救ってくれた、優しく強い男だ。


 あの、慈愛の前には魔王だって絆されるのではないだろうか。


 しばらく忘れていた次兄の姿を思い出した僕は、慌てて記憶を脳の奥底にしまい込むことにする。

 つい、次兄に甘えたくなってしまうから。


「にっ、逃げろおおおおおお!」


 あらかたの盗賊を斬り捨てると、残った盗賊は逃走を計ると。


 盗賊団の壊滅は予定になかったのだが、このまま逃して、また少女に危害が及ぶと大変だ。


 僕は考えを切り替えると、呪文の詠唱を始める。


「【雷矢トニトルス・サギッタ】」


 そして僕は剣を持たない左手を天に掲げると、雷鳴魔術を発動させる。

 すると数十にもわたる雷が、逃げる盗賊たちを貫き消し炭に変えていく。

  

 そして、砂煙が晴れたとき、そこに残されていたのは盗賊たちの黒焦げた躯であった。


「……すごい」


 僕の魔術を見た少女が、思わずそんな言葉をもらす。


 いやいやいやいや、僕なんて大したことはないんだよ。

 とんでもない魔術を使いこなす男がいるんだから。


 僕は、伝承者として旅立った義弟のことを思い出す。


 漆黒の髪を持つ少年。

 圧倒的な魔術の才能を有するばかりか、剣闘救魔全てに高い才能を持ち、今代の勇者として仲間とともに魔王を倒す旅に出たのだった。


 【勇者】あるいは【救世主】と呼ばれる存在。


 僕が何度も圧倒的な魔術を見せられた存在だ。


 あの、巧みな魔力制御の前には、魔王軍の大魔導も逃げ出したという。


 しばらく忘れていた末弟の姿を思い出した僕は、慌てて記憶を脳の奥底にしまい込むことにする。

 魔王と戦うなどという苦行を背負わせてしまった罪悪感が蘇ってしまうから。



「さて……」

 

 僕は剣を鞘に納めると周囲を見回す。


 そこらかしこに盗賊の躯が転がっているが、どうやら取り逃がしはないようだ。


 僕はひとつため息を吐くと、少女に振り返る。


「ごめんね、怖い思いさせちゃったよね」


 そう呼びかけた僕に、少女はその大きな瞳に涙を浮かべながら答える。


「ありがとうございました。ありがとうございました。本当にありがとうございました」


 そんな何度も何度もお礼をされた僕は、思わず頬が緩む。


 【愚者】【無能】と呼ばれた僕でも、辛うじてこの少女を守ることができたのだと実感する。


 こちらこそありがとう。

 おかげで、少しはやっていける自身がついたよ。


「さあ、帰ろうか」

「ハイ」


 少女が涙目で微笑む。

  

 こうして僕の初任務は、なんとか無事に終えることができたのだった。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


『無自覚英雄記〜知らずに教えを受けていた師匠らは興国の英雄たちでした〜』『紅蓮の氷雪魔術師』を連載しています【うりぼう】と申します。


 思いついたので書いてみました。

 

 これを機に、他の作品も読んでいただけると幸いです。


 ヘ ︵フ

( ・ω・)/

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